第30話 計画を実行した 建築編
ラキアがあまりにせがむので米とはどういう食べ物なのか説明しながら、俺たち二人は頑丈さだけが取り柄の急造の竹製の橋を渡って、日課となっている自宅兼工房を建てようとしている、小川の向こう側にある小山の麓にやってきた。
「何だタケト、今日は随分と遅かったな」
「ああ、ちょっと立て込んでてな」
俺の自宅兼工房建設予定地でハンマーを振るっていたコルリ村唯一のドワーフであるドンケスに、竹山で稲が見つかった下りを軽く説明した。
「ほう、コメというのか。まあ、メシの心配がなくなるのはいいことだ」
そんなドンケスの言葉に、俺は前から思っていた疑問をぶつけてみる気になった。
「そう言えば、ドワーフの食べ物って人間と同じでいいのか?なんかドンケスが食事しているところを見たことがないんだが」
「お前はドワーフをなんだと思っとるんだ。いくらなんでも、飲まず食わずで生きていけるわけなかろうが」
ハンマーを持つ手をいったん止めて返事をしながら、ドンケスは嫌そうな目を向けてきた。
「タケトは亜人についてほとんど何も知らんのではないか?」
「自慢じゃないが、ほとんどどころか全く何も知らん」
「威張って言うことか!……やれやれ、さすがにコルリ村の代表が亜人の基本知識も知らんでは、世間には通るまいな。ちょっとそこに座れ。軽く教えておいてやる」
そう言ったドンケスが、座るには十分な大きさの二つ並んだ岩を指さすと、自分はそのまま地べたにあぐらをかいた。
「ラキア、お前は知らんわけではあるまい。別に聞かんでもいいぞ」
「従者だからな!」
単純明快すぎるラキアの返事に、そうか、とだけ返したドンケスは
「亜人というのは、まあ簡単に言うとだな、この世界の影響を人間よりも多く受けた者の総称だ」
「影響、って言うと、魔力とか龍脈とかそういう話か?」
「平たく言うとそうだ。例えばドワ-フだと持久力が高くて多少飯を食わんでも長時間活動できるとか、土や石や金属の扱いに長けているとかだな」
「ドワーフの他にもいるのか?」
「もちろんだ。数の多い種族となるとエルフとか獣人とか、あと忘れちゃならんのが、ゴブリンとかオーガとかの闇の亜人族と呼ばれとる者達だな」
エルフに獣人か。野郎はどうでもいいが、女の子がどんな感じなのかは一度は見ておきたい。
後学のためにな!
後学のためにな!!
それはそれとして、問題はドンケスの発言の後半部分だ。
「は?ゴブリンは魔物じゃないのか?」
流石にこれは衝撃ニュースだ。
下手をすると、俺は知らないうちに殺人を犯していたってことになるのか?
「難しく考えすぎるな。たとえ人間と似たような姿形をしていようとも、訳の分からんことを言って襲ってくる奴らは全て魔物だ。昔からそう決まっとる。だが一部には、人間並みの知能を持って文明を築きながら生きておる者達もおる。闇の亜人族とは、そういう奴らのことを指す」
「……とりあえず次ゴブリンと会った時には、よく見てから戦うようにするよ」
「そこまで深刻に考えんでもいい。そういう奴らはほとんどが魔族として人間の敵側におる。賢そうな奴に出会ったからと言って、遠慮する必要はどこにもない」
そうか、同じゴブリンでも、魔物じゃなくて魔族と呼ばれる連中もいるのか。
……ん?今何かとんでもないことを言ってなかったか?
「ドンケス、その言い方だと魔族と亜人は呼び方が違うだけで、元は一緒みたいに聞こえたんだが気のせいか?」
「ほう、さすがタケトだな。その通り、亜人と魔族の間に明確な違いなどはない」
「「そうなのか!?」」
驚きながら隣に座っているラキアの方を見てみると、彼女も同じリアクションをしていた。
「いやいや、なんでお前が知らないんだよ、ラキア」
「ラキアが知らんのも無理はない。なにせ神樹教ではこの考えは異端だとされているから、知っている者の方が少ないのだ」
「神樹教って、この世界唯一無二の宗教ってやつか?」
「そのような言い方を信者や教会の者たちの前で絶対にするなよ。すぐさま異端審問官がやってきて処刑されるぞ」
うわっおっかねえ、……精々気を付けておくとしようか。
ま、どうせこんな田舎に神父やシスターが来るとも思えんがな。
話が逸れてしまったな、元に戻すとしようか。
「そういえば、王都からの旅の間に亜人を見かけた記憶がないんだが、実は数が少なかったりするのか?」
いやそういうわけではない、とかぶりを振りながらドンケスは話を続けた。
「そこが亜人の特徴であり欠点なのだがな、亜人は自らの由来となる場所から離れることをあまり好まんのだ。だから、この世界の大部分を占める草原を縄張りとする獣人などは別として、平地でその他の亜人を見かける機会は珍しいな」
例えばドワーフは山や洞窟、エルフは森や湖を捜せば割と見つかるが、とドンケスは付け加えた。
「ちなみに、亜人がその縄張りを離れるとどうなるんだ?」
まさか死ぬとか物騒な話じゃないだろうな……
「元気がなくなる」
「それだけかよ!?」
「これがどれだけつらいことなのかは、亜人でないと分からんだろうな。そうだな、人間で言うと、常に重い荷物を背負っている感覚に近いかもしれんな」
前言撤回、そりゃきつい。
「そういえば、ドンケスはドワーフなのにこの村に一人で住んでるな。体はきつくないのか?」
本当はどうしてコルリ村にいるんだ?と聞こうとしたが、一瞬だけ考えてすぐやめた。
ちょっと背の低い中年に見えるドンケスの年はなんと二百歳(マーシュ談)、それだけの時間があれば、故郷の外で暮らす理由の一つや二つくらいできるものだろう。
機会があればの話だが、本人が話したくなった時に聞かせてもらえばいいだろう。
「ワシはまあ、あれだ、自分で言うのもなんだが変わり者だからな。それに、人一倍頑丈な体だから特に問題はない」
「そうか」
俺がその一言だけ言って、この話は終わった。
「それよりタケトよ。ワシに話があったのではないのか?」
「ああ、そうそう、これのことで来たんだ」
そう言った俺は帯に懐に入れておいた数枚の紙を出してドンケスの前に広げた。
「これは……あの騎士の娘が置いていったという村の復興計画書か」
「ここに持ってきたのは建物関係のものだけだけどな。改めてドンケスと確認しておきたくて持ってきた」
ドンケスがまじまじと計画書を見ながら、俺に向けて説明を始めた。
「家の建設はこのまま進めればよかろう。ちと時間はかかるだろうが最後の点検さえしっかりやればワシ抜きでも十分やれるだろう。逆にワシがおらんと進まんのはこいつらだ」
ドンケスはそう言って、紙に記されたある部分を指さした。
「集会場と炭焼き小屋か」
「名前こそ集会場になっておるが、実際は多目的ホールといったところだからとにかく頑丈に、快適に過ごせるように作らんといかん。それと、いざという時の避難場所としての利用も想定せんとな」
「オークナイトが攻めて来た時に、戦えない村人を村長の家に押し込んだ時には、かなりぎゅうぎゅう詰めだったらしいからな。避難場所は早めに新しく作っておかないと不味いだろ」
「うむ、収容人数は余裕を持たせて四百人規模と書いてあるな。ちと大きすぎる気もせんではないが、村の建物がほとんど焼けて敷地を広く取れる今だからこそ、これだけの建物を作れる。大工の立場で言えば山火事様様といったところだ」
流石の俺も今の言葉が冗談だと分かったが、ドンケスが不謹慎ともとれるジョークを言うとは思っていなかったので、ちょっと驚いた。
俺の視線の意図に気づいたのか、ドンケスはごまかすように咳払いをすると頭をかく仕草をしながら言った。
「これほどのサイズの建物を作る機会はそうないからな、つい口が滑った。他の奴には言うなよ?」
「貸し一、だな」
意外な形でドンケスの弱みを握ったことで、思わずニヤリとしてしまう。
ドンケスはその容姿に似合わず手先が器用で、大工仕事だけではなく土や鉄の扱いにも長けている。
前にドンケスが住んでいる鍜治場にお邪魔して道具や作品を見せてもらったことがあるが、元の世界でも滅多にお目に掛かれないほどの逸品がずらりと並んでいた。
竹を切り出すにも竹細工を作るにしても、優れた道具は欠かせない。
今使っている、カトレアさんから買ってもらった鉈やら小刀やらの道具一式は俺の宝物だが、いざ本気で作業となると、どうしても細かいところで失敗してしまう。
そこで、ドンケスと親しくなってフルオーダーの竹細工用の道具を作ってもらう、それが俺の秘密にしている裏目標だった。
「――というわけで、レンガの心配はない。あとは炭焼き小屋に使う粘土をその辺の山から追加でとって来ぬと――聞いとるのか、タケト?」
「……ああ、基本的に全部ドンケスに任せていいんだろ?」
「ふん、まあな、作業の途中で後ろからうるさく言われるのは性に合わん。それならいっそ任せきりにしてもらった方がやりやすい。そういうことだ」
その気持ちは俺にもよくわかる。
だから、元の世界では竹細工を作っては道の駅を売るだけで、要望やクレームは一切受け付けなかった。
……いや?よくよく思い出してみれば、道の駅の販売員の人からはクレームなんて一度も聞いた事なかったな。なんでだ?
……今となってはどうでもいいか。
「だがタケト、一つだけ、ワシだけではどうにもならん問題がある。そこに関しては、お前に任せた方が手っ取り早いだろう」
そんなことを考えていると、ドンケスが改まった顔で言ってきた。
「俺にできることならなんでも手伝うが、なんだ?」
「人手だ。特に若い男の労働力が必要だ」
「労働力?それなら村長に言えば何とでもなるだろう?」
「それがどうにもならんから、お前に言っとるんだ」
「なんでだ?村長の言うことに従わない奴らがいるっていうのか?」
「奴らが従わんのはマーシュにではない。タケト、お前が村長のマーシュの上の代表という立場に就いたのが気に食わんと言って従わんのだ」
「は?俺に?でも、あの時みんな俺が代表に就くことをお願いしてきて……」
いや違う、あの場にいたのはコルリ村の全員じゃない。あの時はまだシューデルガンドに買い出しに行っていた男たちが戻って来てなかったんだ。
「いた!やっと見つけたぞ!てめえがタケトか!!」
タイミングというものは重なるものらしく、俺の頭の中から飛び出して来たかのように、いまいち見覚えのない男たちが群れを成して、村の方角からこちらにやってきているのが見えた。
ひいふうみい……あわせて二十人ほどか。買い出しに行っていたっていう人数とほぼ一致するな。
「おうおう、よくも俺たちがいないい間に村の皆をたらし込んでくれたな!?この貸しは高くつくぜ!」
そう啖呵を切ってきたのは、他の男達より一回りは大きい体格の、剣を腰に差した若い男だ。
コイツも見覚えは……いや、どっかで見た気がするな?誰だ?
「そうだそうだ」 「よくもやってくれたな」
そんな俺の思考を邪魔するように、後ろにいる男たちも追随する。
これはアレか、ひょっとしなくてもケンカを売っているのか。
「お前は俺のことを知ってるらしいが、俺はお前のことを知らん。とりあえず名乗れよ」
「おう、よくぞ聞いてくれた!俺の名はマーカス!冒険者ギルドから未来の英雄候補と認められたCランク冒険者であり、このコルリ村の次期村長の椅子を約束された男だ!!」
ババーン!!
「いよっ、漢マーカス!」 「今日もかっこいいぞ!」
そんな効果音が聞こえてきそうなほどふんぞり返った男、マーカスと、後ろではやし立てる男達。
確かにCランク冒険者なら大したものだが、もしかして村長と掛け持ちする気か?無理だろ?
ていうかなんで次期村長なんて言ってるんだ?
「マーカスは村長の息子なのだ」
そう疑問に思っていると背後からラキアが囁いてくれた。
なるほど、でもコルリ村の村長って世襲なのか?
「違うぞご主人様。村の皆はセリオが次の村長になると思っているぞ」
そりゃ納得だ。
少なくとも、ラキアと同じ(アホの)匂いがするこのマーカスという男がこのタイミングで村長になったら、絶望の未来しか見えてこないからな。
「私をマーカスと一緒にするな!!」
そうだな、悪かった、ラキアはアホかわいいのであって、マーカスはただのアホだ。
可愛いは正義だからな。大体のことは許される。マーカス、お前はダメだ。
とりあえず謝罪の意味を込めてラキアの頭を撫でる。
これさえやっとけばラキアの機嫌は良くなるからな。
「もっと、もっと撫でるにょだ、ごしゅじんしゃま……」
とりあえずラキアのご要望通りに撫で続けていると、顔を真っ赤にしたマーカスが叫んだ。
「おいっ!無視すんな!」
おお、マーカス君が怒っている。
まあ、話を引き出すなら程よく怒らせた方がいいから、まさにこっちの思う壺なんだがな。
「悪い悪い。でだ、そっちの文句を聞く前に一つ尋ねたいんだがな、村の皆から不在中の話は聞いたんだろう?何で俺がたらし込んだとかいう話になったんだ?」
ラキアの頭を撫でながら質問してみた。
「当たり前だろうが!ポーション一つで死にかけの重傷だったラキアを治したとか、変な木の棒一本でオークナイトを倒したとか誰が信じるか!そんなもん幻術をかけて皆を騙したに決まっている!そうと分かれば、お前の正体が魔族が変身したものだと、俺の冴えた頭脳が答えを導き出すのは簡単だったぞ。残念だったな、邪悪な魔族め!!」
……あーーー。
これはあれだ、このマーカスという男はアホな上に思い込みの激しい、めんどくさいタイプだ。
確かに、同じアホでも素直な性格のラキアとは決定的に違うな。
「……そうか、ついでにもう少し聞きたいんだが、なんで帰って来てすぐじゃなくて、今頃になって俺のところに来たんだ?そんなに俺のことが許せないんなら、どんなに遅くても翌日には来れただろうに」
俺としては何となく聞いてみただけの軽い質問だったのだが、意外にもマーカスは顔中にに汗をかき、目が泳ぎ始めた。
「そそそそそそそんなこと、おめえに言う必にょ、必要はねえだべや!!」
あ、噛んだ、そして訛った。
確かにマーシュの息子だ。
「そうだそうだ!」 「別にマーカスのおふくろさんが怖くて今まで仕事をサボれなかったわけじゃないぞ!」
必死に隠そうとするマーカスの努力も空しく、取り巻きの一人が分かりやすく説明してくれた。
……そうか、マザコンとは可愛いところもあるじゃないか。
俺の中でどん底まで落ちていたマーカスの評価が、ちょっと上がった。テッテレ~。
「こ、この魔族め!ぶ、ぶっ殺してやる!」
だが、恥ずかしさと怒りが頂点に達してとち狂ったのか、マーカスは顔を真っ赤にして全身を震わせながら腰の剣を抜いてしまった。
「マ、マーカス!」 「それはやりすぎだ!」
流石にまずいと思ったのか取り巻き達が制止するが、マーカスは「うるさい黙ってろ!」と一喝すると剣をこちらに向けてきた。
「このコルリ村になんの用かは知らないがみんなのことは俺が守る!!さあ正体を現せ魔族め!あの剛剣のゾルドに二十三番目の弟分と認められた、このマーカス様の剣を食らえ!!」
そんな感じでカッコよく決めたつもりのマーカスだったが、俺の意識はそのセリフの一部のみに向けられていた。
……おいおい、こんなところでその名前が飛び出すとはさすがに思わなかったぞ。
ゾルドの奴、元気にしてるかな。
またあの
あんな奴でも懐かしいな。
「おい!人の話を――」
「――お前、抜いたな?剣を抜いた以上、それなりの覚悟があるんだろうな?」
マーカスの言葉を遮って発した俺の声は、ドンケスとラキアを除いた全員の動きをピタリと止めた。
「ラキア、ちょっと下がってろ」
「ご主人様、マーカスは決して悪い奴ではないのだ」
俺の本気が伝わったからだろう、珍しくラキアが懇願の声を残して後ろに下がった。
「ご、ご主人様?ラキア、お前一体……」
俺はマーカスがラキアに気を取られている内に足元に竹を召喚、三メートルほど伸びたところで手早く鉈で切り落として一メートルほどの一本の竹棒を完成させた。
「なっ!?お前いつの間に!?やっぱり魔族だったのか!」
「違う。だが、そんなことはもう関係ない。俺に剣を向けた分の代償は払ってもらうぞ。御託はいいからかかってこい。……こんなもの、戦とは呼べんがな」
「こ、このっ!!」
俺の挑発に乗って剣を振りかぶろうとしたマーカスだったが、俺が竹棒を向けた瞬間に完全に動きを止めてしまった。
……ふーん、頭に血が上っていても、それなりに彼我の実力差は分かるのか。
英雄候補は言い過ぎだが、それなりの腕は持ってそうだな。
「来ないのか?ならこっちから行くぞ」
「……っ!?なめるな!!」
俺の言葉で金縛りが解けたように剣の振り下ろしを再開するマーカス。
だが、頭に血が上ったままの剣筋は目を瞑っていたとしてもわかる。
俺はマーカスの剣の腹を竹棒で軽く叩いてその軌道を変えると、返す一撃で地面に突き立った剣を見て呆然としているマーカスのこめかみを強襲した。
「がはっ」
決して強烈ではなかった俺の一撃だが、的確にマーカスの脳の身を揺らした。
小さな声で苦悶の声を上げたマーカスはしばらくその場でフラフラした後、前のめりに倒れた。
「もう少しいい勝負になると思ったが、マーカスのハナタレならこんなものか」
その声に振り向くと、俺の背後で見ていたドンケスが、いつの間にかに隣まで出てきていた。
「お前ら、これを見た後でタケトと戦いたいとまだ思うのか?」
「いえ滅相もない!」 「お強さはよくわかりました!」
「ならそのハナタレを担いでとっとと出て行け。仕事の邪魔だ!!」
『失礼しましたーーーーーー!!!!』
それまで大人しい口調で喋っていたドンケスの最後のセリフの音量に驚いた男たちは、数人がかりでマーカスを担ぐと腰砕けになりながら村の方へと逃げて行った。
まったく、余計な汗をかいてしまった。
そうだ、後でドンケスに俺の家に風呂を作ってくれとねだってみるか。
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