第4話 冒険者ギルドでテンプレが起きた


「おい、見かけねえ顔だな。ここはてめえみたいな貧相なガキが来る所じゃねえぞ」


 セルメアの街の門を近衛騎士のカトレアさんというこれ以上ないほどの通行許可証のお陰でほぼ顔パスで通過した俺たちはそのままセルメアの冒険者ギルドに直行した。

 ギルドの建物に着くとカトレアさんはセルメア周辺の状況を聞くためにギルドマスターの部屋へ、ゼンさんは馬車の積み荷の取引のためにギルドの職員とどこかへ行ってしまった。


「タケトさん、ちょっとの間ですけどここで待っててもらえますか?ギルドの中にいれば滅多なことは起きないので、私が戻ってくるまで決して外には出ないでくださいね」


 もちろん街の様子には興味津々だったが、きれいなお姉さんの近衛騎士様にウインクされながらお願いされれば、否とは口が裂けても言えない。

 そんなわけで、ギルド内に掲げられた掲示版の依頼内容をなんとなく眺めていたところ、背中に大剣を背負った、いかにもガラの悪い冒険者といった感じの中年の男に絡まれて、現在に至るのである。


「現在に至るのである」


「おいてめえ!なにブツブツ独り言を言ってやがる!?この剛剣のゾルド様を無視するとはいい度胸だ、表出ろ!」


 しまった、声に出てたか。

 こんな、自分の名前に様を付けるようなイタイ雑魚に因縁を付けられるとは、ろくでもないフラグ回収をやらかしてしまったではないか。


「やらかしてしまったではないか」


「だから聞こえてるっつってんだろうが!俺様のことを雑魚呼ばわりするってことは死ぬ覚悟はできてんだろうな!」


 またしても独り言を聞かれてしまったか。しょうがない、流石にこの辺で相手をしないと今にも斬りかかってきそうだ。


「いえ、死ぬ覚悟なんてできてません。そして人を待っている最中なので表にも出ません」


「この野郎、だったら今ここでやってやろうか!?」


「オホンオホン!!」


 こちらの会話を遮るようなわざとらしい咳払いが聞こえたのでそちらを見てみると、カウンターの向こう側のギルド職員全員が剛剣のゾルド様とやらを冷たい目で睨んでいた。

 そしてその他にもギルド内にいた何人かの冒険者たちも同じような目でこちらの様子を窺っていた。


「っていうのは冗談だ!ワハハハハ……ハハ」


 そりゃそうだ、どんな身分であれ公共施設内でのケンカはご法度。

 もしこの不文律を破れば、施設の利用はもちろんのこと同業者である他の冒険者からも爪弾きにされることは間違いない。


 子供でも分かる常識中の常識だが、どこの世界にもその程度のことも理解できないおバカさんというものはいるものなんだな。

 さすがに、この自称剛剣のゾルド様はテンプレにも程があるが。


「畜生!だったら外でなら問題ねえだろうが!おいてめえ、ボコボコにしてやるからついてこいや!」


 そう言ったゾルド様は、なんと俺の腕を掴んで強引にギルドの外に引きずり出そうとしてきた。

 何とか振りほどこうとしてみるがさすがは冒険者、ちょっと抵抗した程度の力ではびくともしない。


「ボコボコにしてやると言われてついていく奴なんかいませんよ。離してください!」


 しまった、つい面白くなってからかい過ぎた。


 爺ちゃんにもすぐ調子に乗る癖を直せと散々説教されたが、ついに直らなかったな。

 慌ててギルドの職員の人達も止めようとしてくるが、彼我の距離を考えると一発くらいは殴られた後になりそうだ。

 まあこれも身から出た錆だ、この感じならさすがに殺されることはなかろうと覚悟を決めたのだが、真昼間の凶行は横からゾルド様の腕を掴んだ別の腕によって阻止された。


「おいゾルド、俺の依頼主になんの用だ?」


「ああん、なんだてめえは……って、ゼ、ゼンの旦那!?」


「久しぶりだなゾルド。堅気の人間に手を上げるとは、俺がいなくなってからずいぶんと偉くなったようだな」


「ち、違うんだ旦那。俺はこいつ、この人に冒険者ギルドの仁義を教えてやろうと思っただけで」


「ほう、それは俺もとても興味があるな、それなら先に俺の方に教えてもらうとするか。ここの訓練場を借りてじっくり聞くとしよう」


「旦那、ちょっとま、痛い痛い痛い!勘弁してくれええええぇぇぇ!」


 俺を解放してくれたゼンさんはギルド職員に目顔で訓練場を借りる許可を取ると、ゾルド様(笑)をアイアンクローで顔を掴んで引きずりながらギルドの奥へと入っていった。


 あとでギルド職員の人に聞いたところによると、ゼンさんは三年前まで王国にその人ありとまで言われた有名な冒険者だったそうで、引退して商人に雇われた今でも各地の冒険者ギルドに顔が利くそうだ。


 去り際に俺に頷くゼンさんの背中は、同性の俺から見ても頼れる男の理想像そのものだった。


 もし俺が女だったらあの背中に惚れてるな。






 その後、一人で戻ってきたゼンさんとギルドマスターとの話を終えたカトレアさんと合流した俺は、冒険者ギルドを後にした。


 あの自称剛剣のゾルド様はというと、ゼンさんに訓練場で散々扱いてしごいてもらった後、現在はギルド職員からきついお説教を食らっている最中らしい。

 今日はこのままギルド内の懲罰房に一晩お泊りして、後日無報酬でいくつかのクエストに強制参加させられるそうだ。

 さすがにちょっと処分が厳しすぎないかと思ったが、ゼンさんによると荒くれ者たちの多い冒険者だからこそ一般人への危害は厳重に取り締まるのがギルドの方針だということだそうだ。


 それだけのリスクがあるのに、それでも俺に突っかかってきたゾルド様には、一周回って逆に尊敬の念さえ覚えるな。


 まあ、それはそれとして、ギルドを出た俺たちはそのまま近くにある宿に入って、俺とカトレアさんで一部屋、ゼンさんがもう一部屋借りて、この日は別行動をとることにした。


 ゼンさんにとって俺の護衛はあくまでついでで、街を出るまでに本業の商取引を済ませないといけないということらしい。


 隣の部屋に入るゼンさんと別れて、ベッドが二つに最低限の家具が置かれた簡素な部屋に入ってひとまず落ち着くと、カトレアさんが話しかけてきた。


「とりあえずゼンさんの用事が終わるまでの三日間、私たちはこのセルメアの街に留まることになります。予定としてはタケトさんに観光がてら、実際にこの世界の生活を知ってもらうつもり、だったんですが……」


「ですが、ってことは、何か急用ができたってわけですか。ひょっとしてカトレアさんのもう一つの任務の関わりですか?」


「お察しの通りです。今回私は、王国騎士の身分とは別に臨時巡察使の権限を大臣閣下から与えられておりまして、各地の駐留軍や冒険者ギルドと連携して王国内の魔族や魔物の活動状況を調べて、可能なら現地の戦力と協力して王国内に手を伸ばしているであろう魔族の動きをけん制することを命じられているんです」


「つまり平たく言うと、カトレアさん一人で行く先々の魔物を何とかしてこい、戦力は現地調達しろと大臣に命令されたわけですか。あのおっさん、なかなかの鬼畜ですね」


「プフッ、アハハハハハッ!」


 ちょっと説明が複雑だったので俺の脳内で勝手に変換させてもらったのだが、なぜかカトレアさんのツボに入ったようだ。


「クスクス――大臣閣下のことをおっさんと呼ぶ人は姫様も含めて初めて見ました。タケトさんにはそう見えたのかもしれませんが、大臣閣下は若くして王位を継承した姫様を補佐してその辣腕をふるってい、て王国内外で鉄の宰相の異名で知られる御方なんですよ」


 ……ううん、まあ大臣というから偉い人なんだろうとは思っていたが、そこまでの人物だったとは。


「やっぱりおっさん呼ばわりは、カトレアさん的にもまずいと思いますか」


「そうですね、流石に公の場でそんなことを言えば不敬罪に問われるでしょうけど、信頼する人だけしかいないようなところなら大臣閣下も何もおっしゃらないと思いますよ」


 そんなもんかな。そういえば口の利き方で文句は言われても、強制されるようなことは言われてないな。


「あの方は王国でも珍しく身分の上下に寛容なところがありますが、私たち近衛のように毎日のように顔を合わせる関係でも、なかなか気軽に声を掛けるというわけにもいきませんからね。

 一切のしがらみのない、タケトさんのような人と接する機会はなかなかないようですから、タケトさんの物おじしない態度を大臣閣下はむしろ喜んでいると思いますよ」


 まあ変に畏まるかしこまる必要がないというのはありがたいかな。もっとも、この先もそんな予定はないが。


「話がそれてしまいました。確かに、普通なら単独で当たらせるような任務ではないのはタケトさんのおっしゃる通りなんですが、下手に近衛を部隊単位で動かすと魔族にも知られる恐れがありますし、何より姫様も大臣閣下も、私なら一人でも無事任務を終えて帰還すると信頼されてのことです。もちろん私個人としても任務を完遂する自信はありますよ」


 そこまで言われるともう何も言えないな。


 そもそもさっきのゴブリン瞬殺劇を目撃した身としては、カトレアさんなら大体の危機は一人で何とかしてしまうだろうと容易に想像できるのだからなおのことだ。

 むしろ、そんなカトレアさんの任務のお荷物になっているのは俺の方か。


「精々カトレアさんの足を引っ張らないように頑張りますので、改めてよろしくお願いします」


「あらあら、これはご丁寧に。こちらこそ不束者ですがよろしくお願いしますね」


 笑顔を絶やすことなく三つ指ついて頭を下げてくるカトレアさん。


 なんだこの完璧超人は……眩しすぎる。


「さて、そんなわけでここセルメアの冒険者ギルドを訪問して、ギルドマスターからお話を伺ったのですが、急遽予定を変更せざるを得ない事態になったんです」


 だいぶ前置きが長くなってしまったが、カトレアさんによるとセルメア近郊の廃鉱山に最近多数の魔物が住み着いて、半ばダンジョン化してしまっているのだという。


 冒険者ギルドとしては、セルメアの街の実質的トップである代官の要請もあって調査に乗り出したいのだが、生憎高ランク冒険者が一人も街に滞在しておらず、呼び寄せるにはかなりの時間が必要らしい。


 あとは王都に救援を要請するしかないとなったところに、俺たち、正確にはトップランクであるSランク冒険者と同等の実力を持つカトレアさんがやって来たというわけだ。

 廃鉱山の魔物を何とかしたい冒険者ギルドと、王国の脅威を取り除く任務を負ったカトレアさんの、両者の思惑が一致したというわけだ。


「幸い、問題の廃鉱山までここから往復で半日もかからないそうなので、ゼンさんの用事が済むまでには街に戻って来られると思います。ですので、明日早朝にギルドマスターから紹介された信頼のおける冒険者パーティと共に、廃鉱山に向けて出発しようと思います」


「わかりました。じゃあその間俺は街を楽しく観光、じゃなくて住民の生活を調査しておきますね」


 カトレアさんとデートできないのは残念だが贅沢は言うまい。精々異世界の街並みとやらを一人堪能させてもらおう。

 そう思った俺だったが、カトレアさんはそんなこと考えもしなかったという不思議そうな表情で俺に言った。


「何を言っているんですか、タケトさんにも当然同行してもらいますよ」


「そうですよね同行しますよね……え?」


「だってタケトさんだけを街に残していったら、いざというときに守れないじゃないですか」


「いやだって、魔物の巣窟に向かうわけだから危ないじゃないですか」


「大丈夫ですよ、私のそばにさえいてくれれば、魔王でも現れない限りタケトさんの身の安全は保障できますから。それにこの街でトラブルに遭った時に私がいないんじゃ、タケトさんの身元を保証してくれる人が誰もいないわけですから、最悪監獄送りか奴隷に落とされちゃいますよ」


 ……うぐ、確かに俺がこの街で会ったのは、自称剛剣のゾルド様と冒険者ギルド職員数人、あとはこの宿の御主人夫婦だけだ。

 悪い印象は持たれていないはずだが、かといって何かあった時に俺を助けてくれるほど仲良くなった覚えもない。


 いざこの状況になって気づかされたが、生活基盤をまだ持っていない俺にとって、唯一の希望は目の前にいるカトレアさんただ一人なのだ。

 云わば、俺の生殺与奪の権利を持っている女神様と言っても過言ではない。最初から拒否権など俺にはなかったというわけだ。


「じゃ、じゃあせめて今日一日だけでも街の観光を……」


「いいえ、この後は装備品やポーション類の買い足し、その後は明日未明に出発しますから、宿に戻ってきたらすぐに食事とお風呂を済ませて就寝です」


「そんな殺生な!」


「ゴメンなさいタケトさん、次の街ではきっと大丈夫ですから。さあ出かけましょうか。それなりの量の買い物になりますけど、もちろんタケトさんは手伝ってくれますよね?」


 悪びれる様子も見せずに、微笑みながら俺の手を握ってお願いをしてくるカトレアさんに対して彼女いない歴イコール年齢の俺が太刀打ちできるはずもなく、まあこれはこれでデートと言えなくもないかと自分に無理やり言い聞かせながら、俺は急に重くなった腰を上げたのだった。

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