第33話 計画を実行した 竹細工編


翌朝、マーシュの家で朝食を食べ終えた俺は、早速我が新居にやってきた。

いつものようにラキアが付いてこようとしたが、一人でやることがあると言って今日は遠慮してもらった。


しかしラキアのやつ、従者はいいがちゃんと働いているのか?

狩人としての腕は確かだからちゃんと仕事をしていれば食っていけるんだろうが、最近は俺にべったりでそんな気配がないぞ。

今度マーシュに聞いておくか。


そんなわけで今、俺は完成したばかりの仮の自宅兼工房の中にいる。

目の前には竹細工用の道具一式、それと部屋の隅には、あらかじめ切り出して乾燥させておいた竹が積まれている。

当然今から竹細工を作っていくわけだが、ただ売り物になるものを作る以外の意味も、今回の制作には含まれていた。


「さすがにもう気のせいとかたまたまなんて話じゃ、片づけられない問題だよな……」


そんな独り言を呟いたのには、先日の竹炭火柱事件が念頭にあったからだ。


あの後、試しに俺のいない状況で竹炭を作ってもらったところ、何の異常もない、普通に便利な竹炭が出来上がった。

当たり前の話だが、そもそも竹炭をどれだけの量を用意しようが、一晩中火柱を上げるような火力を出すことはできない。物理的に不可能だ。


もし、この世界でそれを可能とする力があるとしたら、魔力が関わっているとしか思えない。

つまり、最初に作った竹炭は、俺の魔力が込められて魔道具化していたと考えるのが最も自然だ。


念のためにドンケスに確認したが、あの時俺と一緒に竹炭を作っていたジョン達四人組には魔法の適性はない。

ラキアに関しては言わずもがなだろう。そんな魔力があったなら、魔物の集団による襲撃の時に魔法の一つでも使っているはずだ。


つまり、あの竹炭の魔道具を作ったのは、消去法で考えて俺しかいない。


これまでもその事実に気づく機会は何回もあった。


頑丈な馬車の床を貫通する竹串手裏剣。

通常の滞空時間を大幅に超えてシューデルガンドでテロ事件を起こした竹トンボ。


やたらセリカに褒められた竹笊やオークナイトを討ち取った竹槍は微妙な気もしないでもないが、何かしらの特殊な力が働いていた可能性は極めて高い。


だが、これまではやや苦しいながらも偶然と決めつけたり、現場を直接目撃していなかったケースもあって、現実を認めずに済んできた。


しかし、さすがに竹炭火柱事件はシャレにならなかった。

他の道具とは違って、ことが起きた時に俺の手でどうこうできる範囲を超えていたため、ただ自然鎮火するのを黙って見ていることしかできなかった。


そこで、自宅兼工房ができた時点で、一つの考えを実行に移すことに決めた。

俺が知る限りの竹細工を、魔力を込めることを意識しながら一通り作ってみようと考えたのだ。


当然、この試みは非常に大きな危険を伴う。

さすがに気を付けてさえいれば火柱が出るまでのことはないだろうが、それでも制作途中でどんな暴走が起きるかわからない。


その為に、あえて事情を話さずにラキアを遠ざけたし、竹細工の制作期間中はドンケスにも他の現場に行ってもらった。


ひょっとしたらドンケスは何か気づいているかもしれないが、今日まで何も言って来なかったことを見ると、密かに俺の行動を見守ってくれているようだ。


「さてと、まずはこれまで作ったモノから行ってみますか」


その独り言を最後に、俺は小刀を手に取ると、黙々と自分の作業に没頭していった。






あれから何日経ったのか。

一週間は確実だが、一か月までは経っていないはずだ。


この間、朝と昼にマーシュの家にお邪魔してご飯を食べながら世間話をする以外は、ずっと竹細工を作っていた。


まあ、ヒキニート生活に戻ったみたいだとか毎日ラキアが捨てられた子犬のような目で見てくるとか気になることもないではなかったが、いざ作業場に座るとひたすら無心で竹を削り、竹ひごを編んだ。

むしろ、しばらくぶりに竹細工に没頭できたことで本来の自分に戻れた気がして、思わず時が経つのも忘れてしまうほど熱中してしまった、といったところだ。


幸い、制作中の竹細工が魔道具として超常の力を発揮することはなかった。

まあこれまでも完成前に暴発したことは一度もなかったから、そこに関してはほとんど心配していなかったのだが。


そんなことよりも問題はここからだ。

今、俺の目の前には、種々雑多な竹細工が並べられている。

当然用途も様々で、なかには場所や時を選ぶものもあるので、一度に全部試すのは不可能に近い。


コルリ村の方に迷惑がかからないように実験するには綿密に計画を練ってからでないと、と考えながら頭を悩ませていた、そんな時だった。


「タケト様、ちょっといいだか?」


そう、俺の家の引き戸越しにちょっと頼りなさげに声を掛けてきたのは、マーシュだった。


「何か用事か、村長?」


俺は手早く竹細工をすみに片づけると引き戸を開けてマーシュを招き入れようとしたが、なぜかマーシュは中に入ってこようとしなかった。


「いや、用があるのはオラじゃないだよ。その……今村にお客が来ているだけど……」


「客?」


今のコルリ村に客が来たというのも驚きだが、俺はそれよりもマーシュの煮え切らない態度の方が気になった。


「タケト様に伝言を、預かっているだよ。・・・・・・『騎士殿の依頼で来た』と」


「そこで止まれ!!」


「なっ!?」


いきなり至近距離で怒鳴られて驚くマーシュには悪いが、今の俺には彼を気遣う余裕はなかった。


どうやらマーシュの跡をつけて来たらしく、見慣れない旅装の男二人がすでに家の前に立っていた。


「え、え?わ、私ですか?」


二人組の内、メガネをかけた小柄な男が慌てた様子で反応した。


「あんたじゃない!!そっちの軽薄そうな優男!そこから一歩でも動けば敵とみなす!まずは名を名乗れ!!」


「はっはーーー、こりゃ参った、すっかり嫌われたもんさね」


その声と共に小柄な男の後ろから現れたのは、身長は俺より高めで細身、青い髪と灰色の瞳が好対照の、顔立ちの整った男、俗にいうイケメンだった。

服を崩して着ているようだが、その男はイメージダウンになる一歩手前で絶妙なバランスで着こなしていて不思議な魅力を放っていた。


「まあ、あの一瞬の殺気に気づかれた時点で俺の負けさね。ここは大人しく名乗ってやるよ」


俺が放つ殺気にも軽薄そうな笑みを崩すことなく、長身の男は答えた。


「俺の名はアーヴィン、最も、あんたにはこっちの名で言った方が分かりやすいかね。あんたがよーく知ってる裂空の同僚で四空の騎士の一角、征空のアーヴィンっていう騎士の端くれさね」


四空の騎士、その言葉を聞いた瞬間――俺は動いた。

両腕の袖口に仕込んでおいた竹串手裏剣を素早く抜くとわずかにタイミングをずらしてアーヴィンという男の両足を狙って投げつけた。


その距離約十数メートル、本当に奴が四空の騎士なら躱せないわけはない。


「おわっ!」


俺の不意打ちに慌てたのか、アーヴィンは腰の剣を抜かずになぜか右手を前にかざした。

アーヴィンの動きを注意深く観察していた俺は、次の瞬間奴の手のひらに青く発光する魔法陣が浮かぶのを目撃した。

魔法で迎撃か――だが俺の予想は、規格外の展開で裏切られることになる。


「ひゃああっ!ド、ドラゴン!?」


マーシュの悲鳴を待つ必要もなく、アーヴィンの背後に現れたのは体長五メートルはあろうかという大きな翼を持った青いドラゴンだった。


ドラゴンはまるで瞬時に状況を理解したかのように、翼を大きく羽ばたかせた。

おそらく風圧で竹串手裏剣を吹き飛ばそうとしたのだろう。


だが、その選択は間違いだったな。


「いぃっ!?」


素っ頓狂な声を上げたのはアーヴィンだ。

俺が放った竹串手裏剣は凄まじい風圧に負けることなく空気の壁を切り裂いて、真っすぐアーヴィンの元へと突き進んだからだ。


「やべっ!」


ようやくアーヴィンは腰に差していた細身の剣を抜くと、足元に迫っていた竹串手裏剣を次々と打ち払った。


「うおおおぉぉ、なんだこの飛び道具は!?危うく足をやられるところだったさね。ていうかなにするんさ!」


ようやくこっちに文句を言ってくるアーヴィン。

背後に控えているドラゴンも臨戦態勢で俺を睨んでいる。


「それはこっちのセリフだ。なぜ四空の騎士がこんな辺境まで来る?俺のことをカトレアさん以外の四空の騎士が知ってるわけがないはずだ」


俺の問いかけに一瞬考え込んだアーヴィンは、左の人差し指で頭を掻き始めながら言った。


「あー、これはオレの自己紹介のタイミングが悪かったさね。いやさ、あんたに用があるのはオレじゃなくてこっちの旦那さね。俺は単なる護衛。あんたに対して含むところなんか何にもないから信用してほしいさね」


アーヴィンにそう言われてもう一人の男の方を見ると、小柄な男は顔を引きつらせながらびくっと身を震わせてこっちを恐る恐る見返してきた。

……一応常に視界の端には入れていたのだが、今の反応といい、どう見ても戦える人間には見えないな。


「あんたは?」


「わ、私は近衛騎士カトレア殿の要請で王都から派遣されてきた国家鑑定士、フリード=ケルンと申します」






誤解、と言っていいかは微妙だが、カトレアさん直筆の要請書を見せたアーヴィンとケルンさんの二人を一応は信用することにして、俺は自宅の中へと二人と腰を抜かしてしまったマーシュを招き入れた。

アーヴィンが召喚したドラゴンは無用な騒ぎを起こさないように元の所に帰させた。


「あわわわ、四空の騎士様と国家鑑定士様が同時にこの村に……」


マーシュが何かブツブツ言っているが今は後回しだ。


「それで……」


話を始めようとした俺はアーヴィンの方をちらりと見る。


「ああ、オレのことは無視してくれて構わないさ」


「いやいや、さすがに四空の騎士を無視できるかよ……」


出来ればこの場にはいてほしくないくらいだ。


「あのタケトさん、その心配なら不要だと思います」


そうアーヴィンに助け舟を出してきたのはケルンさんだった。


「今の彼は四空の騎士ではなく、冒険者ギルドのSSランク冒険者として私の護衛任務に就いていますから。王都も含めて他にタケトさんの情報が洩れる心配はありません」


「はあ?騎士じゃなくて冒険者?掛け持ちってことか?」


そんなことできるのか?


「もちろん普通はできません。ですが彼の場合は、元々冒険者として活動していたところを四空の騎士にスカウトされた経緯がありますから」


「それだけオレが特別だってことさね」


ちょっと自慢気に言ってくるアーヴィンにイラっと来ないでもないが、あのドラゴンを一瞬で召喚した魔法といい、この物言いに見合うだけの実力を持っていることは俺にもわかる。


「王家に忠誠を誓っていないわけじゃないけど、オレの本業はあくまで冒険者さね。この任務に関して絶対に口外しないってことは、《竜騎士》の二つ名に誓うさね」


アーヴィンの言葉を全て信用したわけではないが、とりあえず奴がセリフの最後の一瞬に見せた真剣な目を信用することにした。


とにかく話を進めよう。


「……ケルンさん、用件を聞く前に、国家鑑定士がどういうものか説明してくれると助かるんだが」


「タ、タケト様、まずいだよ」


そんな感じで話を始めようとしたのだが、なぜか俺の横にいるマーシュが必死に袖を引いてくる。


「いいんですよ。私は気にしませんから」


そんなマーシュをケルンさんはやんわりと制止した。


「では気を取り直して、まず私のことについてお話しします。鑑定士というのは、鑑定魔法を使う魔導士のことを指します」


まあ予想通りというか拍子抜けというか。

まあ、こっちからお願いしたのだから、口を挟まずに最後まで聞くのが礼儀だろう。


「ですが、この鑑定魔法というものはなかなかの曲者でして、魔導士の力量によって得られる情報が格段に違ってくるんです」


そこまで話したケルンさんは、自分の上着のポケットから小さなナイフを取り出した。


「鑑定士もまた、冒険者と同じようにランク分けされています。例えばこのナイフを鑑定するとして、Eランク鑑定士だと、ただのナイフとしか鑑定できません」


なんだそりゃ、そんな見てすぐわかる程度の情報じゃ鑑定の意味がないな。


「ですが、主要な街の冒険者ギルドで専属で雇われるAランク鑑定士が鑑定すると、このナイフが作られた日や、主な所有者の名前など、様々な情報を読み取れるようになるんです。まあ、あくまで鑑定士によって得られる情報も千差万別なので、有用な情報が得られるかどうかは鑑定してみるまでわかりませんがね」


「それはすごい。だとすると優秀な鑑定士というのは、国の根幹を成すような秘密に触れる機会も多いんじゃないですか?」


俺の感想を聞いたケルンさんは満足そうに笑みを浮かべた。


「その通りです。そのことに気づいた国や貴族を含めた各組織は、いつのころからか優秀な鑑定士の囲い込みに躍起になりました。その結果、各国が話し合った末に足並みを揃えて定めたのが、国家鑑定士制度です」

なるほど、ここで本題に辿り着くわけだ。


「国家鑑定士というのはその名の通り、それぞれの国からお墨付きをもらった、いわば国内実力ナンバーワンの鑑定士で、主に王家の機密に関わる人や物を鑑定する役目に就かされるのさ」


ここでケルンさんの代わりとばかりにアーヴィンが口を挟んだ。


「優秀なだけに、一回の鑑定料と鑑定対象に対する信用は他の鑑定士と比べ物にならないんだが、その分貴重な情報を奪おうと、あらゆる組織から狙われるのさ。だから、常に強力な護衛と行動を共にしなきゃならんっていう決まりがある、厄介なご身分なのさ。ここまでの旅だって、オレがドラゴンに乗せて飛んできたから特例で許してもらったわけで、王都の外で国家鑑定士を見られるなんざレア中のレアな体験なのさ」


うわ、おっかねえ。


ケルンさんがなんとなくすごい人だというのは伝わってきたが、それよりもはるかに不自由な生活を強いられていそうで、例え生まれ変わっても国家鑑定士にだけはなりたくないと思わされる。


「なんだか大変な仕事だな、ケルンさんも苦労しているんですね。」


「それよりタケトの旦那、ケルンの旦那にあまりぞんざいな口を利かない方がいいさね」


「なんでだ?」


きょとんとしている俺の袖を先ほど以上に強い力でマーシュが引っ張ってきた。


「タ、タケト様、国家鑑定士様は時には女王様の御持物やご本人まで鑑定することがあるから、一代限りで伯爵様に叙せられるって聞いた事があるだよ」


「は、伯爵!?」


「いいんですよ、元は下級貴族の三男坊ですから、あまり堅苦しくされても困ります」


ニコニコしながらさらっと流してくれたケルンさんだったが、さすがの俺もこれには驚いて言葉も出なかった。


と同時に、俺が国家鑑定士のことを知らないことをいいことに、嫌味な言い方でさっきの竹串手裏剣の意趣返しをしてきたにやけ面のアーヴィンに対して、こいつだけは客扱いするまいと心の底から思うのだった。

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