第34話 鑑定してもらった


 俺がケルンさんが伯爵だったことに驚いたところで話に一区切りついたので、マーシュが竹の葉茶と軽食を用意して持ってきてくれるまで待つことになった。

 本当は俺の家で用意できればいいのだが、今の仮の自宅には台所など水回りの設備がないのでドンケスが本宅を建ててくれるまで寝る以外の実際の生活はこれまで通りマーシュの家で行うしかないのだ。


「そういえば、伯爵様はなんでわざわざこんな田舎まで?俺なんかただの平民なんですから、王都に呼びつければよかったのに」


 それはマーシュを待つ間の暇つぶしのつもりで何となく聞いてみただけだったのだが、ケルンさんは苦笑しアーヴィンは呆れた顔を見せたことで、俺が何かの地雷を踏んでしまったと気づかせた。


「堅苦しいのは嫌いなんで呼び捨てにさせてもらうがさ、タケト、お前さんは本当に心当たりがないのか?」


「あははは、あ、私のこともケルンでいいですよ。基本的に国家鑑定士の所在は機密事項なので詳しくは言えないんですけど、実はタケトさんが召喚された際に、私も王都にいたんですよ」


 カトレアさんから聞いてた話とはちょっと違うような気もするが、要は近衛騎士ですら所在を知ることのできない重要人物、それが国家鑑定士というものということか。


 ん、待てよ。王都にいた?


「……ひょっとしなくても、二人とも俺の事情を知ってます?」


「はい、私はほら、鑑定士という職業上、鑑定すればその人の経歴がわかってしまうことが多いので、予めムーゲル侯爵に勇者召喚の件を聞かされていたんですよ」


 ムーゲル侯爵?


 ………………あっ!大臣のおっさんのことか!

 いかん、おっさん呼ばわりはいいとして、恩人の本名を忘れかけるのはまずい。

 できるだけ、できるだけ憶えておくことにしよう。男の名前だから自信ないけど。


「オレはほら、SSランク冒険者だし、並の冒険者とは信用度が違うから」


 別に聞いてもいないのにアーヴィンも答えてきた。

 あとSSランクって言われても、俺にはよくわからんぞ。


「話を続けますね。それで新しく召喚した勇者の鑑定をするために待機していたのですが、当日になって問題が起きまして……」


「問題?」


「だからあんたのことだよ、タケト」


 アーヴィンの突っ込みが入ったので、記憶を辿ってみる。


 ……あ、王宮破壊事件か!!


「それで王都が厳戒態勢に入ってしまい、さらに勇者召喚が失敗に終わったと王宮が偽の公表をしてしまったので、私が動くことで勇者、タケトさんが生きていることが他国や魔族に漏れることを避けるために、王都での接触を断念したわけです」


「あー、それはなんというか、誠に申し訳ございませんでした」


 俺は謝った。誠心誠意謝った。

 ケルンさんは何度も頭を上げてくださいと言ってくれたが、それでは誠意にならないと思った。

 さすがに王都中の人間に謝るつもりはないが、わざわざコルリ村くんだりまでやって来てくれたケルンさんには頭が上がらなかった。


 ていうか、謝罪の言葉を発した時には、俺はすでに土下座のポーズになって首を引っ込めた亀のように自然に体が動いた。


 竹田武人、謝ることのできる男である。






 タイミングがいいというかギリギリというか、最後の方はどっちが謝っているのかわからないような押し問答が終わった頃に、マーシュが大きめのバスケットを持って帰ってきた。


 中に入っていたのは、竹の葉茶(もちろん普通の方である)と俺発案のコルリ村の新メニューである。


「これは見たことのない食べ物ですね。この辺りでとれる作物なんですか?」


 ケルンさんがマーシュから手渡されたのは笹に包んだくるんだ、米とタケノコを混ぜ込んで握ったタケノコご飯のおにぎりである。


 厳密には俺が考案したものではないが、その辺りを説明しようとするとかなり面倒なので自主規制することにした。

 自主規制、非常に便利な言葉である。


 元の世界なら醤油ベースのダシで炊き込むのだが、少なくとも異世界に来てからは醤油に出会っていないため、普通の炊いたご飯にアク抜きの後で塩漬けしたタケノコを混ぜ込んだシンプルな味付けだ。


 いざケルンさんとアーヴィンに食べてもらう時になるとかなり緊張したが、幸い二人には大好評だった。


「この米という粒のモチモチ感と、タケノコのシャキシャキの食感が合わさって、とても美味しいですね!」


「うまいうまいうまい!」


 特にアーヴィンはうまいを連呼しながらケルンさんやマーシュの分までもらって食べまくった。

 張り倒してやろうかと思ったが、さすがに初対面の人間を張り倒すのはまずいだろうと思って自重した。


 すると調子に乗ったアーヴィンは、俺のタケノコおにぎりにまで手を伸ばそうとした。


「ごげぶっ!」


 張り倒した。


 そんな楽しいランチタイムが終わり、俺達は鑑定の話の続きを再開した。


「そう言えば、私がカトレア殿から受けた要請の内容を、まだ詳しく話していませんでしたね」


 ケルンさんはコップに入った竹の葉茶をすすりながら説明してくれた。


「カトレア殿の要請は大きく分けて二つです。一つはタケトさんのステータスを鑑定すること。もう一つは」


 そこで言葉を切ったケルンさんが、ある一点に視線を向けた時、俺にはおおよその察しがついた。


「俺が作った竹細工を鑑定してくれ、そういうことですね」


「竹細工とまでは言われていませんが、タケトさんが作った物全てを鑑定するように、要請書には書かれていました」


 少々訂正しながらも俺の推測に頷くケルンさん。


 これは正直に言って、俺にとっては渡りに船の展開だ。


 俺自身の能力はともかく、先日火柱を上げた竹炭のように、俺の竹細工には使用をためらわせるような危険物も一部存在する。

 注意しながら使ってみればどんな効果があるのかわかるのだが、実験というべき作業を時間と場所を吟味してやらなければならず、そうなると相当面倒なことになるのは確実だった。


 だが、ケルンさんの鑑定魔法で調べてもらえば、そんな危険を冒さずに全ての竹細工の効果を知ることができる。

 本音を言えば今すぐここでお願いします、と言いたいところだが、その為にはいくつかの確認すべきことがあった。


「ケルンさん、わざわざ俺のためにここまで来てくれてくれたことは有難いと思っています。ですが、鑑定魔法を使ってもらう前に、約束してほしいことがいくつかあります。これを飲んでくれないなら鑑定はお断りします」


「タケト様!それはまずいだよ!」


「なっ!!あんた、自分が何を言ってるのかわかってるのか!?」


 悲鳴を上げるマーシュと激高しかけたアーヴィンを、ケルンさんは手を挙げて制すると、静かに、しかし妙な迫力を讃えながら俺に対して語り掛けた。


「タケトさん、経緯はどうあれ、一度国家鑑定士の私が鑑定を請け負ったからには、そこにはグノワルド王国の威信がかかってきます。これは王命と言っても過言ではありません。それを断るということがどういうことなのか、承知の上での言葉ですか?」


「わかっています。これまで受けた恩を裏切ることも、これから多くの人に迷惑をかけることも。ですが、この一線を守らないと一番後悔する未来が確実に待っていると確信したからこそ、ケルンさん――ケルン伯爵にお願いしているんです」


 この世界に召喚されてから今日まで、俺が元の世界にいた頃には持ってなかった力を獲得したことは自覚していたが、それがどれほどのものかということはあまり深く考えずにこれまで生活してきた。


 だが今日、ケルンさんがこのコルリ村まで来てくれて俺の力の全てを知ることができるかもしれないと分かった時点で、俺の目の前に二つの選択肢が生まれた。


 能力を知ることなく一生封印して平々凡々な一生を送るか、それとも己の能力を知り力の限りを尽くしてこの世界を自力で生き抜くか、である。


 そしてどちらの選択を選ぶにしろ、俺の外に能力の全貌を知る立場にあるケルンさんの協力が不可欠なのだ。


「……どうやら覚悟は本物のようですね」


 睨みあいの緊張を先に解いたのは、ケルンさんの方だった。


「いいでしょう、タケトさんが提示したすべての条件を飲みましょう」


「ケルンの旦那!あんたそれでいいのか!?」


「いいんだよアーヴィン君。元々、タケトさんの鑑定をどうするかは全て私に一任すると、カトレア殿の要請書にも書かれていたしね。少なくとも、彼がグノワルドを害するためにこんなことを言い出しているのではないと確信できた、国家鑑定士としてはこれで十分だよ」


「……わかった。オレは護衛で旦那は護衛対象で伯爵様だ。旦那の命に危険が及ばない限りは旦那の意思を尊重するさ」


「すまないね、アーヴィン君」


「……柄にもなく熱くなっちまったさね。ちょっと外で頭を冷やしてくるさね」


 ケルンさんにその言葉を残した後、アーヴィンは俺の家から出て行った。


「あ、アーヴィン様、ちょっと待つだよ」


 さらに俺とケヴィンさんに気を利かせてくれたのだろう、慌ててマーシュがアーヴィンを追いかけて行った。


「ありがとうございますケルンさん、俺の我儘を聞いてくれて。でも、初対面の俺のことをどうしてそこまで……」


 率直な疑問をぶつけてみた俺だが、ケルンは少し胸を張りながら自慢げにこう答えた。


「もちろんタケトさんがカトレア殿から信頼を勝ち取っていることもあるのですがね、これでも私は鑑定士の端くれです。人を見る目はあると自負しているんですよ」






 それから、俺はケルンさんに鑑定魔法を使ってもらう前に約束してほしい条件を提示した。


 一つ、鑑定内容を他の誰にも漏らさないこと


 一つ、鑑定魔法で知った俺の出自について口外はもちろん一切詮索もしないこと


 俺が提示したのはこの二つだ。

 その代わりというわけではないのだろうが、ケルンさんからも一つ条件を出された。


「タケトさん、ああ大見得を切っておいてなんですが、私には国家鑑定士として何よりも優先すべきことがあります。それは、グノワルド王家の危機関わる情報を鑑定魔法で得た時に、依頼人への守秘義務よりも王家の利益を優先する場合があるということです。もしも、タケトさんの力が王家の役に立つと私が判断した時、女王陛下御一人にだけ秘密を明かし、それを利用するかどうかは陛下に委ねることになります。鑑定を行う前に、それだけは承知しておいてください」


 という話だったが、もちろん俺に拒絶する理由はなかった。

 こっちは俺の我儘、ケルンさんは王家への忠誠心、むしろ俺に気を遣って最大限まで譲歩してもらったというべきだろう。

 もし姫様が俺の力を利用する気になった時は、それはその時のことだ。王国の、もしくは人間と魔族の戦いに駆り出されるかどうかなんて、今の俺には遠すぎる話だ。それこそ、考えすぎってやつだろうな。

 己の意志を明確にした上で、成り行きに任せるしかない。


「では、お互いの意志も確認できたことですし、そろそろ始めましょうか」


 ケルンさんは俺にそう言うと、自分の荷物の中から一枚の紙を取り出した。


「これは魔力に反応する特殊な素材で作られた紙でして、鑑定魔法で知りえた情報をこの紙に自動で書き込めるようになっているんです」


 なるほど、聞いただけで結構なお金がかかっていそうな代物だ。

 って待てよ、俺一文無しだから鑑定料なんて払えないぞ!?


「その点はご心配なく。既に前払いという形で王宮から経費は出ていますから」


 それを聞いて安心した。王宮ということはおっさんが手配してくれたってことか。

 グッジョブおっさん!


「い、今のは聞かなかったことにしておきますね。……では行きます。そのまま動かないでくださいね。『神よ、その英知の一端を我に明かし、この者の軌跡を示したまえ、フェイトアナライズ!』」


 ケルンさんの詠唱と共に、俺の足元に白く光る魔法陣が出現、そのまま俺を解析するかのように魔法陣は上昇して俺の頭の天辺まで到達したところで一際明るい光を放ち、そして消えた。

 すると今度はケルンさんが手にしていた紙が白く光って、紙面一杯に文字が浮かび上がってきた。


「……完了しました。タケトさん、もう動いても大丈夫ですよ。どうでしたか、鑑定魔法を受けた感想は」


「いやにあっさり終わりましたね。もっと儀式的なものがあるかと思ってましたけど、正直拍子抜けしました」


「タケトさんの気持ちも分からないではないですよ。実際に鑑定魔法の適性が低い魔導士は、鑑定魔法の精度を上げるために、大掛かりな準備や魔道具を使用する者もいますからね」


 なるほど、その辺りは俺の知識にある未熟な魔導師がよく使う手と一緒だな。

 逆に言えば、優秀な鑑定士なら特別な準備は必要なく気軽に鑑定可能で、その内の一人がケルンさんだということだな。

 ケルンさんの自信とプライドが良くわかる話だ。


「どうやら書き込みが終わったようですね……ん?……………え?」


「どうかしたんですか?」


「……タケトさん申し訳ない、大言壮語を吐いておきながら、どうやら私では力不足だったようです」


 俺は急激に顔色が悪くなったケルンさんからその手の鑑定書を受け取ると、すぐさま内容を確認した。


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 名前:竹田武人


 年齢:二十一歳


 種族:鑑定不能


 筋力:A


 体力:S


 素早さ:B


 魔力:SS


 器用さ:SSS


 スキル


 生命魔法(竹):魔力を消費して竹を召喚する。召喚数、範囲、速度は使用魔力に依存する。竹田武人に関しては竹に触れた期間によってさらなる補正が入る。


 龍脈接続:大地を流れる龍脈と己の肉体を繋ぎ、大いなる力を引き出すことができる。龍脈から借り受けられる力の大きさはその者の魔力に依存する。


 竹職人(鑑定不能):竹田家に代々受け継がれてきた竹を細工する才能。……以降鑑定不能


 魔道具作成(竹):竹を扱う時に限り、作成時に魔力を付与することにより魔道具を作り出すことができる。その出来栄えは器用さと魔力に依存する。


 鋼の呪い(神):金属を主とした道具を戦闘で使う際に器用さが下降する呪い。この者の場合はあらゆる金属製の道具のことわりを捻じ曲げ使用不能にする。


 特記事項:神の英知の一端を知る者よ。これ以上の侵入は神の目を持つ者にしか許されない。もしこれ以上の探索をしようものなら神の使徒が降臨しその愚かな行為を罰するであろう。






 コレヨリサキハカミノリョウイキ オロカナニンゲンヨ タチサルガイイ






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