第44話 サキの修行1(グラチネにて)

──サキはグラチネの長老ソジャに

魔王群の幹部ダンドとの戦いで

敗れたことを説明し、

強くなるための修業を申し出た。


「……なるほど、

そういう事情があるのじゃな。

よかろう、我々にできる事は協力しよう」


「本当か!? 爺さん、恩に着るよ!」


「ほっほっ、気にせずとも良い。

ではサキよ、お主を軽く

テストしてみようかの」


「……うん? テスト? ……何をするんだ?」


「今からワシはお主に向かって

真っ直ぐに突進して、お主の額を指で弾く。

いわゆるデコピンと言う奴じゃ。

……避けられるかな?」


「……はぁっ?

相手の行動が分かってて、しかも

爺さんとの距離は10m近くあるんだぞ?

避けられるに決まってるだろ?」


「ふむ、では避けてみせよ。

……ゆくぞ、3、2、1……!!」


ソジャはカウントダウンを始めると、

殺気を混じりの威圧に満ちた雰囲気を

張り出し始め、サキを視線で威嚇した。


そして、目にも留まらぬ速さで

一気に距離を詰めた。


……シュタッ!!


(……っ!? なっ!? 何だ?

爺さんの行動は分かってるのに……、

見えてるのにっ……、体が動かない!?


速い!? ……近づいて来る!

避けないとっ! ……避けないとっ!)


サキは長老の動きを確かに視認していたが、

体は反応することができなかった。


……ピシッ!!


「どわっ!! 痛たっ!!」


ソジャのデコピンがサキの額を弾いた。


「おや? おかしいのう。

避けられるのではなかったのか?」


「……いや、その、何て言うか。

爺さん! 今のは一体何なんだ!?

何でアタシは避けられなかったんだ?」


「ほっほっ。

サキ、お主は何のために戦う?

何のために相手を攻撃する?」


「それは勿論、敵や魔物を倒す為だ」


「理屈ではそうじゃな。

じゃが、お主の動きを見る限り、

お主は常に守る為に戦っておるぞ」


「……何っ!? どういう事だ?」


「これはお主に戦闘を教えた者に

起因する事じゃと思われるが、

……お主は戦闘を学ぶ際、


・ケガをするより逃げろ

・味方を守る事ができたなら深追いするな


という様な指導を受けておらぬか?」


サキは幼い頃から戦闘を教えてくれた

育ての親であるセップの言葉を思い出す。


──(サキの回想)──

……10年前。

サキが幼い頃、ポッシの山道にて。


「サキ、お前は弓や短剣での

攻撃が得意そうだから、

今日からそれらを使った戦闘を教える」


「はいっ! セップさん!」


「いいか、サキ。

動物を狩るにしても、

魔物と戦うにしても、大切な事は


1、自分が大ケガをしないこと

2、仲間を守ること


だ。まずはこれを復唱しなさい」


「はい! セップさん!」


──(サキの回想終わり)──


「……爺さん、確かにそうだ。

アタシは初めにそういう教えを受けている。

……でも!

セップさんの指導は間違ってないぞ!


山小屋で生活するアタシたちは

ケガをしたら食料調達も、

魔物から山小屋を守る事もできなくなる!


生活する為には相手を確実に倒す事より、

自分達の状況を維持する事の方が

優先だったんだ!」


「サキ、落ち着くのじゃ……。

状況によって戦闘の目的は変わる。

儂はサキに戦闘を教えた者の考えを

否定する気はないぞ」


「……じゃぁ、アタシはどうすれば?」


「何、簡単な事じゃ。

戦闘でも序盤は様子を見ながら、

自身がケガをしない様に慎重に戦えば良い。


じゃが『この攻撃で相手を倒す!』

と決めた場合は、防御や回避の意識を捨て

100%集中した攻撃をすれば良い。


お主の攻撃は、頭に刷り込まれた

防御や回避の意識があるせいで

知らず知らずの内に威力を減らしておる」


(……なっ!?

そんな事、今まで考えたこともなかった。

でも、確かにそうだ。


アタシは攻撃する時は

常に相手の反撃を考えて、

がむしゃらに相手の懐に飛び込むなんて

してこなかった……)


「……爺さん! でも、

そんな無茶な攻撃ばかりしていたら、

いつか致命傷になる反撃を

受けるんじゃないか?」


「その通りじゃ。

全力の攻撃をするためには

相手の動きや能力、行動パターンの

見切りが不可欠じゃ。


そしてここぞ! と思った時に

全力で攻撃するのじゃ。

その判断を誤ってはならぬ。


先程も儂のデコピンが

避けられなかったのは、

お主が儂が全力で攻撃した場合の

最高速度を見誤っていた事と、

儂の殺気に呑み込まれて

萎縮してしまった事が原因じゃ。


儂がお主に殺気混じりの全力で

向かって来るなど、

想像していなかったじゃろう?


……要するに、儂の能力と行動を

見切れていなかったのじゃ」


「……そういう事か。爺さん、ありがとな。

何だか強くなるためのヒントを

貰えた気がするぞ」


「何、構わんよ」


……そう言うと、

ソジャはサキの隣に近寄り、

サキの尻をねっとりと撫ではじめた。


「……どわっ!

何するんだ! ……このエロジジイッ!」


サキは反射的に……そして、

遠慮なく全力の蹴りをソジャに放った。


(……ぬぅっ!?)


サキの蹴りはソジャの身体を捕らえた。

ソジャは片手でサキの蹴りを受け止め、

その反動を利用しながら後方に跳んだ。


(……えっ!? 当たった!?

以前の蹴りは簡単に避けられたのにっ!)


「ほぅ。サキ、今の蹴りは良かったぞ。

儂に対する遠慮が全く無かったからな。

思わず防御してしまったわい。


……サキ、分かったかの?

そういう事じゃ」


「……爺さん。

それをアタシに気付かせる為に

わざとまたセクハラ行為をしたのか?」


「ほっほっ、そういう事じゃ。

老人に尻を撫でられるのも、

時には学びのきっかけになるじゃろう?

感謝するのじゃぞ」


「そっか……、そうだよな。

大切な事に気付かせてくれてありがとう。

感謝するよ、爺さん。


……なーんて言うと思ったかっ!?

このエロジジイッ!!

何度も何度も尻を触りやがって!

覚悟しろ!!」


サキはソジャを追いかけながら、

拳、蹴り……と乱打を放つが、

ソジャは難無く回避する。


「ほっほっ。

そんな攻撃では当たらんよ。

先程の様な会心の蹴りを繰り出して見せよ」


「くっそーぉ! 何で当たらないんだ!?

ちくしょぅっ!!」


──数分間に渡るサキの攻撃が終わる。

サキの攻撃は一度もソジャに

命中することなく、

サキは疲れ果て床に倒れた。


「はぁ……はぁ……。

なぁ爺さん、アタシは強くなれるのか?」


「うむ、素質は十分じゃ。期待できるぞ」


「……そっか。

なら今日から100日、よろしく頼む」


「うむ。しかと引き受けた。

今から儂がサキの修行プランを考える。

寺長セザムよ、お主は明朝から

サキを指導してやってくれ」


「分かりました、長老」


ソジャが考えたサキの修行プランは

次の通りである。


─午前中─


・修行僧の読経を聞きながら瞑想

・体に重りを装着して太極拳の様な体操

・格闘訓練場で修行僧と組み手


─午後─


・修行僧試験 上級コースで訓練

・魔物と実戦訓練


── 翌朝、サキはセザムと共に

修行僧が読経する本堂へ向かう。


「セザムさん、

修行は実戦ばかりかと思っていたけど、

瞑想する事にどんな意味があるんだ?」


「サキ、これは

戦闘に限らず全ての事に共通するが、

人は集中するとパフォーマンスが

増すだろう?」


「確かに、そうだな」


「体術を会得しても

戦闘で出し切れなければ意味が無い。


一瞬の集中力の途切れが

致命傷になる事もあるし、

長い戦闘の場合でも最後まで

集中力を保つ事が必要だ。


静かに瞑想を続けることは

この集中力を養うのに役立つんだよ」


「そういう事か……。

それを聞いたら頑張らないとな」


「その意気だよ、サキ。

あと、サキの修行は厳し目で構わないと

長老から命令を受けていてる。


もし瞑想中に集中力を欠いていたら

遠慮なくこの警策キョウサク(喝を入れる時に叩く棒)

でバシバシ背後から叩くので覚悟するんだよ」


「……なっ!?

その棒で叩かれたら痛そうだな。

でも、大丈夫だ、セザムさん。

集中力には自信があるんだ。

その警策キョウサクの出番はきっと無いぞ」


「ははっ。そうなる事を願うよ」


──1時間後……。


「……サキ、こんな結果になるとは、

私の想像を遥かに超えたよ。

1時間の読経で叩いた回数の最高記録だ。


サキはこの修行を100日間しっかり

頑張る必要があるね」


瞑想を終えたサキの肩と背中は

セザムに何度も何度も数多く叩かれ

真っ赤に腫れ上がっていた。


(……なっ!? ダメなのかっ?

アタシ……集中力弱かったのか!?)


痛みに苦しみながら

苦悩の表情を浮かべるサキに

セザムが優しく笑顔で声を掛ける。


「サキ、落ち込む必要は無い。

弱点を克服した先にこそ、

本当の強さがあるものだよ」


(……くっそぉ! 弱点とか言われたし!

……しかもちょっと可哀想な目で

見られてるしっ!


……100日間やってやる!

読経の間、1度も叩かれずに済む様な

集中力を手に入れるんだ!)


──こうして、サキの修行はまだまだ続く。

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