第78話 遠い過去の話をしよう

「綺麗ですね」


 さっきの話の終わり方は少し歯切れが悪かったが、無理して答えてもらう必要もないので、荷物を持って、散策することにした。

 草花が生い茂っている遊歩道のそばには湖畔があって、桜が多く植えられていた。


「ふふ。そうでしょ? ここって、花見で有名な場所なのよ」

「そうなんですね……じゃあ、またいつかみんなで、四人でお花見ができるといいですね」

「そうね」


 叶うかどうかわからない願い。でも、願うだけならば――タダだから。




 しばらく歩いていると、目の前に蹲っている女性がいる。気分が悪いとかそういうわけではないだろう。道端――地蔵かなにかに向かって手を合わせているだけだ。


「……あれは、櫻?」

「うん? ああ、そうね……――そうか」


 髪の長さといっても、どう見ても櫻だ。榎木さんじゃないだろう。

 俺がそう呟くと、一人で合点していた茜さん。

 なにがあるのか尋ねると、少し言いよどんでいたが、仕方ないというふうに頷いてしゃべりだした。


「ここは櫻ちゃんの両親のお墓があるの。夢野あちらには埋められなくて」

「そうなんですか」


 なるほど。もともとは流氷さんの妹だからという理由もあるだろうが、改革を断行しようとしたせいで、相当恨みを買っていたはずなので、墓まで暴き立てようと思う人もいるのだろう。


「ねぇ、総花君」


 櫻が立ちあがったので、声をかけようとしようと思った瞬間、茜さんに大声で呼ばれる。

 なんでしょう?

 わざわざ大声で呼ばなくても聞こえるのに。

 その茜さんの声に櫻もこちらに気づいたようだ。俺たちの方を振りむく。


「なっ……――!」


 なにをするんです!?

 叫びは声にならなかった。一瞬の出来事だったから。

 茜さんは俺の顔面ぎりぎりまで自分の顔を近づける。それがなにをしようとしたのか理解できない俺ではない。

 黙って、お願いだから。

 茜さんはそう小声で俺に囁き、俺をギュッと抱きしめ、さらに顔を近づけてきた。


「付きあって頂戴」

「あ、は、はい……」


 それが言葉通りの意味ではないことは理解している。だけれども、なんでこのタイミングで?


「ちょ、茜さん……!?」


 俺からは櫻は見えない。


「私がいるのによそ見するなんて、イケナイ人ね」


 しかし、その一瞬だけだった。茜さんはもうどうでもよさげに俺を放す。


「ふざけすぎです」

「ごめん」


 さっきのお返しだ。

 しゃがみこんだ茜さんの頭を軽くたたく。


「いえ、でも……櫻」


 櫻の方が心配だった。そう思って振りむくとその姿はなかった。


「……――――!!」

「大丈夫」

「え?」

「大丈夫」


 茜さんは自分に言い聞かせように何度も頷く。


「絶対にあの人がフォローするから」

「あの人?」

「ええ、あの人よ」


 あの人っていったい……?


「そうね。これも話しておかなくちゃフェアじゃないわね」


 顔を上げた茜さんの目には涙が浮かんでいる。


「ここは花見の名所でもあると同時に自殺の名所でもあるの」


 自殺名所?

 たしかに綺麗なところほど、人が死んでいるとかなんとかだっけ……?


「とはいっても武芸百家限定での、だけれどね」


 武芸百家限定での自殺名所か。でも、最近は自殺者なんていただろうか。そう考えていると、茜さんが総花君って優しいのねと笑う。


「私がこの前、お兄様と共犯者であるって言ったこと覚えているかしら」

「ええ」

「私が罪を犯したのは二十年前。ある一人の女性を死なせたの」


 どういうことですか。

 俺は黙りこむしかなかった。たしかに茜さんは榎木さんをも圧倒する力を持っていて、この前は三苺苺を殺していた。

 でも、それとはまた違う……いや、本質が違うのか!

 ここは自殺の名所と言ってから、自分が人を殺したと茜さんは言った。


 ということは――茜さんは直接殺してはいない。


 でも、自殺するきっかけを与えたのが茜さん、そして流氷さんだったということか……!



「その人はね、今は亡き卯建家の遺児で、紫条家という楔のためにまだ十三歳という身ながらも、お兄様・・・に嫁いでくるためここにきたの。卯建家はどちらかというと師節と似たようなところがあって、男系相続、正確にいえば女性は基本家のことには関われないのが掟で、彼女、橙さんも遠くの分家、紫条家に預けられていた。だから彼女は文字通り箱入り娘となり、当時なにが起こっていたのかさえ、本当に知らなかった。当時の私は父親が外で作った・・・・・子供だということにコンプレックスを抱いていたこともあって、正しい・・・妻の子供である流氷あに細雪あねに劣等感を抱き、それになにも知らないままここにきた橙さんを妬んだ・・・



 どういうことだ。


「だからこそ……! なにも知らないままでいいはずがない! 私はそう決めつけて橙さんに事実を告げ、彼女がどう動くのか見守った」


 心からの叫びに俺はどうすることもできなかった。

 二十年間、かかえもっていたものは止まらない。


「でも、あっけなかったわ……彼女は本当のことを夫となるべき流氷あにに相談せずに、ここの湖に飛びこんだ」


 あの子も私と同じだったのねと少女のことを思いだしていた茜さん。俺はもう一人の主要人物に気づく。


「流氷さん、は……」


 俺の問いかけにええそうよと皮肉げに笑う茜さん。


「彼女が皆藤本邸にいないことに気づいたときに探しにでたけれど、運悪く・・・彼女を発見したのが飛びこむ直前。あの後、私はあの人に全てを話した。けれど、お兄様もお姉さまも私を責めるどころか『自分がきちんと伝えていればよかった』と言うのよ」


 そうか。あくまでも皆藤の本物の血は自分たちにある。

 だからかはわからないが、それを伝える責務は自分たちにあったのだと茜さんが伝えてしまったことを罰しなかった。

 茜さんは、それによって皮肉にも自分自身の罪と向きあわなければならないことに気づいてしまったんだろう。


「さっきはあの人に二十年前の悪夢を思い出させたのよ。でも、今回は、彼女を引きとめることができた」


 だから、あんなことを……!

 言われてみれば櫻の後ろには人影があった。あれは流氷さんだったのか。


「茜さん!!」


 でも、それとこれと話は違う。

 なんでそんなことに櫻を利用したのか。もっと違うやり方で復讐すればよかったじゃないか!!

 俺の考えを読んだかのように茜さんは寂しそうに笑う。


「あなたにならば罵られてもいい。その資格があなたにはある」

「罵るつもりはありません。俺だってそうするでしょうから。でも、一言言ってくれれば。もう少しやりようがあったじゃないですか!!」


 もちろん復讐なんてしないほうがいい。良いに決まっている。

 それでもそれを選択するのならば、俺だってだれも傷つかない方法を考えることができたかもしれないのに。


「そうね」


 たらればの話にうなだれる茜さん。


「俺には謝らなくて結構なので、櫻には絶対に謝っておいてください」

「わかったわ」


 俺はしばらくアイツに会うことはない。

 だから先に謝っておいてくださいと言うと、しょうがないわねという感じだったが、でもきちんと謝ってくれるだろう。

 そう俺は心の中で頷く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る