第65話 計画を聞いた


「まず初めに断っとくけど、この話はまだ本決まりやないし、タケトにも言っとらん。せやけど、ここにおるみんなの協力なしには絶対に成功せえへん。そのつもりで聞いてくれへんか?」


 冒頭から俺の了承なしの独断だと言って、話を始めたセリカ。


 だがその表情は、これまで見たことがないほどに真剣だった。


「おいセリカとやら!ご主人様をないがしろにして何を!」


「ラキア、座れ」


「ご主人様……わかった」


 最初に声を上げたのが、俺の言葉なら素直に聞くラキアで助かった。

 他にもマーシュとセリオ、ニールセンまでもが厳しい顔をして腰を浮かせていたからな。

 俺の言葉で、とりあえずは引き下がってくれたようだ。


 ……本来なら俺が真っ先にセリカを問い詰めるべきなんだろうけどな、短い付き合いながら意外と義理人情に篤い性格なのはこれまでの付き合いで分かっているから、真剣な顔つきをしているセリカの話くらいは聞くべきだろうと思ったのだ。


「中断させて悪いなセリカ。話を続けてくれ」


 いつもなら軽口の一つでも返してくるところを、頷き一つだけで済ませて来たセリカは言った。


「……ウチのやり方にも、これから話す計画にも、異論が出るやろうことはわかっとる。でもまずはウチが話すことを最後まで聞いてほしい、この通りや」


 いつもは尊大な態度をとるセリカが深々と頭を下げて一礼した後、会議のメンバーを見渡して再び口を開いた。


「最初にはっきりさせておきたいんやけど、この計画を進めるにあたってのウチの立場はひとつやない。

 商人であり、東の大公の孫であり、シューデルガンドを統治する人間の一人であり、そしてこの国を憂う一人の人間として、この『タケダ騎士爵領開発計画』を提案する。ただの損得勘定で言っとるわけやないということだけは覚えておいてほしい」


 その言葉を聞いた、数人のメンバーからの微妙な空気を察したのだろう、セリカはテーブルにグノワルド頭部を描いた地図を広げて説明を始めた。


「みんなも知っとる通り、今王国を悩ましとる最大の問題は、東の国境に接する大樹界を通って侵攻してきた魔王軍をどうやって撃退するか、ということや。これには、東の大公軍と王家直轄領であるシューデルガンドが連携して総力を結集する必要があるわけやけど、これには一つ大きな問題があるんや。なんやと思う、マーシュ村長?」


「え?オ、オラだか?ええっと……」


 まさか自分が指名されるとは思ってもみなかったらしく、目を白黒させたマーシュだったが、一つ思い当たることがあったのか、自信なさげにセリカに答えた。


「ひょっとして、山火事のことだべか?」


「大体正解や」


 そう言ったセリカは、地図の右側、大樹界の端に位置する部分を赤でバツ印を付けた。


「幸い、この山火事は田畑を焼くところまでは延焼はせんかったし、あの規模の山火事にしては死者が驚くほど少なかったのは称賛に値する。せやけど、その代わりに大量の難民が発生するっちゅう問題を引き起こしたんや。そして、明日の暮らしにも困るほど金も食料も持っていない難民が行き着いたのが、ここや」


 セリカはバツ印を付けた箇所から矢印を引いた。

 その先にあったのは、シューデルガンドと書かれた文字だ。


「みんな知っとる通り、シューデルガンドは戦争や災害が発生した時に、周辺地域の住民を受け入れる城塞都市の機能を兼ね備えとる。ウチらシューデルガンドの商人が税とかで優遇されとるのも、いざという時に金融や物資の面で王国を支援するためや。実際、山火事で難民が押し寄せてきた時もウチらは支援を惜しまんかったし、いずれ故郷に帰還させる目途も立っとった。せやけど、さすがに魔族軍との戦争と災害の両方がいっぺんに来るとは、誰も予想してへんかった」


 難しい顔をしたセリカは、今度は青のインクで魔族の領域からシューデルガンドへと矢印を引っ張った。


「はっきり言うて、シューデルガンドにも東の大公にも両方に対応する余力はない。つまり難民かグノワルドの領地か、どっちかを切り捨てなあかんのやけど、グノワルドの国土そのものと一部の辺境の焼け出された難民、王都が優先するのはどっちか、言うまでもない話やな」


 そこまで言ったセルカは一旦説明を止め、目の前に出されていた竹の葉茶に口をつけた。


 思った以上に深刻な話に、今や集会場の空気はどんよりと沈んでしまっていた。

 ……まあ、遠くない未来に、山火事によって故郷を追われた大勢の人たちが悲惨な死を迎えると聞いて気分が悪くならない奴は、少なくともこの場にはいない。

 もちろん俺も少なからず嫌な気持になった一人なのだが、それとは別になぜセリカはわざわざこんな暗い話をこのコルリ村でしたのか、という疑問がふつふつと沸いてきていた。


 そんな中、お茶で喉を潤したセリカが話を再開した。


「嫌な空気にして悪いとは思っとるけど、本題はここからや。シューデルガンドも東の大公も支援できん以上、残された方法は一つ、難民たちに自立してもらうしかないんや。そしてその拠点として、コルリ村には中心的な役割を果たしてほしいんや」


「ちょ、ちょっと待つだよ!?オラ達の村以外の山火事になる前のこの辺りに住んでた人たちを合わせたら、コルリ村の何倍もの人数になるだよ!たとえコルリ村が完全に元に戻った後の話だったとしても、そんな大それた大仕事は無理だべさ!」


 自分の村の名前が出されてはさすがに黙っていられなかったらしく、マーシュが声を上げた。


「村長の言いたいことは分かる。けど、このコルリ村には普通の村とは決定的に違う、コルリ村だけの力がある。それは――」


「俺だろ」


 マーシュを見習ったわけじゃないが、自分が名指しされると分かっていて黙っているわけにもいかないよな。


「そうや。タケトの力、正確にはタケトが魔法で生み出す竹を原動力にして、難民の自立とこの一帯の復興を同時に成し遂げる、それがタケダ騎士爵領開発計画の土台や」


 ……んん?ちょっと待てよ?

 確かにセリカの言いたいことは伝わったし、それなりに筋の通った話ではある。

 多数の難民が窮地に立たされているのは俺としても忍びないし、何とかしてやりたい気持ちもある。

 これが俺の力を商売に利用しないというセリカとの約束に引っかかるかどうかは微妙なところだが、ここまで話が大きくなれば誤差の範囲内と言える。


 だが、何か重大な問題がまだ語られていないような……


「すみませんセリカ殿、いくつか質問があります」


「なんやニールセンさん?なんでも聞いてくれてええよ」


 そんなことを考えていると、それまで口を出さなかったニールセンが手を挙げ、セリカが許可を出した。


「まず、難民の人数はどれくらいですか?」


「もともとは三千ほどやったらしいけど、親類縁者を頼って難民街を出ていったもんも結構いるそうや。んで、今は二千人ほどって聞いとる」


「では次に、シューデルガンドと東の大公様からはどれほどの援助を期待していいのでしょうか?」


「もちろんコルリ村とタケトの力だけで復興が成り立つとはウチらも考えとらんよ。コルリ村では調達が不可能な衣類、当座の食糧、復興の初期投資に必要な資金の融資はウチが請け負う。そのほかの支援もできる限り応じる」


「なるほど、……では最後の質問ですが、この計画は完了しなければならないのでしょうか?」


 それまで淡々と質問していたニールセンの口調は、この時も変わらなかったが、答える側のセリカの表情がわずかに強張ったのを俺は見逃さなかった。


「……さすがは蒼刃のニールセンやな。目の付け所が違うわ」


「世辞は結構ですのでお答えを。返答次第では、タケト殿に代わってこの私が貴方を斬ることにもなります」


 表情を変えずに物騒なことを言い出したニールセンに驚きつつも、俺はセリカの言葉の裏にあった一つの事実を思い出していた。


「……セリカ、俺からも聞いておきたい。お前、戦争を優先するために難民を切り捨てるって言ったよな?だが、今の戦線の維持だけなら、いきなり全員を見捨てるような真似に出る必要はないはずだ。東の大公は、グノワルド王国は何を考えているんだ?」


「……あの戦いに負けたのが致命的やったんや」


 ニールセンと俺の二人に詰め寄られたセリカは、呟くように語りだした。


「グノワルド王家と東の大公家が長年築き上げてきた要塞やら砦やらが、こないだの戦いに負けたせいで中にあった武器や物資ごと全部魔族軍のものになってしまったんや。はっきり言ってこのまま守りを固めてもジリ貧で、いずれはジワジワと領地を奪われていくのは間違いない、それがジジイのところの武官文官が何日も徹夜して出した結論や。この状況を打開するには、乾坤一擲、どこかで勝負するしかない。その準備にかかる期間が一年、一年後にはグノワルド東部の存亡をかけた戦争に入る。そして、復興を遂げたタケダ騎士爵家にもその一翼に加わってもらう」


「セリカ殿!いくらタケト殿が爵位を戴いたばかりとはいえ、内政干渉にもほどがありますぞ!!」


 ……ニールセンの激高は俺の為だし、セリカの言っていることは俺とコルリ村を戦争に巻き込むと宣言しているも同然だ。

 だが、さっきも思った通り、短い付き合いの中でもセリカが義理人情に厚い奴だということは分かっているつもりだ。

 そんなセリカがここまで踏み込んでくるということは、それだけ状況が切羽詰まっていることに他ならない。


「セリカ」


「なんやタケト」


「それが最善の道なんだな?」


「そうや。その証拠になるかはわからんけど、ウチをこのコルリ村に住まわせてくれんか?もちろん途中で逃げるようなことはせえへん、コルリ村が滅びる時にはウチも一緒に死ぬ」


 そう潔く答えたセリカ。その真剣そのものの瞳は、決意に満ち溢れてキラキラと輝いていた。


 ……やっぱり俺の見込んだとおりの奴だったな。


「いいぞ、俺はお前の計画に乗ってやる。ただまあ、最低でもここにいる全員を納得させてからの話だがな」


「え、……ええんか、タケト?」


「あ、でも、強引な交渉で押し切るのは無しな?みんなの協力が必要っていうんなら、ちゃんと心の底から納得させるのが条件だ」


「……わかった。どうせコルリ村と周辺の調査にいくらか時間がかかるから、それまでに全員を納得させてみせるわ!」


 ニカッっと笑うセリカに少々眩しさを覚えながら、俺はこれまでの話の中で唯一引っかかっていた部分を尋ねた。


「ちなみにだがセリカ、さっき言ってたタケダ騎士爵領っていうのはどういう意味だ?確か俺はコルリ村の代官であって、領地なんて持ってなかったはずなんだが?」


「ん?あれ?言うてなかったやろか?この復興計画を手早く進めるために、コルリ村と山火事で焼失した一帯を全部一つの領地として合併させて、その領主にタケトがなるっちゅう話をしたと思うんやけど?……まあ、タケトはもうウンと言うてくれたし、大した問題やないやろ」


「あるわ!!大した問題すぎて責任が重すぎるわ!!」


故意か否か、とんでもない衝撃事実をこの期に及んで暴露したセリカ。


 コルリ村の住人百人の代表になるだけでもあれだけ大変な思いをしたのに、今度はその十倍以上の人数がいる領地の領主として君臨する、考えただけでも気が狂いそうだ。


「そうだ!王家直轄領のままで行くとか、他の貴族を寄こしてもらうとかすれば!」


「アホか、そないなことしたら、王都の腐れ官僚かボンクラ貴族、どっちかが援助やら税金やらをアホみたいに横領しまくって、それこそ戦争どころやなくなるわ。何代にもわたって身分や地位に胡坐をかいた連中の腐れっぷりをなめたらあかんで、タケト」


「ぐうっ……」


 さすがにそこまで言われてはぐうの音も出ない。

 ……いや、ぐうっと言わされてしまったが。


「まあ、それ以前に、すでにシューデルガンドの代官に根回しは完了済や。今頃は王都に知らせが行って、大臣のムーゲル侯爵の内諾をもらっとるころやろ。万が一の話やけど、もしタケトが断ったら諸々の根回しを撤回するくらいの用意くらいはしておいといたけど、使わずに済んでホッとしとるわ。いやー、そうなっとったら、ウチが破産するだけじゃ済まんかったやろうな~」


チラリ


「うおいっ!?」


 セリカのことを内心褒めたのもつかの間、やはりいつものごとく完全に外堀を埋められた状態で決断を迫られてしまった。

 カトレアさんと言い、ラキアと言い、そして目の前のセリカと言い、つくづく押しの強い女子と縁があるなあと、どこか他人事のように思ってしまうのだった。

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