第81話 襲撃

 夕食後、私室で大学の課題論文を読んでいるとノックされた。


『総花さま』

「なんだ」


 緊急性の高い案件なのか、俺の在室・不在関係なしに呼びかけられた。慌てて外に顔を出すと、椿さんが要件を単刀直入に切りだす。


「賊が数人、敷地の中に入りこんだ模様」

「本当か」

「はい」


 それはまずいな。

 とくに今は預かりもの・・・・・をしているのだ。壊されたり、奪われたりしては困る。


「ここ数か月、見張られているみたいだったもんな……――金雀枝さんは?」


 彼女と因果関係はわからないが、『見張られている』という報告を思いだすが、それ以上に最優先で守るべき対象はどうなっているか確認すると、大丈夫でしたよと返ってくる。


「しっかり眠られているようだったので、とりあえず偽装・・はしておきました」

「そうか」


 ならば安心だ。

 それならば賊も彼女あずかりものがいるとは思わないだろう。


「では、やかた内の罠をいつでも発動できるように準備を」

「御意」


 そういって椿さんは音もなく消える。





 罠に引っかかってくれるか、撤退を選んでくれるとありがたいんだが。

 そう考えながらだったので、論文を読むのに集中できず、さっきまでに比べると格段に効率が悪くなった。


『申し上げます』

「どうした」


 そろそろ諦めるかと思っているちょうどそのとき、再び椿さんがやってきた。


「敷地内に入りこんだ賊が全員、生け捕りにされてました・・・・・・


 彼女の報告を聞いた瞬間、なにが起こったのか理解できなかった。


「はぁ!?」

「いや、私も理解が追いついてないというか」


 どうやら彼女も理解できていないようで、目を白黒させながらどうしましょうかと唸っている。


「ええっと、とりあえず今の状況をざっくりと説明しますと、筋骨隆々の男が五人、全員、意識を保ったまま、中庭の物干し台に吊るされていました」

「それ、見たくない光景だな」


 ムキムキの大男が吊るされているって、食べ物じゃないんだから。


「まったくです。悪夢のような光景でした……――ですが」

「ああ、わかっている」


 仕方がないが、行くか。

 私は金雀枝さんの部屋を解除してきます。

 そう言って椿さんはそそくさと去っていった。今度は音を立てて。

 逃げやがったな。






 たしかにこれは悪夢だ。

 筋骨隆々の大男どもが吊るされている。文字通りぎゅうぎゅうに。心なしかこの庭全体が少々汗臭いな……まあ、こいつらの正体というか出身はなんとなく理解できんだよなぁ。ただこちらもなかったことにはできないというのが実情なんだよねぇ。

 一応形だけでも聞いておくか……


「どこの所属だ」


 俺の言葉になぜだかホッとするような表情を見せる大男ズ。むさくるしい構図だし、可愛くもないんだが。

 ……――なにがあったのか聞くまい。


陸亀りくかめと言えばわかるよな」


 俺の問いに左端の男が答える。その名前にやっぱりかぁと頭が痛くなった。


「ただの逆恨みか」


 だってさ、紫条家と師節家に盗聴しようとしてたから、ちょっと勇気振り絞って根城に乗りこんだだけなんだが。

 それで恨まれてもなぁ。


「おまっ……!!」

「やめておけ。この男の子飼いには物騒な女がいるぞ」


 俺の『逆恨み』発言に色を成す大男の中の小男。

 ええい、ややこしい。


 ……うん? 今なんて言った?


「? それはどういう意味だ?」

「いや、お前も自分の子飼いならばちゃんと手綱を締めておけ」


 よく意味がわからなかったので聞き返したら、意味のわからないことを言いだしはじめた。

『子飼い』?

 いや、俺には子飼いなんていないんだが。

 親父のときに作られた暗部は全部解体したからな。しかも、椿さんじゃない。椿さんを見ても怯えるようなそぶりを見せないからね。


「はぁ?」


 怪訝に聞き返すと、真ん中の男、大男の中の小男がそのときを思いだしたようでブルリと震える。


「お前っていう奴は……だからなぁ、お前の子飼いにいるだろ?『蒼い目の女』が」


 蒼い目の女? 子飼いという言葉はともかく、伍赤家、そしてお手伝いの椿さんの中に『蒼い目を持つ女性』はいない。

 そう考えていると、背後から声がかかる。


「遅くなりました」

「……うん? ああ、大丈夫だ。怪我はないか」


 ああ、金雀枝さんか。

 どうやら今まで寝ていたようで、寝間着姿になっている。今は……昼間と違って普通な姿だな。


「? はい」

「そうか、ならよかった」

「心配してくださり、ありがとうございます」


 一瞬、不思議そうな顔になったが、すぐに笑みを浮かべる。そういえば、ここに来てから笑みを見たことがなかったな。






 とりあえず建物や人に実害はなかったが、不法侵入で罪には問えるので、明日引き取り・・・・に来てもらう手配をして、寝ることにした。


「なかなか可愛らしかったですね」

「そうだな」


 椿さんは寝具の支度をしながら、そう笑う。

 でも、なんかどこかで見たことのある笑みなんだよな。夕方、立ちあげたときの手の感触といって、なにか思いださせるようなものがある。


「彼女は……いいや、なんでもない」

「? そうですか」


 彼女・・はなんの目的をもってここに来たんだろうと問いかけようとしてやめた。

 それを問いかけたところで真実が得られるわけでもない。


「では、おやすみなさいませ」

「ああ、おやすみ」


 椿さんはぺこりと頭を下げて部屋を出ていく。

 それからも俺は彼女のこと考えてしまい、眠れなかった。



 蒼い目……



 蒼い目かぁ。なにか引っかかるんだよなぁ。



 髪の毛の色? たとえば黒髪に蒼い目……

 黒髪?

 いや、彼女・・の髪は茶色だし、そもそも……瞳も黒色。



 だから……いいや、できる・・・な。

 髪は染めれば済むだけだし、瞳もカラコン入れれば済む。最近のカラコンは発色がいいから、あの色を隠すことだってできる。



 でも、さっきは……いや、だから・・・遅くなったのか……!!



 あいつなら筋骨隆々の男どもを簡単にいなすことだってできる。





 でも、なんで彼女・・は『彼女』として現れたんだ? そしてどうしてこのタイミングを選んだんだ?


 ……――いや、彼女アイツは『彼女』として現れなければならなかった理由は単純だろう。


 俺に『彼女』であることを知られたくなかったからだ。


 そう謎が解けた瞬間、今まで溜めこんでいた疲れがどっと押しよせて、すぐに眠りに落ちた。

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