第49話 断った
戦争から帰還した俺をまるで拉致するように馬車に乗せたかと思ったら、よりにもよってグノワルド東部の守護を一手に引き受けている東の大公当人の目の前で自分が孫娘だと告白したセリカ。
そういうことはもっと早く言ってほしいという俺の心情を理解したのか、セリカは少しだけバツの悪そうな顔をしてこう付け加えた。
「すまんなタケト。ウチの素性を知っとる人間はそれなりにおるんやけど、あまり言いふらすような事でもなかったから黙っとったんや」
うん、そりゃまあそうか。
言われてみれば、実は東の大公の孫娘なのに世間には大商人の娘として通しているということは、それなりの事情が存在するということでもある。
さして深い付き合いでもない俺が、セリカの秘密を簡単に知ることができると考える方がおかしいのだ。
「まあ、このジジイが十番目の妾に産ませた子供がウチのオカンで、ルキノ商会の跡継ぎに嫁いだと言うだけの話なんやけどな」
だから聞きたくもない大貴族の裏話を聞かせるのはやめてくれ。
「俗にいう表に出せない血筋ってやつなんやけど、ジジイにとってウチは末の孫娘やから可愛がってもらっとるっちゅうわけや、おかげで他の孫がおる家から陰険な嫌がらせが毎日のように来るから大変やわ」
わっはっはと笑いだすセリカの表情に苦労の影は微塵も見えない。
セリカのことだ、一度嫌がらせを受けたら最低でも十倍にして返しているに違いない。
「まあ、そんなこんなでこの手のかかる孫から最近よく聞かされておるのがタケト、お主だったのじゃ。実は今回の戦争にお主を関わらせるように命じたのはこのワシじゃ。理由はセリカから聞いておるじゃろうが、今回の戦は冒険者からの志願兵で部隊を作らなければならないほどの戦力不足でな、使えそうなものはなんでも使わんと魔族軍に太刀打ちできぬ状況だったのじゃ」
「……驚きました」
「ファッハッハッハ、そう言う割には落ち着いた態度じゃのう。お主、ある程度予測できておったのではないか?」
商人であるセリカの依頼にしてはきな臭いなとは思っていたが、さすがに東の大公直々のご指名だったとは思わなかった。
ただ、爺ちゃんから受けた拷――薫陶が割とすんなりと覚悟を決めさせた、それだけのことだ。
「まあそう言うわけじゃから、セリカに罪はない。それどころかお主を戦争に駆り出すことに最後まで反対しておったのは、ここにおるセリカじゃ。そこだけは分かってやってくれ」
「なっ!?ジジイ!それは言わない約束で――」
最初はグノワルド王国の最重要人物の一人と聞いてどんなお偉いさんかと思ったが、こうして話してる分には、照れ隠しでじゃれ付こうとしている孫を溺愛している祖父という、微笑ましい人物にしか見えない。
だから、セリカを羽交い絞めにしている護衛の騎士の表情が必死過ぎるのはきっと気のせいなのだろう。
そんなセリカを満足げに見ている東の大公は、なにやら背後から囁いてきた文官に頷いた。
「オホン、話が弾み過ぎて少々時を忘れてしまったようじゃ。まあそう言うわけで、孫娘が気にかけておる男の顔をこの目で見ておきたかったのは事実じゃが、本題は別にある」
その時、東の大公の好々爺然とした顔つきが政治家のそれに変わったのが一目でわかった。
「タケト、お主の希望もあって、今回軍の窮地を救った功績が表に出ることはない。したがって民に示す形で叙勲や褒賞を出すわけにもいかん。それを踏まえた上で、今回お主に来てもらったのはほかでもない、タケトよ、ワシに仕える気はないか?」
「…………………それは、仕官という意味ですよね。本気ですか?」
事後処理もこれからというタイミングでの急な呼び出し、こうなることはある程度予想できていたとはいえ、大公直々に士官話を持ち掛けられるとは予想外だった。
「そうじゃ。最初は騎士からの出発ということになるが、折を見てそこのセリカを
……………………………………突っ込みどころが満載、特に急に縁談話を聞かされた、当人の暴れっぷりが尋常ではないが(俺ではない)、この際感情論は後回しにしておくとしよう。
しかし、婿入りして身内になれとはずいぶんと思い切った話だ。
同席している人数の少なさと、羽交い絞めにされた状態で暴れているセリカの様子を見る限りでは、大公の独断なのだろう。
それにしても、セリカの暴れっぷりが凄すぎてどうしても大公よりも彼女の方に視線が行ってしまう。
耳まで真っ赤にして何かを叫んでいるが、もう一人の護衛騎士が口を塞いでいるので何を言おうとしているのかまでは分からない。
よっぽど政治の道具にされるのが嫌なのだろう、その気持ちわかるぞ。
「……!!――っ!?……!!っ……………!!」
そんなセリカを同情の目で見ていると、何かを感じ取ったのかさらに激しく暴れ始めた。
「どうやら我が孫娘には刺激が強い話だったようじゃの。しばらく別室で休ませるがよい」
大公の言葉で護衛騎士の付き添いで(拘束ともいう)謁見の間から強制的に退場させられるセリカ。
「覚えとれジジイ!!」
護衛騎士の手を振り切って、最後に捨て台詞を吐いて退場するセリカ。
そしてドアが閉まる直前、いつもの可憐さやカッコよさは微塵もなく、ただただ鬼子母神のように荒ぶるセリカが、そこにいた。
……それにしてもあのセリカを手玉に取ってしまう東の大公、恐るべし。
「さて、うるさいのがいなくなったところで話を続けようかのう。もちろん今すぐ返事を聞かせてくれとは言わん。今日はここに泊まって一晩ゆっくりと考えるがいい」
「いえ、心はもう決まっています」
間髪入れぬ俺の返事に、少しだけ眉を上げて驚いて見せた東の大公。
「ほう、それは何とも決断の早いことじゃ。ならば聞かせてもらおうか」
……やれやれ、これもまた一つの戦場とはいえ、いつもとは勝手が違うな。
ここで必要な武器は竹槍や磨き上げた技ではなく、己の覚悟と弁舌の才能だ。
前者はともかく、後者に関してはさすがに竹田無双流でも稽古は付けてくれない。
つまり、ここは性根をすえて返事するしかない、というわけだ。
「……このような出自も定かではない若造に声を掛けていただき、大変光栄です。ですが、俺には守るべき、帰るべき場所があります。それをないがしろにして出世するつもりは微塵もありません」
俺は東の大公の厚意に正面から応えるために、一切の虚飾を取り払って断りの言葉を口にした。
そうする以外の他に、対向の言葉に報いる術を思いつかなかったからだ。
案の定、この場にいる護衛騎士と文官の怒りはすさまじく、その他にもこれまで気配を殺していたらしい、姿のない大公の護衛たちの殺気がこちらに向くのがはっきりとわかった。
その一方、礼装姿の今の俺は、竹槍どころか竹串手裏剣一本身に付けていない。
いざとなればこの要塞を竹林に変えてでも脱出しなければ、と思ったその時、この場の中でもっとも落ち着き払っていた東の大公が手を挙げて護衛の動きを制した。
「やめよ」
その一言だけで護衛騎士も文官も全員が引き下がり、姿を見せない気配たちも殺気を消して緊迫の空気が薄れた。
「どうやらお主は問答は苦手のようじゃから、あえて言葉を重ねることはせぬ。じゃがあえて一つだけ聞かせてもらおう。地位や名声を手に入れれば、その分だけ多くのものを守ることができる。それを知った上でもお主は己が道を往くというのか?」
「己の信じた道をただひたすら往く、それだけです」
「よく言った!それでこそ男じゃ!」
俺の返事に対して、東の大公はこれまでで一番の威厳のある声で膝を叩きながら叫んだ。
だが、その次に飛び出した言葉は完全に俺が予想とはかけ離れていた。
「マルクよあれを持て」
「はっ」
後ろに控えていた文官から一枚の羊皮紙を受け取った東の大公はその内容を読み上げた。
「タケト=タケダ、お主を騎士爵に叙しコルリ村一帯の代官に任ずる。なお、この任は武官としてのものであるため、内政を司る若干名の補佐をつけるものとする。さらに、今日この時よりタケダ騎士爵家の創設をヤルスメルド大公の名において許すものなり」
……やられた。
衝撃が強すぎてそれ以外の言葉が出てこない俺に代わって、東の大公が口を開いた。
「実は、セリカの報告で普通に誘いをかけてもお主が断ることはわかっておった。その理由が、今お主が住んでおるコルリ村にあることもな。じゃが、コルリ村付きの騎士爵にしてしまえばお主も断れまい。何せ代官が決まれば王国としてもなにがしかの援助をせざるを得なくなるからのう、お主にとってこれ以上の話はないはずじゃ。それとも、面倒だという程度の理由でこの話も断るか?一晩、冷静になって考えてもよいと思うのじゃが、どうじゃ?」
先ほどまでの威厳はどこへやら、今や東の大公は政治に疎い若者を嬲る性悪ジジイへと変貌していた。
「ぐっ…………………一晩、考える時間をください」
断る理由など見つかる当てもないまま、俺自身にすら無駄にしか思えない時間の引き延ばしを、俺は目の前の大貴族に願ったのだった。
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