第39話 戦いに行くことにした
シューデルガンドにてセリカと再会したはいいが、いきなり屋敷に連れてこられたかと思ったら金貨百枚を渡された上にシューデルガンドを救う勇者になってくれと言われる始末。
セリカさんや、俺は君ほど察しが良くないから一から噛んで含めるように説明してくれんかね?
「なんや、面倒くさいなあ、ま、誤解が生まれんようにここはきっちりわかってもらっとこうか。シルバ」
「畏まりました。皆さま、といっても私をご存じない方はタケト様お一人ですが、改めて自己紹介を。私はセリカお嬢の世話をしておりますシルバという者です。よろしくお願いします。以前はグノワルド王国で騎士をしておりましたが、縁ありまして今はお嬢の下で働かせていただいております」
シルバと名乗った黒服の中年の男は、視線をケルンさんの方に移すと恭しく完璧な所作でお辞儀をした。
「お久しぶりでございますアナリズ伯爵。その説は大変お世話になりました」
「いえいえ、私の方もあなたが護衛してもらえる時は安心して生活できたものです。シルバさんのことは時々風の噂で聞こえていました。ご活躍のようですね」
「主を差し置いて私が噂になるなどあってはならないこと。自分の未熟さを痛感する日々です。さて」
黒服の男の視線がケルンさんの隣に向くと、その先にいたアーヴィンがはっきりとわかるほどびくりとしたのがわかった。
「久しぶりだなアーヴィン。元気そうで何よりだ」
「せ、せせ、先輩こそお元気そうで……」
間違いない、アーヴィンはこの人にビビっている。
「シルバさんは騎士だったころにアーヴィン君を四空の騎士に推挙した人で、師匠のような存在らしいですよ」
そう横から教えてくれたケルンさん。
「アーヴィン、貴様がまたやらかしたのは分かっている。素直に吐け」
「バカな、昨日の件を知るのはいくらなんでも早すぎ……はっ!?」
「どうやら本当に問題を起こしたようだな。その話はあとでじっくり聞かせてもらおう。逃げようとしても無駄だからな」
哀れアーヴィン、シルバさんのカマかけに見事に引っかかった奴の罰はまだまだ続くようだ。
「私事でお待たせいたしました。本題に移りましょう」
話を戻したシルバさんは、部屋の隅に置いてあった一枚の大きな紙をテーブルに広げると説明を始めた。
「これはグノワルド王国とその周辺を測量した、ルキノ商会所蔵の地図にございます。タケト様以外の方はおわかりでしょうが、確認の意味も含めて一から説明いたしますのでしばしお聞きください」
どうやら俺のために分かりやすく話してくれるようだ。
この際だから世界情勢とやらをお勉強しておくか。
「現在この大陸は人族と魔族の二つの勢力が覇を競っており、その中でも激戦の地となっているのがこの王都グノワルドの北部にあるノスミルド要塞と、西の帝国の要衝の地である城塞都市カルベルクの二か所でございます。ですが、このグノワルド王国の国境線の一部には人族も魔族も不干渉の中立地帯がございます。そのおかげでグノワルド東部は比較的平和を維持できており、商業が活発になっております。そしてその中立地帯となっていたのがここ、通称大樹界です」
そう言ったシルバさんが指さしたのが、なんと俺が住むコルリ村の東、地名すら書かれていない空白地帯だった。
「グノワルド最古の記録によると、大樹界は人魔戦争が起きるより以前から人族の進出を阻んできた地であると同時に、魔族からの干渉も受け入れることはありませんでした。そうなると当然大樹界には何者かが住み着いていなければならないわけですが、タケト様はどう思われますか?」
おおう、いきなりクイズを振られたぞ。
人でもなく魔族でもないものねぇ、……まあ答えは簡単だな。
なにせコルリ村にも一人住んでるし、つい昨日たくさん会ったばかりだしな。
「亜人ですか」
「その通りでございます。実際には、大樹界には森だけではなく巨大な鉱山や大河が存在するとの噂もありますが、少なくともグノワルドの人間で確かめたものは誰もおらず、謎のままになっております」
なるほどね、こりゃ確かに勉強になった。
まあ、まだまだ本題には程遠そうだが。
「もうすぐ核心に入りますので、もうしばらくのご辛抱を」
げ、独り言を聞かれてたか。
ちょっと黙っておこう。
「世間では質も量も魔族軍に劣ると言われるグノワルド軍が曲がりなりにも国土を維持できているのは、ノスミルド要塞に戦力を集中できているからであることは明白なのですが、先日状況が一変する事件、災害が起こりました。皆様もご存じの通り、神獣
シルバさんが大樹界を指さした時から予感してはいたが、やっぱりその名前が出てきたか。
遭遇したこと自体は一度もないとはいえ、正直もう聞きたくはない名前だ。
「彼の神獣がもたらした大規模山火事はご存知の通りシューデルガンド東部の山岳地帯を焼き尽くしましたが、他の勢力にも甚大な被害を与えたことはほぼ間違いないかと思われます。白焔はグノワルド国境を超えた後そのまま魔族の領域も蹂躙したのは確実なのですが、それ以上に被害を被ったのは大樹界に住む亜人たちでしょう。もしかしたらまだ山火事が鎮火していない場所がある可能性すらあります」
「救いの手を差し伸べて亜人たちに貸しを作りたいところですが、グノワルド王国にはそもそも交渉の伝手すらないですからね。ルキノ商会はどうなんですか?」
「あいにくシューデルガンドにそれなりの規模の教会があるせいか、僅かな情報を得るのが精いっぱいでして。むしろ獣人の子供を保護したあなた方の方が、本格的に接触できる可能性があると言わざるを得ませんな」
ケルンさんの問いに淡々と答えるシルバさん。
まあ俺達だって、獣人の子供たちの親がどこにいるかもわからないから、現時点で亜人と接触するのは望み薄だな。
「問題はここからです。グノワルド、魔族、亜人の三勢力の境界線を崩壊させた今回の白焔の大移動ですが、この超常の力は災害と共に、ある問題を我々に残していきました。大樹界の西部からあらゆる生物、障害を駆逐したため、この一帯にどの勢力の支配も受けていない空白地帯が生まれてしまったのです」
誰一人として守る者のいない土地、となれば、相手より先に軍を送ってしまえば早い者勝ちの論理で空白地、そしてその先にある相手の領域を奪い取ることができる、そう人族も魔族も考えたはずだ。
「当然我々は魔族に先んじるために急ぎ行動を開始しました。東の大公様にシューデルガンドの総意として大樹界の状況を伝え、一刻も早く軍を編成して空白地帯に送るようにと。大公様も我らの声に理解を示され、即座に領内に動員をかけて一万の第一軍が編成されました。その動きは実に迅速で、これなら最悪でも現国境を維持できると皆が確信したものです」
なるほど、ここまで聞く限りでは、白焔のもたらした状況に対して十分対応できていると俺も思う。
だが、すべてが順調に進んでいるのなら、わざわざシルバさんほどの人が部外者の俺に懇切丁寧に説明する必要などないはずだ。
つまり俺にとっての本題はここからなのだ。
「時に、タケト様は銀鋼騎士団という魔族の軍をご存知でしょうか?」
「恥ずかしながら知りません。有名なんですか?」
「そうですね。詳しい説明は省きますが、魔族軍三師団の一角に数えられる魔族軍きっての精鋭です。人族の間でも知らない者の方が少ないでしょう」
すみません、ついこの間この世界に来たばかりなので知りませんでした、と心の中で謝っておいた。
「さて、この銀鋼騎士団ですが、つい先日帝国の最前線を突破、帝国領を横断する形で大きく迂回しながらノスミルド要塞前に展開するグノワルドの守備軍に奇襲をかけ、甚大な被害をもたらしました。あわやノスミルド要塞陥落かと王国中に緊張が走ったのは記憶に新しい話です」
おいぃ!!さらりとグノワルド王国滅亡の危機を流すんじゃないよ!!
初耳すぎて心臓が飛び出るかと思ったわ!!
そんな俺の心の叫び(リアルに叫ぶのは何とか自重した)を知ってか知らずか、シルバさんは淡々と説明を続けた。
「ですが、なぜかその翌日に銀鋼騎士団全軍が急遽前線から後退、大武功を上げる決定的好機を逃していずこへ消えたのです。当然、グノワルドの総力を挙げて行方を追っていたのですが、先日、誰も予想していなかったここグノワルド東部に出現、そのまま東の大公軍に先んじて空白地帯への侵攻を開始したのです」
つまり、こっちが最速で軍備を整えて出発しようとしたら、あちらさんは完全武装のままノスミルド要塞を出発して、休むこともなく空白地帯に現れたってことか?
「確かに戦略的には完全に裏をかかれたけど、銀鋼騎士団っていやあ精鋭ゆえのプライドの塊だってもっぱらの噂なのさ。そんな連中が目の前の戦場をおっぽり出してこんな辺境に来るかね?」
「その通りだ。だからこそ我々にとっても盲点だったし、こうして危機が迫っているわけだ」
口を挟んできたアーヴィンを叱ることもなく答えるシルバさん。
「さらに言えば、ここで空白地帯を魔族に取られるのは確かに痛手だが、東の大公軍も編成自体は終わっているので、これがグノワルドの危機に直接発展することはあり得ない。だが魔族軍に攻め込まれていることに変わりはなく、東の大公様からは最低でも現国境を維持せよとの厳しい命が下っている。そのためには軍以外の戦力を使うことも厭わないとのお達しなのだ」
シルバさんの視線はアーヴィンに向けられていたが、話自体はこの場にいる全員に向けられたものだった。
「まあ、ここまで説明すればタケトにも話が見えて来たやろ。このシューデルガンドから出発する部隊の中に、タケトも混ざってほしいっちゅうことや」
シルバさんの後を受けてセリカが依頼の件に話を戻した。
「断る理由は……ないよな」
「当然やけど、空白地帯を全部魔族に取られたら、戦線が今よりずっと下がってくる。そして新しい最前線の中にコルリ村の名前が入ってくるのは間違いないな」
「……そうだよな。わかった、行くよ」
「おいおい、いやにあっさり受けたさね」
「別にあっさり決めたわけじゃないぞ、アーヴィン。ここでグノワルド軍が負ければ、復興が形になり始めたコルリ村も戦渦に巻き込まれるのは間違いないんだ。それも今よりずっと悪い戦況に陥った後でな」
「悩む時間すら惜しい、ってことさね?」
「それともう一つ、悩んだ分だけ迷いが生まれるのは人の性だ。それは槍を持ったことのない一般人だろうが、歴戦の戦士だろうが変わらない真理だ。すでに戦いまで待ったなしの状況で、ちょっと考える時間をくれなんてのは時間的にも精神的にも無駄以外の何物でもないってことさ。お前だって身に覚えが無いわけじゃないだろう?」
「……なるほど、さね。タケトのことが少しだけ分かったさね。まったく、タケトのいた世界ってのもなかなか殺伐としていたもんさね……」
アーヴィンの独り言を聞き流しながら、改めて考える。
まったく、数日前までの平和な日常が嘘みたいだな。
アーヴィンが驚くのも分かるが、今が動乱の時代だってことくらいは理解してるし、特に意外ってわけでもない。
何しろ、爺ちゃんから教わった竹田無双流の神髄は……長くなるから止めとくか。
それよりも、まずは知るべきことを知っとかんとな。
「行くよ、と速攻で言いたいところなんだが、セリカ、俺からも確認したいことがいくつかと、心置きなく戦うために条件が二つある」
「なんや?この際やから聞いたる。言うてみい」
「セリカは俺に依頼したよな――
「え、オレ?あー、そうしたいのは山々なんだけどダメさね。ケルンの旦那の護衛依頼が完了していない以上、女王陛下の勅命でもない限りオレが旦那の傍を離れることはないさね」
ひらひらと手を振りながらあっさりと否定するアーヴィン。
「そういうことや。いくらウチでもこの状況で王家と真正面から戦争しようとは思わんよ。確かにそこの《竜騎士》が参戦すれば戦況は一変するやろ。でも逆に言えば、それだけの戦力を張り付かせるだけの価値が、ケルンのおっさんにはあるっちゅうことなんやで?」
「そりゃそうだよな。ただ確認したかっただけだ、今のは忘れてくれ。で、もう一つ質問なんだが――なんで俺なんだ?」
そう、このシューデルガンドでは確かに竹トンボテロで騒ぎを起こしたが、俺の実力自体を見せたことは一度もなかったはずだ。
勇者召喚のことを見抜かれたのは驚いたが、それと実際に戦力になるかは別の問題だろう。
そこにはセリカなりの根拠がなければならないはずだ。
「カン、それだけや」
ズコッ
そんな音が本当にしたわけではないが、実際俺はソファからずり落ちていたし、そんな擬音がぴったりな心境だった。
「カンって、セリカお前な……」
「おっと、その辺の凡人のカンと一緒にされたら困るで。ウチがこの年でここまでの地位をつかみ取ったんは、最後には必ず自分のカンに従ってきたからや。そのウチのカンが、タケトが戦力としてもタダモンやないって言っとるんや。少しでもバクチの勝率を上げるためなら、何でもするのは常識やろ」
「言ってることはめちゃくちゃだな……でも納得はした。精々セリカのカンを裏切らない程度にはやらせてもらうよ」
「それでええ。んで、二つの条件ってなんや?こう見えてもウチも忙しいからな、手短に頼むで」
俺の質問が終わったのを察したのだろう、セリカが話を急かした。
「そんなに時間は取らせない。一つ目は、戦いの間は俺の自由にやらせてくれ」
「そう言われると思って、冒険者ギルドにはウチの食客ということで根回しは済んどる。ウチの商会から一人案内役で付かせてもらえれば、あとは好きにしてええで」
「ありがたい。で、二つ目だが、俺の顔を隠させてほしい。もちろん褒賞やら名誉やらはいらん」
一つ目の条件をあっさり承諾したセリカだったが、二つ目の内容は意外だったようで首をかしげてきた。
「タケトがそう言うならウチはかまわんけど、実際のところそんなこと無理やろ。どないするつもりなんや?」
「方法はある。まあ後で見せるよ」
部屋にいる一同が頷きながらもどこか納得しきれない顔だったが、ただ一人ケルンさんだけは何かを察したように理解の眼差しで俺を横目に見ていた。
「何や知らんけどおもろそうな匂いがするな。なら話は決まりや、早速冒険者ギルドに行って顔つなぎを――」
「あ、待った!もう一つだけ条件があった!」
「なんや!決まった話を蒸し返すなや!」
「頼む、後生だから今日は休ませてくれ、ここ一週間ほどろくに寝てないんだ……」
実は、昨日のうちに野宿とはいえある程度睡眠時間が取れる予定だったのだが、獣人の子供達を保護したことによって、当初より厳重に警戒する必要が出てきてしまい予定の半分も睡眠時間が取れなかったため、今日の段階でとうとう疲労の限界が来てしまったのだ。
さすがに三大欲求である睡眠までは、竹の葉茶で無効化することはできなかった。
かく言う今も、目を開けているだけで精一杯の状態だ。
「なんや、再会した時に元からこんな貧相な顔つきやったかなと思たら、そういうことかいな」
ひどっ!?
さすがに傷つくぞ……、はっ、いかん、もう限界が、近い……
「でもさっきも言うた通り、ウチはいったん決まったことを蒸し返すのが一番嫌いなんや。だからタケトの言うことを聞くなら、ウチの言うことも一つ聞いてもらう、これが条件や」
「わ、わかった、それで、いい……」
何かセリカが恐ろしいことを言っている気がするが、もう半分も聞き取れない。
なんでもいい、はやく、はやくねかせてくれ……
「言うたな。もう後には引けんからな。覚悟しいや」
ケケケケケケケケケ
その場で崩れ落ちる中で、最後に見た緑の髪をたなびかせたセリカの悪魔のような笑顔と嗤い声が夢の中の出来事か現実のものだったかは、すでにベッドに倒れ込むことしか頭に無かった俺には判断が付かなかった。
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