第48話 ひたすら移動した


「貴様、こんなところで何をしている!怪しい奴め!」


 銀鋼騎士団との戦いから三日後、峡谷を後にした俺はシューデルガンドを目指して何もない道を時々現れる魔物を適当に追い散らしながら歩いてきたのだが(戦場で馬の一頭でも確保しとけばよかったと後悔しながら)、ようやく遠目に要塞らしき建物が見える位置まで来たところで、巡回中の東の大公軍の兵士らしき四人の小隊に見つかって道端で尋問されてしまった。



「いや、この先の山に山菜を採りに」


「その山菜はどこだ?どう見ても持っていないではないか!」


 小隊長の男に言われて自分のミスに気付いた。

 しまった、背負い籠はドルチェに預けたんだった。


 東の島国から流れて来たと言う和装に深編笠と竹蓑を身につけた今の俺の所持品は、腰の鉈で竹槍の穂先を切り落とした護身用兼杖の竹棒に、竹筒の水筒と懐に忍ばせた残り少ない非常食、後は体のあちこちに仕込んでいる竹串手裏剣くらいなものだ。

 深編笠と竹蓑のスキルを使えばそもそも見つかることもなかったんだろうが、いつドルチェと再会できるかわからない以上こちらの姿を発見できる状態にしておいた方が良いと思ったんだが、その判断が完全に裏目に出てしまった。


「大体、魔族軍が近くに来ているのだからどこの町や村でも戒厳令が敷かれているはずだ。……どうやら、貴様がスパイなのかどうかも含めて詳しく話を聞く必要がありそうだな」


 ……外見はともかく、身体検査をされたら密偵扱いされてもおかしくないな。

 なんとかこの場を切り抜けたいところだが、さてどうしたものか……


 俺が強行突破でこの場を切り抜けようかと考え始めたその時、俺が歩いて来た方角から馬蹄の音を響かせながら厳めしいいかめしい造りの一台の馬車がやってくるのが見えた。

 やがて馬車は俺たちの前で停まると、乗っていた俺を尋問している兵士と同じ鎧を着た御者が中性的な声で話しかけてきた。


「なんだ、どうかしたのか?」


「いや、怪しい奴がうろついていたので、これから要塞に戻って尋問しようとしていたところだ」


「そうか、それはご苦労だな。それなら、そいつをこの護送車に乗せて君はそのまま巡回を続ければいい。まだまだ厳戒態勢が続いているから巡回に穴を開けない方がいいだろう。上には私がしっかり君たちの手柄を報告しておくとしよう」


「そ、そうか。それは我々としても助かる。では頼んだぞ」


 あっさりと引き渡すことを了承した小隊長の男は俺を護送車の中に押し込むと、部下三人と共に去っていった。


 馬車が動き出し正体の姿が完全に見えなくなったころ、それまで沈黙を保っていた御者の兵士が俺に話しかけてきた。


「今の男、私の所属すら尋ねませんでしたね。わざわざ要塞まで戻ってタケト様がスパイじゃなかった場合のことを考えると面倒、というのは分かりますが、少したるみ過ぎではないでしょうか。もしお嬢の部下がそのような失態を侵せば、死ぬよりつらい目に遭いますよ」


「できれば、あの兵隊さんたちがその失態を侵そうとする前に迎えに来てもらいたかったがな、ドルチェ」


 偶然を装って通りがかった護送車の兵士――ドルチェに向かってそうクレームをつけてみる。

 しかし、東の大公軍の兵士のヘルメットを目深に被り、相変わらず性別の判別がつかない外見をしているドルチェの感情の揺れをを窺うことはできない。

 そのくせ、次にその中性的な声から飛び出した言葉は、非常にブラックユーモア溢れるものだった。


「申し訳ありません。まさかタケト様が馬鹿正直に徒歩で戻ってくるとは思ってもみませんでしたので。おかげで、せっかく馬車で迎えに行ったのにほとんど無駄足になってしまいました」


「おいおい、毒の吐き方が尋常じゃないぞ。……一応戦場にいたわけだからな、面倒を避けるためにできるだけ早く遠ざかりたかったんだよ」


「まあ、そんなところだろうとは思っていましたが」


 わかってんのかよ!?


「それはそれとしてタケト様、私と別れた後のことを聞かせていただいてもよろしいですか?帰還後にお嬢に報告しないとなりませんので」


「ああわかった。……東の大公軍を追っていた魔族軍の部隊は大したことなかったんだけどな――」


 俺はドルチェに峡谷での戦いの一部始終を語って聞かせた。


「なるほど、あらましは分かりました。ですが、よくあの銀鋼騎士団が大人しく引き下がりましたね」


「いや、あれを大人しくとは呼ばないんじゃないか?」






 俺が峡谷中に竹林を出現させて威勢のいい啖呵を切った後、しばらくの間俺と指揮官らしき初老の魔族の男を始めとした銀鋼騎士団とのにらみ合いが続いたが、


「……引き上げだ!迂回して東の大公軍を追う!!」


 初老の魔族の男の命令を皮切りに、意識を取り戻した三人の騎士も含めた五百の騎馬隊が次々と来た道を戻り始めた。

 これで一段落と心の隅で思いつつも警戒を緩めていない俺に向けて、最後まで残っていた初老の魔族の男と三人の騎士が静かな怒りをその眼に讃えながら声を掛けてきた。


「我が名は銀剣ぎんけんのリフィ」


「同じく銀槍ぎんそうのミゼルタ」


銀槌ぎんついのグラゼルドだ」


「銀鋼騎士団副団長のエーデバルト。……タケダタケトとやら、貴様の名は憶えたぞ。次は銀鋼騎士団の総力を持って貴様を叩き潰す」


 戦いが終わったと思ったのも束の間、最後の最後で深い恨みを買って俺の異世界での初陣は幕を閉じたのだった。






「それは災難でしたね。では精々再会しないように頑張ってください」


「いやいや、俺をこの戦争に引っ張り出したのはお前らルキノ商会なんだから、お前らも何とかするのが筋だろうが」


「そのような重大事は私の手には余ります。頼むならお嬢にどうぞ。まあ有料でしょうが」


「金とるのかよ!!」


 そんな楽しくも半ば本気の会話をしばらく楽しんでいたのだが、やがて何でもない道で不意に馬車が止まったのに気づいた。


「もうシューデルガンドに着いたのか?」


「タケト様、この馬車は初めからシューデルガンドになど向かってはいませんよ」


 ドルチェによって開けられた窓一つない護送車の扉から俺が降り立つと、そこには今まで俺が乗っていた馬車とは比べ物にならないほど大きく豪華な装飾に彩られた四頭立ての馬車が待機していた。


「ここで乗り換えです。タケト様からお預かりした荷物もその馬車に積んであります。さあどうぞ」


 なんとも不可解な状況だが、反抗する理由も特に見当たらないのでドルチェの勧めるままに大人しく馬車に乗り込んだら、中には先客がいた。


「ご苦労さんやったな、タケト。疲れとるとこ悪いけど、今からちょっとウチに付き合ってもらうで」


 なんと馬車に乗っていたのは、シューデルガンドで待っているはずのセリカだった。

 俺が口を開こうとするとセリカは手で制して話を続けた。


「色々聞きたいことがあるのは分かっとるけど、話はあとや。タケトにはある人物に会ってもらいたいんやけど、今かなり忙しくしてるはずやから時間が限られとるんや。そやから目的地に着く前に着替えを済ませときたいんや。早速やけどこれに着替えてくれんか?」


 いつの間にかに動き出している馬車の中でセリカが差し出したのは、貴族のものかと見紛うばかりの、黒を基調としたあちこちに飾りのついた、礼装と呼ばれる派手派手しい衣装だった。


 この礼装を見た瞬間、俺の脳裏を嫌な予感が通り抜けた。


「おいセリカ、この貴族のものと見間違うほどのキラキラした服はなんだ?」


「大丈夫や。本物の貴族やったらこんな質素な服は着らんからな。せいぜい王都の騎士か大商人くらいにしか思われへんよ」


「いや、俺は平民以下の身分だぞ」


 表向きは流刑になった罪人なのだからこれでも盛ってるくらいだ。


「心配せんでも、その服を着てウチと一緒におったら誰も咎めたりはせんよ」


「いやいやいや、そうじゃないだろ。俺にこんな服を用意するとか明らかにおかしいだろ!?一体お前は、俺をどこのお偉いさんと会わせようとしてるんだよ!」


「うーん……内緒にしとこと思うとったけど、こういうことは先に話しといたほうがええか」


 少し悩む素振りを見せたセリカは、イタズラ心全開と言った表情で俺に笑いかけた。


「今からウチらが会いに行く人物、その名前はヤルスメルド大公、俗にいう東の大公その人や」






 その名前を聞いた瞬間俺は馬車から脱出しようとしたが、いつの間にかにセリカの陰警護が周囲を囲んでおり、「今逃げてもあらゆる手を使って必ず捕まえるで」というセリカの言葉が決め手となって俺は一切の抵抗をやめ、セリカのなすがままに礼装に着替えて(その時にセリカに裸を見られたのだが彼女は一切恥ずかしがる素振りを見せなかった)、東の大公がいるという要塞に到着。

 そこからほぼフリーパスの形で奥へ奥へ突き進み、やがて最奥部の謁見の間に足を踏み入れた。


「よく来てくれた、万夫不当の戦士よ。此度は我が軍の窮地を救ってくれたそうじゃな」


 謁見の間で待っていたのは、真っ白で長いひげが特徴的な威厳に満ち溢れた老人だった。


 東の大公の他には、両脇を固める二人の騎士と秘書らしき文官の男だけ。グノワルド王国の東方を支配する大公の供の数としては、あまりにも少なすぎる印象だ。

 セリカから話を聞いた時からなんとなくそうじゃないかとは思っていたが、どうやらこれは非公式の謁見のようだ。


「なんでも不思議な魔法を使って魔族軍を足止めしたとか。ああ、心配せんでもお主のことは一切軍の記録には残さんようにしてある。この会話も決して外に漏れることはないから安心して話すがよい」


「……たまたま策が当たっただけのことです。もし銀鋼騎士団が実力を発揮していたらどうなっていたかはわかりません」


「貴様!口の利き方に――」


「よい。これはあくまで私的な謁見じゃ、礼儀は問わん」


 俺の態度が癇に障ったのか、東の大公の護衛騎士が腰の剣に手を掛けながら怒鳴ってきたが、主の言葉で元の位置に戻っていった。


 すまんな、こちとらこういう場は初めてなもんだから、礼儀作法なんて知らないんだ。


「タケトよ、今回ワシがお主を呼んだのは、別に東の大公としてそなたの武功を讃えるためではない。そう言うことを好まぬ人物だということは、我が孫娘から聞いておるからな」


「へ?孫娘?」


 なんだそりゃ?

 俺に大貴族の孫娘なんて大層な知り合いはいないぞ?


 そんな俺の疑問に答えてくれたのは、東の大公でも護衛騎士でも文官の男でもなく、俺の横から進み出て大公の座る椅子の隣に立った小柄な少女だった。


「改めて紹介したるわ。これ、ウチのジジイやねん。で、ウチは東の大公の孫娘、ちゅうわけや」


 …………………セリカ、頼むからそういう大事なことは前もって言っておいてくれないか?


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