第35話 シスターと出会った


「ケルンさん、コレは一体……」


 額から滝のような汗を流しているケルンさんほどではないが、背中にどっと冷や汗が出たのを感じる。


「タケトさん、一度に説明するのは難しいです。一つ一つお話ししましょう」


 ケルンさんはコップに残っていた竹の葉茶で喉を潤すと、ゆっくりと話し始めた。


「まずタケトさんのお名前と年齢に関しては、特に言うことはないでしょう。まあお名前の表記に言いたいことがないわけではないですが、そこは大した問題ではないので無視しましょう。あ、私は鑑定魔法のお陰で異世界の文字も読めるんですよ」


 漢字読めるんかい。

 ……まあいいや、こんなところにまで突っ込んでいるといくら時間があっても足りない。


「その次、種族は普通は問題にすることはないのですが……」


「見事に鑑定不能って書かれてますね。これってよくあることなんですか?」


「いえ、そもそも種族名を鑑定できないなら、こうして紙に表示されることすらありません。それなのにあえて鑑定不能と出てきたということは、何らかの力によってタケトさんの種族名が隠蔽されているということです。私もこんなことは初めてですよ」


「ということは、これ以上詮索しても仕方がないと……」


「そう思います。まあ解明する手段に心当たりがないわけではないですが、今は先に進みましょう。次はここ、タケトさんのパラメータですね」


 ケルンさんはそう言って種族名の下の部分を指さした。


 筋力:A



 体力:S



 素早さ:B



 魔力:SS



 器用さ:SSS


「いわゆるその人の基礎能力という部分です。本当はもっと詳しく書き込むこともできたんですが、ステータス表を初めて見るタケトさんには難しい話かと思いまして、最低限の表記にさせてもらいました」


「それは正直助かります。ちなみに詳しく書くとどんな感じになるんですか?」


「そうですね、よく依頼されるのは、これまでのステータスの成長速度やあとどれほど伸びる余地があるのかを、ABCなどのランクではなくて数値として出してアドバイスしてくれ、などが多いですね。興味がおありならお出ししましょうか?」


「いえ、結構です」


 俺自身数学が嫌いなわけじゃないが、数字に支配された生活を送りたいとは微塵も思わない。

 余計な情報は省くに限る。

 これでも、爺ちゃんの教え通りに成長した、バリバリの体育会系だからな。


「それでこのパラメータなのですが……かなりというか、これまたというか、王都の記録庫に残っている過去のデータと比べても、見たことのないバランスですね」


 おいおい、ひょっとしなくても人をバケモノ扱いしてないか?


「強いて挙げるなら、名人と呼ばれるレベルの職人タイプだと、器用さが突出して高いことが多いので似ていると言えなくもないですが、それにしては他のパラメータが高すぎます。普通の健康な男性の平均がC、一流と呼ばれる人でもいずれかがAに達していれば十分と言われているのに……」


 なんとなくそうじゃないかと思ってはいたが、やっぱり高いのか。

 俺から見ても、SSSランクっていう響きが尋常じゃないことは分かる。


「私も古い文献でしか見たことがありませんが、SSSランクの筋力を持つ人物がはるか昔に一人出現したそうですが、その全力の一撃は、山を吹き飛ばし竜巻を起こし海を切り割ったという伝説が残っています」


 マジか!

 もうそこまで行くと、人かどうとかって次元じゃないな。

 多分、天変地異とか表現した方がしっくりくるんじゃないか?


「あくまで伝説ですから、尾ひれの付いた話だとは思います。ですが、現代に数人いると言われているSSランクと違って、伝説であるがゆえにSSSランクというのはそれだけインパクトを与える代物です。これだけはこの場で約束してほしいのですが、タケトさん、このステータスを見せるのは全幅の信頼のおける人だけに――いいえ、生涯誰にも口外しないように済むならそれに越したことはありません。できる限りそうすることをお勧めします」


 おいおい、まだ話の半分しか進んでないのに、もうトップシークレット扱いかよ。

 でも、さすがに一生ステータスを隠し続けるのは無理がないか?


「もちろん対策はあります。これはステータスプレートといって、身分証や道中手形としても利用可能な、冒険者や商人には必須のアイテムです。これをこうして……」


 そう言いながら、荷物の中から薄くて小さな銀色のプレートを出したケルンさんは、ステータスの書かれた紙の上にプレートを乗せ、その上から手を添えると小さな声で呟いた。


『神よ、その英知を以ってこの者の姿を偽り給え、フォイル・ステータス』


 すると俺の常軌を逸したステータスが、以下のように書き換えられた。


 筋力:B



 体力:A



 素早さ:B



 魔力:S



 器用さ:S


「本当はもっと地味なランクにすべきだとは思いますが、すでにタケトさんは何回か実力の一端を目撃されているということなので、このくらいにしておきました。いかがですか?」


「いやケルンさん、さすがにこれはまずいんじゃ……」


 そうなのだ。

 先ほどの話からして、国家鑑定士というものはグノワルド王国内の全ての鑑定士の頂点に立つ人物だ。

 そのケルンさんが鑑定結果の改ざんをするのがどういうことか、これが公になれば、大げさに言えばグノワルド王国の根幹を揺るがす大不祥事、危機と言える。


「大丈夫、とまでは言いませんが、これもまた私の役目の一つなんですよ」


「役目、ですか?」


「ただし裏の、と注釈が付きますがね。王国、あるいは世界に混乱をもたらす鑑定結果と私が判断した場合のみ、その結果を秘密裏に覆い隠すための秘技が、歴代の国家鑑定士に引き継がれているんですよ」


 なるほど、国家鑑定士の真の役目は、正確な鑑定はもちろんだが、それ以上にグノワルド王国の価値観を守ることにこそあるということか。

 とにかく、これでパラメータの件の問題は残るものの、一応解決といっていいだろう。


 だが、どうやらケルンさんの一番の懸念、とうか興味はこの先にあったらしい。


「問題はここ、スキルの欄です。汎用スキルの継承を受けたこともないのにこの数は異常ですよ。その上この原典スキルの内容がまた見たことのない魅力的な文言のオンパレードでどのような人生を送ってくればこのようになるのか興味が湧いてきましたいえ依頼人の過去を詮索するのは鑑定士としてご法度ですから私はいつも想像するだけに留めているんですけどねまたこれが楽しすぎてついつい時間が過ぎてしまうのを忘れてしまって怒られるのが私の悪い癖といいますか――おやタケトさん、どうかしましたか?」


「……いえ、何でもないです」


「そうですか?では続けますね。そもそも原典スキルというのはですね――」


〈好きこそものの上手なれ〉という言葉は確かにその通りだと思う。


 だが〈一芸に秀でた者は多芸に通ず〉という言葉ではどうしても説明がつかない、その両の眼に狂気を宿らせて嬉々としてスキルの話をしているケルンさんを見ていると、とてもそんな考えにはなれなかった。


 それと同時に、俺が竹細工を作っている時には、ここまで頭のおかしい様子にはならないはずだ、そう願わずにはいられなかった。






 結局、重度のスキルマニアと思われるケルンさんから、それ以降まともな話を聞くことはできなかった。

 俺にはわからない用語を多用した話ばかりだったし、仮にそのことを質問しようものなら、これまでの数倍の意味不明な言語が飛び出しそうだと思ったからだ。


 それでも、ケルンさんの話の断片を搔き集めて得た情報から推測するに、


 ・俺のスキルの大半は原典スキルというレアなものらしい


 ・俺の異常なパラメータとスキルを組み合わせれば、やり方次第で国宝級の魔道具すら作れる


 ・その代償として金属の武具を使うことができなくなっている


 という新たな情報を得ることができた。

 残りの詳細はケルンさんに書類にしてもらうことにしようと思う。

 少なくとも、スキルの件でこの人と会話ができる自信がないからな……


 幸い、ケルンさんはそれから十五分ほど好き勝手に喋りまくった後で正気に戻ったので(自覚はなさそうだった)、すかさず俺が次の話に進ませた。


 つまり、俺の作品の鑑定である。


「……なるほど、実はこの家に入った時から気にはなっていたのですが、やはりこれらはタケトさんの作品でしたか」


 俺とケルンさんの前には、俺が魔力を込めて作った竹細工の魔道具が並んでいた。


「ざっと見た限りでも、すべての作品が魔道具となっているようですね。一つ一つにかかる鑑定の時間はそれほどでもないですが、数が多いですね。早速始めましょう」


 そう言ったケルンさんは竹細工の一つ一つに鑑定魔法をかけていき、俺がもらったものとは別の金属のプレートに次々と鑑定情報を書き込んでいった。


 その間にケルンさんの口から洩れた「おおっ!」「これは発見だ!」などの言葉から察するに、俺自身だけじゃなく竹細工まで非常識な代物だとわかった。


 これは、鑑定の後でケルンさんに見せてもらった竹細工の効果の一部である。


《タケトの竹槍:魔力が込められており耐久性が向上している。また非常に高い耐魔力を保持しており、SSランクの魔法まで弾くことができる。製作者 竹田武人》


《タケトの竹手裏剣:魔力が込められており貫通力が向上している。Aランクの装甲までなら貫通することができる。製作者 竹田武人》


《タケトの竹トンボ:魔力が込められており滞空時間と羽根の部分の切断力が向上している。Sランクの装甲までなら切断することができる。製作者 竹田武人》


《タケトの竹炭:魔力が込められており火力が向上している。さらに一定以上の魔力を込めると時間差で爆発する。決して日常で使ってはならない。火気厳禁。製作者 竹田武人》


 もう何というか、あれがあれのアレである。

 特に最後の竹炭がヤバい。言っていることは完全に爆弾である。

 一つ間違えば、俺を含めた周りの人間が木っ端みじんになっていてもおかしくなかった。

〈テロリスト、最期に自分の武器で自爆〉と新聞の一面を飾りそうな間抜けっぷりである。


「タケトさん、さすがにこれは……」


 数多くの人やアイテムを鑑定してきた百戦錬磨のケルンさんをして、このドン引きの反応である。

 確かに、何かおかしいと感じながらも、俺が竹細工を作り続けた事実は事実なので何も言えない。


 そうして俺がひとしきり落ち込んだ後、とりあえず竹細工の使い方をケルンさんが見てくれるということになったので家の前でいろいろ試してみることにした。


「それでですね、この竹槍をこうやってオークナイトに投げつけたんですよ」


「ほう、そうしたら不自然な軌道を描いてオークナイトに突き立ったと」


「ええ、他にも竹トンボが高く飛びすぎちゃって――」


「――のー」


「それはひょっとしたら魔力が働いて――」


「なんと!そんなことが!」


「――あのー」


「他にもこの竹手裏剣が――」


「それは危険ですね」


「あのー、すみません」


「「うわびっくりした!!」」


 気づいた時には、そのローブ姿の人物は俺の背後に立っていて、にこやかな笑みを向けていた。


 くそっ!!俺が人の気配に気づかなかっただと!!不覚にもほどがある!!


「お忙しいところすみません。一つお尋ねしますがここはコルリ村であっていますでしょうか?」


「は、はい、そうですが」


「そうですか、それは良かったです。ようやく人に会えました」


 その人物は、薄汚れた白いゆったり目のローブに身を包みフードで顔を隠していたが、体つきから女性であることは一目でわかった。

 フードからちらりと見える黄色がかった緑の髪は、本来ならさぞ美しかっただろうと思わせるほど、旅塵の中に鮮やかな色を感じさせた。


 特徴的なのは、どこで拾ったのか手にしていた竹杖と、その胸に下げられたペンダントだ。

 十字と呼ぶには奇妙な意匠のそれは、彼女が何らかの信仰をしている証に思える。


「タケトさん、あの方はおそらく神樹教の信者、それも聖地で正式な洗礼を受けたシスターですよ」


「ああ、申し遅れました、わたくしは神樹教にて司祭の位階を授けられております、シルフィーリアと申します。以後お見知りおきを」


 なんと、一生縁のない存在だと思っていた神樹教の信者、それも司祭様とこんな形で出会うとは。

 柔らかい物腰といい聞き惚れそうな優しい声といい、まるで絵画の聖母様が現実に現れたような女性だ。


「い、いえ、こちらこそよろしくお願いします。俺の名前はタケトといいます」


「まあ、タケトさんというのですね。早速なのですがタケトさん、ぶしつけながら一つお願いがあるのですが」


「俺にできることならなんでも言ってください!」


 彼女のお願いなら何でも聞いてあげよう、いつの間にかそんな思いに駆られてついそう答えてしまった。


「余りものでいいのです、何か食べ物を……」


 そこまで言ったシルフィーリアさんがふらりと倒れるまで、彼女が竹を支えにふらつきながらもなんとか立っていただけだったことに、俺は気づけなかった。

 だから咄嗟に彼女に飛びついて受け止めたものの、シルフィーリアさんの体のどこに触れるかなんて考える余裕は、その時の俺にはなかった。


(柔らかっ!!でかっ!!匂いやばっ!!)


「タケトさん、とりあえず司祭様をタケトさんの家に運びましょう」


 多分だが、そう助言してくれたケルンさんには、俺のそんな心の叫びはバレていない、はずだ。


 とにかくこのままにしておけるはずもなく、俺はシルフィーリアさんをお姫様だっこすると、自宅の方に向かって歩き出した。

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