第31話 計画を実行した 燃料編


「ワシのやり方で作っていいならいいぞ。タケトの故郷の建物の話と引き換えにな」


 そんな感じで、俺の自宅兼工房に風呂をつける件はあっさりとドンケスに了承をもらえたのが、ちょうど一週間前。


 その間、コルリ村の復興は順調そのものだった。

 竹製の家の建築も順調に進み、竹山に大量に生えていた稲も大半を刈り取ったのでやってくる鳥の数も大幅に減り、早朝に鳥の鳴き声に悩まされることもなくなった。


 強いてアクシデントとして挙げるなら、三日前に村の人たちだけの村周辺の見回りで四体のゴブリンに出くわしたそうだが、撃退に成功した上に怪我一つ負わなかったそうだ。

 むしろ成果と言っていいもかもしれない。


 シューデルガンドから帰ってきた男たちも、マーカスの一件があって以降真面目に働いている。

 俺がリーダー格のマーカスを瞬殺したことも効いているようだが、それ以上にマーカスがやらかした一部始終を聞いた家族やら恋人やらに散々説教されたらしい。


 中でもマーシュの奥さん、母親からマーカスへの説教は凄まじかったらしく、俺に対してあれだけの啖呵を切ったマーカスが悄然としながら他の男たちと一緒に謝りに来た姿は、さすがに憐れみを感じるほどだった。


 コルリ村は女たちで持っている。

 そう強く確信し、また自分の心に深く刻み込んだ出来事だった。






 そうそう、女と言えばこんなこともあった。


 ある日の寝静まった深夜、マーシュの家の廊下を密かに歩く影があった。

 その影はある部屋に辿り着くと、静かにドアを開けて滑り込む様に中に入った。

 そして影はベッドに近づくと、足音一つ立てずにジャンプしてそのままベッドに飛び込んできた。


 俺のベッドに。


「む、ご主人様がいない。どこだ?」


「ここだよバカ」


 影の声が聞こえた瞬間、俺は持っていたランタンの明かりを遮断していた布を取って部屋を照らした。


 予想通りというか、他にこんなことをする奴はいないというか、やはり影の正体はラキアだった。


 さて、いくらラキアでも俺の寝込みを襲うとはやりすぎだ、言い訳を聞かせてもらおうか。


 いや、ランタンの明かりに照らされたラキアの姿を見れば、一目瞭然なんだがな。

 これはあれだ、俺の心の準備を整えるための時間稼ぎだ。


「で、こんな時間に何しに来たんだ?」


「夜這いだ!この格好を見ればわかるだろう!」


 ……そう、今夜のラキアの恰好は一般的に言う寝間着、煽情的に言うならネグリジェ姿だった。

 布自体は白を基調としたシンプルなものだったが、狩りを生業としている引き締まったラキアの体をこれでもかと言わんばかりに魅力的に見せていた。


「アホ!堂々と言うことか!」


「なんだと!これではご主人様は欲情しないのか!?」


 俺のリアクションに不満げなラキアは、どこがおかしいのか自分の目で確認するかのように全身をくねらせ始めた。


「やめろ!お前には羞恥心というものはないのか!」


「そう言えば村長やセリオもそんなことを言ってきたことがあったが、今まで生きてきて困ったことはないぞ。要は操さえ守れていればいいと、死んだ母様も言っていたしな」


「なんだその蛮族並みの貞操観念は……第一、俺がお前を養えるくらいに稼げるようになるまではその話は棚上げだって言っただろうが!」


 いや待てよ、ラキアのことだから、ひょっとして忘れてしまっているという可能性も……


「うむそうだったな!よく覚えているぞ!」


 忘れてしまってねえのかよ!!


「……だったら、なんで夜這いなんてマネをするんだ?」


「うむ、よくぞ聞いてくれた!」


 ちょっと声のトーンを抑え気味にしてそう訊くと、ラキアは仁王立ちのポーズをとると堂々と宣言した。

 ていうか足を広げるな!ネグリジェのすそから見えそうなんだよ!!


「先日ご主人様と私は従者の誓いを立てたわけだが、私ができるのは弓を遣って狩りをすることだけで、今のところそれがご主人様の役に立つ場面はなさそうなのだ」


「そんなことはないだろ」


 そう応じてみたものの、村の近くに現れる魔物を退治する時にはラキアという戦力は貴重なのだが、確かに俺個人の役に立っているかといえば、ラキアの言うことにも一理ある。


「そこで何とかご主人様の役に立てないかと考えた!」


「なるほど」


 それだけ聞けば主人思いな奴だとなるのだが、その思考の行き着く先が夜這いとはどういうことか?

 解せぬ。


「だが思いつかなかった!」


「思いつかなかったのかよ!!」


 なぜか腕を組んでカッコつけたつもりになっているらしいラキアだが、その腕の中にある二つの魅力の塊が強調されてエロさが際立っていた。


 ……ん、待てよ?


「お前が自力で思いつかなかったってことは、誰かに入れ知恵されたってことか?」


「さすがはご主人様だな!キセイジジツとやらを作ってしまえば後には引けなくなると教えてもらったぞ!」


 それで話が繋がった。

 だが、肝心の入れ知恵した人間が誰なのか分からない。

 こんなことを言うのもなんだが、村代表の俺に対して夜這いをけしかける人間なんてそうはいないはずなのだが。


「それで誰なんだよ」


「サマンサさんだ!」


 ズコッ ガタッ


 俺がずっこけるのと、家のどこかで物音が鳴ったのはほぼ同時だった。

 ちなみにサマンサさんとは何を隠そう、マーシュの奥さんの名前である。


「……なるほどそれで読めた。道理でさっきからこれだけ騒いでるのに誰も見に来ないわけだ」


 サマンサさんが承知なら、夫であるマーシュにも事情を話しているに違いない。

 それにしても居候先公認の夜這いとかアリかよ。


「はあ、なんか疲れた……」


「大丈夫かご主人様?そうだ!私が添い寝を――」


「いいから自分の部屋に帰れ」


「ブーブー」


 ブーたれても、だ、ダメなもんはダメ!!


 頬を膨らませてる顔が可愛くてもダメ!!


「そもそも俺に見つかった時点で夜這いは失敗したんだ。狩人なら引き際が大事だってわかるだろ?」


「むうう、しかし……」


「まあでも、ここんとこラキアに構ってやれなかったのは悪かったと思ってるよ。今日のことはそういうことなんだろ?」


 どうやら図星だったようで心底驚いた表情に変わるラキア。

 俺も自分で言ってて気づいた部分もあるんだが、ここ最近は竹の加工の作業にかかりっきりで、ラキアを連れて回る村の見回りの回数が減っていたからな、直接の原因はそこらへんだろう。


「なぜわかったのだ!?」


「まあお前のご主人様だから、ということにしておくか」


「おおっ!さすがはご主人様だ!」


「まあ、今日の所はこれで我慢しとけ」


 俺はラキアに近づくと彼女の頭に右手を乗せて優しく撫でた。

 普通ならここでキスの一つでもするものかもしれんが、俺にはこの格好のラキアにキスするのはハードルが高すぎるし、ラキアに至っては貞操の何たるかが分かっているのかすら怪しい。


「わかった!今日はもう帰るとする!」


 頭を撫でられてしばらく気持ちよさそうにしていたラキアは、どうやら満足してくれたらしかった。


 その後、ラキアを部屋まで送って自分の部屋に戻った後、ベッドに潜り込んだ俺が一人悶々として結局眠れなかったのは秘密だ。

 もちろん、ラキアがいた時の平静な態度はポーカーフェイスというやつで、心の中では超大型の台風に竹槍一本で立ち向かっている気分だった。


 ちなみに翌朝、サマンサさんが出してくれた朝食が鶏肉三昧だったのが、チキン野郎と俺を罵っている可能性については考えたくもない。






 そんなこんながあった一週間だったが、なぜこんなところで回想に耽ってふけっているのかというと、ここでじっとしているのが今の俺の仕事だからだ。






「タケト、炭焼き小屋が午前中に完成するから昼飯を食ったら来てくれ」


 今日もサマンサさんの朝食を食べに来たドンケスからそう話を聞いて、何とか午前中に他の用事を済ませて早目の昼食をとり、日が高くなった頃に炭焼き小屋を建てた村のはずれにやって来た俺とラキア。


「おう、よく来たな。とりあえずこんな感じで作ってみたが、どうだ?」


 建材に使っている竹を手に持ったドンケスが見せてくれたのは、頑丈そうな炭焼き用の窯に竹材で作った屋根の付いた、辺境の村にはちょっともったいないと思えるほどしっかりとした造りの炭焼き小屋だった。


「さすがドンケス。文句の言いようもない仕事だよ」


「ふん、褒めても何も出んぞ」


「それにしても、まさか一週間でできるとは思ってなかった。家の建築の方は大丈夫なのか?」


「ああ、あいつらが思いのほか頑張ってくれたからな」


 ドンケスの視線の先を追ってみると、例のマーカスの取り巻きの男たちが余ったレンガや竹材を片付けている様子が見えた。


「最初の出会いがアレだったからタケトの目には意外に映るかもしれんが、リーダー格のマーカスが馬鹿なことさえしなければ真面目で気のいい奴らだ。この炭焼き小屋の建築も率先して手伝ってくれたからな」


 そうだったのか。これはあいつらの評価を爆上げしとかんといかんな。

 あとで竹の葉茶を差し入れてやるとしよう。


「これで復興計画も一歩前進だな」


 この炭焼き小屋だが、少々ドンケスに無理を言って、家の建築よりも優先して建ててもらった経緯がある。


 山間部の冬は非常に厳しい。

 山から吹き下ろされる冷たい風が直接人里を襲う為、例え雪が降っていなくても地面が凍ることがよくあるほどだ。

 当然厚着をしたくらいで凌げるわけもない。


 そこで必要となるのが冬を越すための大量の薪なのだが、白焔の襲来によってめぼしい材木用の木がほとんど炭と化してしまった。

 コルリ村にとっては、ある意味で食糧よりも切実な問題だ。

 ……下手をすれば秋の時点で村を放棄する決断を迫られるほどに。


 その解決策の手段として俺が提案したのが、炭焼き小屋だったというわけだ。


「それはそうとタケトよ、お前の言う通りに炭焼き小屋を作ったはいいが、炭を作るための木がないぞ。当てはあるのか?」


「当て?」


「とぼけるでない。白焔が通った付近の木はすべて灰となっておるし、それ以外の場所もまともに使える木などありはせん。もっと遠くへ行けば何とかなるかもしれんが、伐採の許可をとりにシューデルガンドに行き、男手を何十人も出して遠征する余裕なんぞ、今のこの村にはないぞ」


「まあそうだな」


「まあそうだなじゃなかろうが。ワシがどんなに立派な設備を作ろうが、使う当てがなければただのガラクタだぞ」


 ドンケスが不審の目を向けてくるが、俺は動じない。

 全くもって動じる必要がないからな。


「何言ってんだ、使う当てならそこら中にあるじゃないか」


「なんだと!?そんなものがどこにある!?」


「いや、ドンケスも自分の手に持っているじゃないか」


「手に?ひょっとしてこの竹のことか!?」


 俺の元居た世界ではすでに過去の物になりつつあるが、竹炭と呼ばれる竹を燻して炭化させたものは、十分に燃料としての用途に耐えられるだけの力を持っている。


 コルリ村の冬を越すために大量の燃料が必要だと知った時から、竹炭の活用は俺の頭の中にあったのだ。


「これからこの炭焼き小屋をフル稼働させて、冬が来る前に十分な竹炭を作っておかないとな」


「なんと、竹というものは用途が広いものだな……」


 感心半分呆れ半分といった表情のドンケス。


 竹のポテンシャルはこんなものじゃないぞと、心の中でニヤリとしながら、俺はこれからの予定を告げていく。


「というわけで竹炭を作っていくわけだが、竹は普通の木とはかなり性質が違うから、まずは俺がお手本を見せることにしようと思う。ドンケス、炭焼きの経験のあるやつを何人か見繕ってくれないか?」


「そう言われるかもしれんと思って、ここの作業をやっている奴らは全員炭を作ったことのある人間で固めておいた」


 さすが熟練の職人、段取りというものを分かっていた。






 こうして、炭焼き小屋の建設を手伝っていた男たち四人(ジョン、ジョージ、ジャック、ジャンというらしい、覚えづらいことこの上ない)と早速とばかりに竹炭を作り始めて、数時間が経った。


 最初の頃は竹を適当なサイズに切り分けたり、竈の中に敷き詰めたりする作業を男たちに教えながらやっていたので特に問題はなかったのだが、竈に火を入れてからは特にやることもなくただひたすら竈の様子を黙々と見守るだけの時間が延々と続いた。


 そう、問題は、会話しづらいこの微妙な気まずさだった。


 どうやら男たちは俺が一撃でマーカスを倒した記憶が残っているらしく、なかなか声を掛けてこなかったし、俺は俺でコミュニケーション能力の低さを如何なく発揮してしまっていた。


 こういう時には共通の知り合いについ頼りたくなるものだが、ドンケスは次の予定が詰まっていると早々に俺の自宅兼工房の建設地の方へ向かい、ラキアは竈を見ているだけではつまらないと思ったのか、いつの間にかにいなくなっていた。


 ドンケスはともかくラキアよ、従者というのはこういう時に場を持たせるのも役目の一つではないのか?


 そんなわけでとりあえずすることもないので、竈を見守っているだけの退屈な時間を、この一週間の出来事を振り返るために使っていたいうわけだ。






「ご主人様!竹炭とやらはできたか!」


 ラキアが炭焼き小屋に戻ってきたのは、ちょうど竹炭が出来上がり、試しに一つ火をつけてみようということになった、日が傾き始めた頃のことだった。


 ……前から薄々思っていたが、どうもラキアは退屈な時間というのが大の苦手らしい。

 しかも、その予兆を敏感に察知するらしく、いつの間にかにいなくなっては事が動き出した頃に戻ってきていることに、今更ながら気が付いた。


 まさか、アホな言動の影で、こんな特技を隠し持っていたとは……


 ラキア、恐ろしい子!!


「ご主人様!鳥と塩をもらってきたから焼いてくれ!」


 おまけにいつ準備したのか、ラキアの手には血抜き済みと思われる50センチメートルほどの鳥と、塩が入っているらしい袋ををぶら下げていた。


 ……色々と言いたいことはあるが、今は竹炭の火入れを優先しよう。


 余っていたレンガで簡単な焼き台を組んで出来上がったばかりの竹炭を敷き詰め、その上に即席の竹串に刺した鳥の肉を並べていく。


 塩は貴重なので、肉が焼けた後で適量をふりかけて食べるやり方にした。


 仕込みの間に男たちの一人、ジョンが村から種火をもらってきて焼き台の中に投入する。


「よし、うまく火が付いたな。まずは第一段階クリアといったところか」


 種火から竹炭への着火を確認して安堵する俺。

 あとは火力と持続時間だが、こればかりは時間をかけて観察するしかないので、交代で火を見守っていくしかないなと覚悟していた。






 ……はい、そんな風に高をくくっていた時期が俺にもありました。






 異変に気付いたのは、火の勢いが順調だと思って、ほんの少しだけ目を離した後のことだった。


「だ、代表、これちょっと火の勢いが強すぎませんか?竹炭ってこんなに燃えるものなんですかい?」


 焦った声でそう告げてきたのは、村から種火をもらってきたジョンだった。


 ジョンの声に反応して見てみると、俺を含めた他の人間が他のことに気を取られていたほんの短い間に、すでに竹炭の火の勢いは手の付けられないものになっていた。


「みんな下がれ!!早く焼き台から離れるんだ!!」


 俺の必死な声に、ただ事ではないと気づいた他の奴らも急いで焼き台から距離を取る。


 全員が安全な距離に離れた頃には竹炭の火はますます燃え盛り――いや、中途半端な表現はもうやめよう、すでに焼き台のあった場所は、その焼き台もろとも一本の巨大な火柱と化して空を焦がしていた。


 幸い、焼き台のある場所は炭焼き小屋からも竹林からも十分に離れた空き地に設置したので延焼の危険は低かったが、火の勢いからしてちょっとやそっとの水で消火できる火の勢いでもなく、火の粉が飛び散らないように遠目に見守ることしかできそうもなかった。


「なんじゃこりゃ……」


 誰が呟いたのかは分からないが、さすがの俺もその言葉に頷くしかなかった。

 爺ちゃんに厳しい稽古をつけてもらったおかげで大抵のことには動じない自信があったのだが、このなすすべのない状況には、立ち尽くことしかできない、ちっぽけな俺がいた。

 最近は魔法やら魔物やら異世界の常識にようやく馴れてきたと思っていたが、どうやらそれは俺のとんでもない勘違いだったと思わざるを得ない、そんな光景が目の前に広がっていた。


「ううっ、肉、私の肉が…………」


 そんな俺の隣で、純粋に肉が食べられなくなってしまったこと事実だけを悲しんで涙を流しているラキアがいた。


「お前、将来大物になるよ。俺が保証する」


「?」


 涙の跡を見せながら首をかしげるラキア。


 そんな現実逃避をしながら、俺は火の粉が爆ぜる音に紛れて慌てふためいた感じでこっちに向かって走ってくるいくつもの足音をじっと聞いていた。

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