第3話 旅が始まった
目覚めたら幌馬車の中だった。
「あ、起きられましたかタケトさん」
「おはようございます、カトレアさん。すいません、いい天気だからつい眠気に襲われてしまって」
「無理もないですよ、ずっと王宮にこもりっぱなしでは特にすることがなかったとはいえ目に見えない疲れもあったのでしょう。この辺りはまだまだ安全ですから寝ていても構いませんよ」
「いえいえ、カトレアさんがこの世界の諸々を教えてくれる千載一遇の機会に眠り込んでしまうとは不覚にも程があります。えっと、たしかこれから向かう村のある地方の特産品の話の途中でしたよね」
「うふふ、そんなに褒められても特に何も出ませんよ。そうですね、これから行く地域ではブドウが沢山採れるのでワイン造りが有名で……」
俺たちが乗っているのは十人くらいは乗れそうな大きめの幌馬車だが、俺とカトレアさん以外には乗客はいない。
まあ、これまでの経緯を考えれば、当然と言えば当然の成り行きなのだが、俺が追放される村への旅では、俺が姫様によって召喚された異世界人である事実をできる限り隠蔽するという方針に
そこで、おっさんが個人的につながりのある商人に極秘で馬車を仕立ててもらったらしい。
さらには村までの旅の護衛兼監視として姫様の近衛騎士、今目の前で俺に講義をしてくれているカトレアさんが俺に同行することになった。当然俺の正体も知っている。
ちなみに長いブロンドの髪がとてもよく似合う男装の麗人だ。
ナチュラルメイクの〇塚って感じの人だがその剣技は本物で、ある日カトレアさんの朝の一人稽古を見物していたのだが、剣を振るった10m先で舞っていた木の葉がスッパリ両断されていた。
元からそんなつもりはなかったが、この人を怒らせるような言動は控えようと強く決意したものだ。
あとは馬車の御者をしている無口なマッチョ、ゼンさんと黒毛の馬のホワイト(ややこしい、白黒つけてほしい)が俺の旅の道連れだ。
「――なのでワイン造りに欠かせない樽に領主様の命で優先的に木材が回されていて、木工品の値が高止まりしているそうですよ」
「へえ、それはちょっと興味深い話ですね。木工関係の仕事に就けば食いっぱぐれはなさそうかな」
「大臣閣下が商会に手を回してくれて、大抵の所ならゼンさんが話を通してくれるらしいですから、それもいいかもしれませんね」
「でもまあ、一生のことですから村に着くまでじっくり考えますよ。それにしてもカトレアさんの言葉じゃないですけど、王宮の雰囲気ってのは俺にはちょっと合いませんでしたよ。裁判の後で牢屋から客間に移してもらっておいて言えた身分じゃないのは分かってるんですが、何とも言いづらい重苦しさがあるというか……」
「私にとってはあれが普通なんですけど、タケトさんから見るとやっぱりそうなんでしょうね。でもグノワルドの王宮はまだ優しい方ですよ。中には、下位の者が上位の者に無礼を働いたというだけで極刑に処される国なんてあるくらいですから。タケトさんも、特に貴族の方々への礼儀は重々気を付けてくださいね」
口では厳しく注意しているカトレアさんだが、メッと言っている感じの小顔はどう見ても可愛いという感想しか出てこない。ここがカフェテラスだったら速攻で恋に落ちている自信がある。
「それにしても、十日以上も部屋の外に出られないのはさすがに堪えましたよ。理由が理由だけに抜け出すこともできませんでしたし」
「そうですね、私もあれが最善の手段だとは思いますけれど、タケトさんには同情します」
実は裁判の直後から俺に付き添ってくれているカトレアさんだが、王都から出るまでの彼女の役目は俺の監視ではなく旅の準備係、云わば俺の小間使いのような事をしてもらっていた。
今思い返しても、近衛騎士という、俺でもすぐわかるほどのエリート様にそんなことをさせてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
そしてその間俺が何をしていたかというと、簡単なようで話しづらいことではあるんだが、一言で言うと王宮に与えられた部屋でゴロゴロしていた。
いや、余計なことをしないようにあえてそうさせられていたと言った方が正しいか。
元の世界でも半分引きこもりだった俺だが、まさか異世界に来て最初にパーフェクトヒキニートに転職するとは夢にも思わなかった。
こうして、俺は王都のうまい食べ物を買い食いすることも、綺麗なお姉さんのいる夜の店に行くこともなく、ある意味世界一必要のない場所で自宅警備の業務に就く毎日を過ごしたのだった。
「まあ過ぎたことはもういいですよ。それに姫様が出発の時に城門まで見送りに来てくれるという嬉しいハプニングがありましたし、それで全部チャラにしました」
「……姫様の御見送りのことは、私も聞かされていなかったので驚きました。おそらく大臣閣下もご存じないと思いますからかなりの無理を押して来られたんだと思いますよ。よほどタケトさんのことを気にかけていらっしゃるのでしょう」
そうかな、あの時はただただ驚きっぱなしで考える余裕なんてなかったが。
そこまでして見送りに来てくれたってことはもしかして……いやいやいや、あり得んだろ。でも王都に呼び戻してくれそうな雰囲気もあったし……うーん、彼女いない歴=年齢の俺には難しすぎるな。一旦忘れよう。
さて、そんなこんなで始まった三人(プラス一頭)の旅だが、今のところ順調そのものだ。
馬車を用意してもらえたお陰で歩く必要はないし、道も王都を結ぶ主要街道だけあってきちんと舗装されている。
さすがに追放先の村まで繋がっているわけではないが、カトレアさんによると、よほどの辺境でもない限りきちんと踏み固められた道があるそうなので、途中下車して徒歩という羽目にはならずに済むらしい。
大臣のおっさんが手配してくれたおかげで毎日行く先々の宿に泊まれるし、食料も十二分に積み込んでいる。おまけに美人のお姉さんのおまけつきと至れり尽くせりだ。
追放の刑の執行中のはずなのに、旅程を聞く限りじゃまるで金持ちの道楽で観光旅行をしているような気になってくるのだが、この異世界では俺のような一般人は絶対に野宿してはいけない理由がある。
「おい」
カトレアさんとの会話が楽しくなってきたところで、それまで一言も口を挟まなかったゼンさんがぶっきらぼうに声を掛けてきた。
「どうしましたかゼンさん、……ああ、いますね。一、二、三……十匹といったところですか」
カトレアさんが前方を見つめながら何かを数えていたが、俺には地平線の辺りに指の先ほどの何かがいるようにしか見えない。
「カトレアさん?」
「タケトさん、前方に10匹前後のゴブリンです。このまま進むと10分以内に接敵しますね。最近魔族の動きが活発になったせいか、王都周辺でも目撃例が報告されていましたがやはり出ましたか」
そう、俺も異世界転移と知ってある程度は予想していたのだが、この世界には魔物、モンスターと呼ばれる人類の天敵がいるのだ。
王宮で引きこもり生活を送っていた時に受けた、カトレアさんの講義で要点だけは頭に叩き込んだが、簡単に言うと、魔素とかマナとか呼ばれる、この世界のどこにでも存在するエネルギーを過剰に取り込んだ存在、それが魔物だそうだ。
魔物は自分より多くの魔素の持ち主に従属する性質があるそうで、時に強大な魔力を持つ魔族の手先となって町や村を集団で襲うほど凶暴なのだそうだ。
当然人類も指をくわえて黙って見ているわけではなく、各国の軍隊や冒険者ギルドが定期的に魔物を狩って間引きしているらしいのだが、最近は駆除が追い付かなくなっているそうだ。
俺の追放の旅にわざわざ近衛騎士のカトレアさんが選ばれたのは、護衛ついでに王国内の魔物に関する調査の目的もあるそうだ。見た目が歴戦の戦士といった感じのゼンさんも腰に剣を差しているので、この一行が魔物相手に後れを取ることはまずないだろう。
ついでに言うと、今俺たちが乗っている馬車や馬も所々が装甲で覆われていて、ちょっとやそっとの襲撃くらいなら自力で切り抜けられるようになっている。そういう意味でも旅の安全対策はばっちりのようだ。
「それでカトレアさん、このままゴブリンを無視して強行突破するんですか?事前の打ち合わせではそれが一番無難だって言ってましたけど」
「いえ、どうやらゴブリンアーチャーが3匹ほど混じっているようです。私一人なら問題ないですけど、もし馬車を離れた隙にタケトさんが狙われたら万が一の危険がありますので、別の案で行きましょう。じゃあゼンさん、ちょっと待っててください」
そう言ったカトレアさんは馬車から飛び降りると、腰の剣を抜いて前方で待ち受けるゴブリン達に向かって駆け出して行った。
既に馬車はゴブリン達の動きがわかる距離まで進んでいたので、接近するカトレアさんを発見してゴブリン達が武器を構える様子が分かった。
うーん、カトレアさんの実力は分かってるつもりだが、俺も何かした方がいいんじゃなかろうか。
せめていざっていうときに動けるところまで近づこうか……
あっ、カトレアさんが光る斬撃を飛ばした――げ、半分くらいがバラバラに吹き飛んだぞ!?グロッ!!
なんかすごい速さで左右に動きまわってるけど、剣の動きはそれ以上に速すぎて全然見えん。
気づいた時には、カトレアさんの周りに動いている者は一匹もいなくなっていた。
カトレアさんの強さにも驚いたが、あんな人が俺の護衛兼監視役って……いくら何でも過剰戦力だろ。
「お待たせしました。じゃあ行きましょうか」
戻ってきたカトレアさんを乗せて再び馬車は走り出す。
「お疲れさまでしたカトレアさん。騎士ってものすごい強さなんですね」
「ふふ、ありがとうございますタケトさん。でも私なんてまだまだですよ。王国総騎士団長様なら同じ数のドラゴン相手でもお一人で立ち回れるでしょうし、世界にはもっと上の実力者もいると聞いています。私も姫様の近衛としてもっと修練を積まないと」
照れ笑いをしながら話すカトレアさんは可愛いの一言だったが、言っている内容は恐ろしいことこの上ない。そんな化け物みたいな強さの人達がいても人類は魔族に押されているというんだから、この世界で生きていくことがどれだけハードモードなのかがよくわかった。ヤバいな異世界。
「そう言えば、あのゴブリンの死骸はどうするんですか?さすがにあのままってわけにはいかないですよね」
「セルメアの街ももう近いので、そこの冒険者ギルドに依頼して処分してもらうつもりです。討伐部位もそのままにしておきましたし、すぐにギルドから依頼された冒険者が来てくれると思いますよ」
「魔物を倒してもただ働きなんですね。騎士って意外と大変なんですね」
「うふふ、タケトさんったらちょっと大げさですよ。私はタケトさんの身を守るためにやるべきことをやっただけです」
そう笑って話すカトレアさんはあくまでも自然体で、うっかり惚れてしまいそうになる。
多分この人は誰に対してもこんな感じなんだろうから、勘違いはしないけどさ。
「あ、見てくださいタケトさん、あれがセルメアの街ですよ。王都ではまともに外に出してあげられなかったですから、あの街で存分に観光してくださいね」
カトレアさんに言われて前を見てみると、俺たちを乗せた馬車が小高い丘を登って行った先に白い壁に囲まれた街の風景が俺の視界に姿を現した。
やれやれ、この世界に呼ばれてからようやく、自分の足で異世界というものを見て回れる機会がやって来たというわけだ。
この街ではトラブルなしで行きたいもんだ。
冒険者に絡まれたり魔族が襲撃して来たり貴族のボンボンに無理難題を押し付けられたりとか本当に御免だからな。
フリじゃないからな!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます