第77話 今、そして過去

 先日ここに来たときと違ってなにも持っていないが、街を歩く気分にもなれない。

『掃除不要です』というプレートを外にかけて、三日間、ずっと部屋の中にこもって、ただひたすら寝ころんでいた。


 本土に戻ってきてから四日後、茜さんに指定された場所にいくと、すでに到着していたようで、彼女が作ってくれたお弁当を広げていた。


「ごめんね、こないだは」

「いえ」


 こないだのは不可抗力だろう。

 電話のときに業務連絡とは言っていたけれど、おおかた《花勝負》の残務処理といったところだろうか。少し疲れているようだが、まだまだ元気なようだ。お重に詰められた綺麗な料理はどれも食欲をそそるものだった。


「じゃあ、食べようか」

「ありがとうございます」


 お礼を言って、つまみはじめる。

 どれもその見た目に負けないくらい美味しいものだった。


 食事中はどちらもなにもしゃべらない。流氷さんのときは場所が場所だったこと、状況が状況だったので食事前でも喋れたが、今は違う。

 お重とは別の器に入っていたデザートまで味わった後、茜さんに切りだした。


「いろいろ聞きたいことはありますが、まずは紫鞍さんの言っていた任務というのはなんなんです?」


 最初に聞きたいのはこれだ。

 紫鞍さんの不可解な言動。三苺苺ともまた違った目的を持っていたのだろうか。


「お兄様との間に交わしたもの、櫻ちゃんを傷一つ負わせずに首領の座から引きずり下ろすことよ」

「……――!!」


 茜さんの返答にまさかと驚く。

 本当に身近に引きずりおろそうとしていた人物がいたなんて。


「でも、その半分は私のため」


 その先に続けた言葉は俺にとっては不可解なものだ。茜さん自身のため、というのはわからなくもない。なぜなら彼女は同じ皆藤家前首領の娘といえども、細雪さんと違って妾腹の出だから。


「そしてもう半分は、そうでないと皆藤家は終わるから」


 それは最初の理由とどう違うのだろうかと疑問に思ったけれど、言葉の続きを待った。


もう二度と・・・・・流氷さん、いえ、お兄様は結婚する気はない」


 なるほど。過去に流氷さんは結婚していたのか。

 もう結婚するつもりがないということは、直系の子供を残すつもりはないということ。

 だからこそ……――


「正しい皆藤家の血を持つもの、すなわち櫻ちゃんが必要だった」


 茜さんの言葉にようやく合点がいった。

 細雪さんの子供ならば、流氷さんにとっては姪。茜さんと違ってちゃんと・・・・した直系になる。


「でも、お姉さまはそれを良しとしなかった」

「だから『櫻』という名前を?」


 だからか。現首領が流氷、その妹は細雪、前首領が氷柱というように、氷や雪に関する名前を直系にはつけるが、細雪さんは娘を実家に戻らせないように櫻という名前をつけた。


「ええ、その通りよ。そして、どうしても彼女を一松首領にするために改革を望んだ」

「そして殺された」


 原則として武芸百家の人間がほかの家に移ることはない。

 首領ならばなおさら。

 だから、細雪さんは確実に櫻を次期首領としたかったのだ。


「そう。そこに付けこんだのがお兄様。あの子を得るためならばなんだってする」


 不意に死んだ男の言葉が蘇った。


はナニカを企んでいる。それも一松櫻絡みで』


 あれまさしくこのことだったようだ。夏野で櫻を見つけたとき、俺はアイツを遠くに連れて、逃げていれば……――


「もしかして今回の《花勝負》も?」

「いいえ。今回の件はあくまでも想定外。できることならばもう少し穏便にことを済ませたかったはず」

「そうですか」


 そうか。

 たしかに櫻を皆藤の次の首領として手に入れたいけど、アイツが首領を継ぐことになるのはそう遠くない。ということは、アイツが首領になったとき、彼女が一松の元首領だったということを知っている首領がいるのは当たり前。

 そしてなにかあったときに『問題起こして、一松の首領を辞めさせられた』という部分を突く奴が出ないとも限らない。だから、流氷さんができる限り穏便にことを進めたかったというのはそういった部分もあったようだ。


「あなたたちの関係を知ってるから言えるけれど、あの人のやっていることは正直鬼の所業」

「……ええ」


 でも、俺では、俺たちでは止めることはできない。

 もちろん今までの関係であったとしても、いつかはやってきたもの。

 だから、竜ある意味良かった……のだろうか。


「止めれませんよね」

「うん、私でも難しい――というか、私のせいだよね。ごめんなさい」


 茜さんが素直に頭を下げる。

 まあ、茜さんのせいといえば、茜さんのせいなんだろうけれど……だからといって、彼女個人の問題ではないからなぁ。


「いえ。正直、悔しいけれど、どのみちあのまま一松の首領であったとしても難しいですもんね……一応確認ですが、茜さんが継がないというのは確定事項で?」


 そう。そもそも一松首領であったとしても俺と櫻が一緒になるということはありえない未来であり、皆藤家に横やりを入れられたからといって、一緒になれるかどうかであったかというとそうではない。

 というか、茜さんが動けないというか動かない理由を考える。茜さんは流氷さんの妹。櫻と同じ立場というのはそういうこと。茜さんだって皆藤家を継げる立場にあるはずなのではと尋ねると首を振る。


「そうね、そもそも私にはその資格がない」

「資格……そうか、年が」

「これ」


 おちゃらけて言うと、ぺしりと頭を叩かれる。思いついたものを言っただけだから、本気ではないんだけれど。


「すみません。でも事実でしょう」

「そうよ。もうちょっと言えば違うけれど」

「? そうですか」


 どういうことなんだろうか。そう思って茜さんをじっと見ると、目の奥が笑っていない。怖い。

 茜さんがその疑問に答えることはなかった。

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