第40話 いろいろ世話になった


 目覚めたら、ベッドの上から知らない天井を眺めていた。


 いや、知らないはさすがに言い過ぎた。

 ちゃんと昨日の記憶もある。

 セリカとの話し合いの結果、魔族との戦いに駆り出されることになったのだ。

 そして連日の徹夜続きの体が限界を迎え、その場でぶっ倒れてしまったのだ。


 距離自体は短いとはいえ、旅を甘く見ていたのが最大の問題だったな。

 引きこもり体質が影響したと言えなくもないが、全部言い訳だな。

 とはいえ、やるべきことをやった末の結果なので特に後悔はないんだがな。


 そんなことを考えていると、俺が起きたことを察したかのようにコンコンとドアがノックされた。


「どうぞ」


「失礼いたします」


 声を掛けると静かにドアが開かれて二十歳くらいの整った顔立ちをしたメイドさんが入ってきた。


 ………………


 メイドさんが入ってきた!!


 別にメイド好きというわけでもないのになぜか感動しすぎて心臓がバクバク言っているのがわかる。


 その洗練された黒と白の佇まいたたずまいを見ているだけで心が癒されていく。


 まさに、コルリ村では絶対にお目に掛かれない光景。


 いつの間にか俺は身じろぎ一つ取らずにメイドさんの一挙手一投足を見逃すまいと注視していた。


 メイドさん万歳!!   メイドさん万歳!!   メイドさん万歳!!


「お客様、お目覚めでしたら主、セリカ=ルキノがお目に掛かりたいと申しております。よろしいでしょうか?」


「……へ?あ、ああ、はい、着替えたら行きます」


 いかん、いつの間にかにメイドさん空間に囚われていたらしい。

 今の心の声、まさかこのメイドさんに漏れてやしないよな?漏れてたら余裕で死ねるぞ。


 とまあ、そんなことを考えていたせいか、寝間着に着替えさせられていたことに今更ながらに気づいた。


 ……おいおい、この部屋までまで運ばれただけじゃなくて、着せ替え人形よろしく初対面のメイドさんに裸を見られたのかよ。

 まあ、さっきの歓喜の心の声を知られることに比べたら百億倍マシだがな。


「大層お疲れの様でしたので、僭越ながら主の命で私が着替えをさせていただきました。申し訳ございません」


「いっ、いえ、こっちこそ大変お見苦しいものを……」


「いえ、同年代の男性と比べても大変引き締まったよいお体でした。武芸に秀でた方のお体を間近に見られて光栄でございました」


 いかん、謝ったつもりが逆にメイドさんにフォローされている!?

 これは、何を言っても話術では勝てそうにないな。

 仕方ない、とっとと着替えてセリカのところに顔を出すか。


「わかりました。セリカにはすぐ行くと伝えてください」


「申し訳ございません。主よりお客様をお連れするようにとの命ですので、それは出来かねます。代わりというわけではございませんが、お着替えを手伝わせていただきます」


「は?いえっ、結構ですから!!」


 このメイドさんは一体何を言い出すんだ!?


「ですが主の命ですので」


「恥ずかしいからいいです!」


「すでに一度見せていただいたではありませんか」


「うっ、ひ、人にやってもらったことなんてないので時間がかかっちゃいますから!」


「ご安心ください。私はプロフェッショナルとしてお客様を御不快な気持ちにさせないための訓練を日々積んできております。お客様の御世話に限って言えば、完ぺきにこなす自信がございます。さあ、まずはその寝間着を脱いでしまいましょう」


「あ~~~れ~~~」


 な、だから話術では太刀打ちできないって言ったろ?


 抵抗?メイドさんに?


 おいおい、メイドさんの御奉仕を断る男がいたとしたら、そいつはもう男じゃない。神と爺ちゃんに誓うね。







「なんやタケト、またけったいな顔しとるな。気色悪っ」


 メイドさんの完璧なご奉仕を受けて支度を済ませた後、恥ずかしくも清々しい気持ちでセリカの部屋まで案内してもらったのだが、机上で書類仕事をしていた当のセリカに開口一番ディスられてしまった。


「いや、お前がメイドさんに着替えを手伝えと命令したせいだよ」


「ああん?うちはそんな命令……あー、さてはサマンサにオモチャにされたな?プククク」


「オモチャって……ああっ!」


 そういうことか!


 どうりでメイドさんにしては押しが強いと思ったよ!


「まあ許したってや。大きな意味で言えばまあ仕事の範囲内やし、ウチから見ても完璧なメイドなんや」


「驚いた」


「ん?何がや?」


「セリカが人を褒めるところなんて初めて見た」


「言うほどタケトと付き合いは長くないやろ!何をウチのことわかった気になっとんねん!」


「じゃあ普段から人のこと褒めるのか?」


 残念ながらそういうタイプには見えない。


「ぐっ、ウチかて褒める時は褒めるんや。ただ周りに褒めるに値する奴がおらんだけや――って、無駄話しとる場合やないやろ!」


 おっとそうだった、テロリスト扱いされた意趣返しはまた今度にしよう。


「それで何の用なんだ?」


「用というか報告や。諸々段取りは昨日のうちに済ませといたから、タケトが街を出る前に知らせたろ思ってな」


 そう言ったセリカは引き出しから数枚の紙を取り出した。


 そりゃありがたい。

 仕方のない状況とはいえ、魔物の素材を換金するという当初の目的から俺だけが離脱することには引け目があったからな。


「まずコルリ村から持ち込んだ魔物の素材の買い取りやけど、あの四人組にウチの商会の担当者を同行させて、いったん冒険者ギルドに仲介させてから一括でルキノ商会が買い取ることにしたわ」


「確か魔物の素材は、冒険者ギルドがすべて買い取るのが決まりだったよな?」


 もしこれを破ったら重罪に問われるって、カトレアさんが言ってたっけか。


「せやから最低限冒険者ギルドの顔が立つようにしてやったんや。そうでなくても何の伝手もない一般人が、いきなり商会に持ち込んでも買い叩かれるのがオチやで。むしろ感謝してほしいくらいや」


「本音は?」


「最近はなんもかんもが品薄であの量の魔物の素材は喉から手が出るほど欲し――って何言わすねん!」


 うん、セリカに慈善事業は似合わんからな、そんなことだろうと思った。


「特にあのオークナイトの鎧と剣はええな。鎧は仕立て直せば騎士に売りつけることができるし、剣の方は一目見ただけで業物とわかる逸品や。ていうか、オークナイトごときが持っとったらあかんもんやな」


「あの剣、そんなに凄いものなのか?」


「大方どっかの隊商か屋敷でも襲って奪ったもんと違うか?欲しいんやったら返してもええで」


「……ちょっと保留させてくれ。帰って来てから考える」


「わかったわ。査定は今日から担当者が始めるけどそれなりにまとまった金を渡せると思うで。で、お次は司祭様の方やな」


 セリカは次の紙を見ると読み上げ始めた。


「といっても、司祭様が手紙を書いてそれをうちの従業員がシューデルガンドにある神樹教の教会に届けただけや。実家に送ってくれって言うとったから、多分近況を知らせる内容やったんやろな」


 そこで一旦言葉を切ったセリカ。

 次に話し始めた時には、その眼が幾分か鋭くなっている気がした。


「ただな、帰ってきたウチの従業員の報告によると応対した教会の神父たちが随分驚いとったらしいわ。手紙の方も昨日のうちに教会の早馬が街を飛び出したのが目撃されとるから、どう見ても最速で準備を整えて出発させたって感じやな。あそこまで教会を慌てさせるとはあの司祭様、ただもんやないな」


 ……奇しくもケルンさんとセリカの意見が一致したか。

 彼女の素性が気にならないわけじゃないが、どうにも俺の手に余る話になってきたな。


「とりあえず、司祭様と獣人の子供たちはこの家の離れで預かることにしたわ。子供たち今街をふらつかせるのは危険やけど、多分、あの司祭様が外に出る方が何倍もヤバい。現に、教会の監視の目が昨日の夜からこの家に張り付いとるわ」


「マジか」


「マジや。けどこの家に連れて来たのは正解やったな。ここなら教会の連中も滅多なことはできん。下手を打てば、シューデルガンドそのものを敵に回すことくらい、相手さんもわかっとるはずやからな」


「感謝するよ、セリカ」


 自慢げにニヤリと笑うセリカは頼もしいことこの上なかった。


「最後はケルンのおっさんとSSランク冒険者アーヴィンの二人やけど、昨日はここに泊まっていったけど今朝早くに出て行ったわ」


「出て行った?王都に帰ったのか?」


「いや、国家鑑定士相手やと畑違いやから詳しくは知らんけど、シューデルガンドでもいろいろ用事があるらしくてあっちこっち飛び回っとるそうや。あと、タケトに一言だけ伝言を預かっとる」


「何だ?」


「『タケトさんがコルリ村に帰る頃に必ず一度顔を出すので待っててほしい』そうや」


 そうか、ケルンさんにはいろいろ世話になったからな。このままお別れというのも気が引けていたところだ。

 お礼を言うのは当然として何か返せるものがあるといいんだが。


「ウチからは以上や。質問があったら聞くで。ま、ウチの完璧な報告に穴があるとは思えんけどな!」


 ドヤ顔で緑の髪をかき上げるセリカだが、彼女が醸し出す自信がそうさせるのか不思議とその仕草が似合っていた。


「いや、全くないよ。いろいろ世話になったな、セリカ。お礼って言ったらなんだが、何か俺にできることがあったらなんでも言ってくれ。力になれそうだったら手伝うよ」


「ええんやええんや、そないなこと気にせんでええ。(もうそんな口約束必要ないからな)」


「何か言ったか?」


「いいや何でも。さてと、早速で悪いんやけど、準備ができたらすぐに冒険者ギルドに行ってくれるか?あちらさんはもう集まった冒険者を前線に送り出し始めとるそうやからな」


「わかった。じゃあこの足で行くよ」


「この足って、準備はいらんのか?」


「ちがうちがう、もう準備万端ってことだ」


「はあ?そんなアホな、って、言われてみれば確かに……」


 セリカの視界に入っている俺の姿は、すでに紺の着物に山袴に武者草鞋、竹槍と深編笠と竹製の背負い籠をドアの前に置いていた。

 まあ、一言で言うと完全装備だな。


「まさか、ウチが言うことを予測しとったとでも言うんか?」


「それこそまさかだな、俺はセリカほど頭の回転は速くないさ。ただ」


 背負い籠を背負い深編笠の紐を顎で縛って竹槍を肩に担いだ俺は、ドアを開けながら最後に言った。


「常在戦場。心は常に戦場に在れ。うちの爺ちゃんの受け売りさ」

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