第61話 空虚と廃材

 まあこうなるとは思ってたさ。


 いくら武芸高校、それも武芸科といえどもヒエラルキーはある。

 ただ普通のそれとは違って、五位会議に参加できているのか、参加できていないのか、そして本家筋なのか、そうでないのかというような特殊なものではあるが。


 しかし、それはあくまでもなにもしなければ・・・・・・・・という過程の上での話だ。

 内々的には自作自演とはいえ、外面は皆藤家に楯突いた家という扱いだ。


『なにか前首領がまずいことをしたようだ』

 うん、正しい。


『前首領と決闘して首領の座をもぎとったらしい』

『親子で殴りあいのけんかをしたらしい』

 うーん。近いけれど、首領の座なんていらないんだよなぁ。だれか代わってくれないかな。


『皆藤理事長が仲裁に入ったとか』

 いや、そのむしろその逆。

 理事長のせいでさらにややこしいことになったんだよなぁ。



 首領を継いだ後、俺にはどうやら普通に戻ることはできないようだ。

 クラス内で直接は言われなかったものの、多くの流言が聞こえてくる。どうやら突然行われた首領交代。しかも、いわくつきの家だからか、余計な修飾語が多いよう場気がする。

 ありがたいことに櫻絡みで言われることがなかったので放っておいたが、もしアイツ絡みだったら手を出さない自信はない。

 武芸科全体で流言がはやったせいで、教室にいづらくなり、お昼ご飯も湿っぽい裏庭で食べることにした。まだ五月前だから雨が降っても長期間になる心配はないが、梅雨までこのうわさが流れ続けたらどうしようかと思った。

 最近は雨が少ないときもあるけれど、基本は梅雨だ。雨が降ることを前提としなければならない。


「なんにせよ、伍赤君が首領になるとはね」


 そんなことを考えながら昼食を食べていると、声をかけられた。

 この男に久しぶりに会ったような。ああ、そうか。たしか雪の日以来だな。


「数年早まっただけですよ」


 もともと俺が継ぐことは決まっていたのだから、首領になる時期が早くなっただけだ。そう言うと、三苺苺はああそうだったねと笑う。


「ちなみにあなたはどこまで信じてます?」


 あまりしゃべりたくない相手だが、軽く聞いてみると、『前首領はなにかまずいことをした』というところまでが真実なんじゃないかな?という限りなく真実に近い回答が返ってきた。


「そう思ったんですね」

「ふふ。どうやら合っているようだね」

「さて、どうでしょう」


 俺はこいつに真実せいかいを教えてやるつもりはないし、その義理もない。


「それはそうとさ、伍赤君はなにか動くつもりなの?」

「どういう意味です?」


 不意に話題を変えた三苺苺。

 その質問には意味が分からない以上、答えようがなかった。


「文字通りの意味さ。『掛け違ったボタンは直さなくてはならない』。そう思わないか?」

「……そうですね」


 掛け違ったボタン……――かぁ。

 それはだれとだれを指すんだろうか。


「だったらさ、ボクがそれをしよっか?」

「どういう意味です?」


 意味がわかっていないのに、話を進めていく三苺苺。なんかだれかを思いだすようだ。


「言っただろ? ボクは地下組織レジスタンスの一員なのさ」


 たしかにあの《鬼札》戦のときに言っていた気がするが、あれはいったいどんな意味なのか、俺にはいまだに理解ができていない。


「はぁ」

「だから、君が望むことを僕が叶えようか?」

「お断りします」


 もし正すのならば、それは俺の手できっちりしなければならない。だれかの手でなんて許されるはずが……――!!



「なんでだい? ボクならしがらみにとらわれることないんだよ?」



 三苺苺、それは禁断の質問だ。

 それは武芸百家としては禁断の答え。


「それでも……お断りします!!」

「ふぅん」


 お願いだからわかってくれ。

 俺は、今のところ・・・・・はそれをただすつもりはない。


「でも、ボクが勝手に叶えるのならばいいよね?」


 俺の拒否に諦めたように笑う三苺苺。その目には少し狂気が宿っているような気がした。俺はヤツから離れるために断った後にその場から駆けだした。だから、あいつが最後になんていったか聞こえていなかった。






 その日の授業後、生徒会室には俺と野苺がいた。

 本当は喧嘩売ってきたやつの妹と二人きりにはなりたくなかったが、仕方あるまい。櫻は補習中なのだ。俺と野苺はそれぞれ座って書類を片づけている。


「ねぇねぇ総花先輩」

「なんだ?」


 そんな俺の気も知らず近寄ってくる野苺。


「最近、櫻先輩ってなんだか不機嫌じゃありませんか?」

「そうかな。どっちかっていうと、心ここにあらずじゃないのか」


 そうだった。この数日、アイツはあからさまに俺たちを避けているが、不機嫌というよりもなにかに気をとらわれているといった感じだ。


「ああ、たしかにそうですね。なに聞いてもぼんやりとした返事しかしないです。そんなことしょっちゅうあるんです?」

「いや、ないな」


 それは断言できる。昔から数分で飽きることや拒否することはあっても、なにかに心を捕らわれ続けることはない。


「総花先輩はなにかその事情とか知っているんですか?」


 そうだな。

 ある。

 だが、確証が持てん。


「うーん、知っているわけではないが、いま俺が持っている情報をあわせただけの推測ならできる」

「その推測、教えてください」

「断る」

「えっ、なんでですかぁ?」


 なんでそんなものをこいつに教えなきゃなんねぇんだ。お前、自分がしでかしたこと、知ってるよな。


「むしろなんで教える必要があるっていうぐらいの内容だ」


 あえて他愛のない理由と言っておくが、実際にもそれに近いだろう。


「ええぇ、そんなぁ」


 野苺が悲鳴を上げるが、俺はお構いないしに書類を一枚、彼女の前に置く。

 こういうときは話題変更が一番だ。


「ところで野苺、もうそろそろ文化祭の準備を開始しなきゃいけないんだが、なにか文化祭の出し物でしたいものとかあるか?」

「そうですねぇ。ちなみに去年は?」


 それ、一番答えたくないんですけれど。

 文化祭終わりに喧嘩売られたとかね。


「……一番言いにくいことを聞いてくるなぁ」


 俺の答えにきょとんとする野苺。

 うん、普通ならば一番答えやすいことなのは知っている。


「あ、そうなんですか?」

「まあな。櫻が模擬店を企画したが、内容的に生徒会うちの不利にしかならなかったから、結局断念、見回りという裏方に徹した」

「ああ……なるほどっていうか、櫻先輩の出した案に勝った企画を見てみたいなぁ」

「そこまで奇抜じゃないぞ? むしろ、櫻の出した案が少し物足りなかったっていうだけで」

「そうなんですか」


 そう言うととたんに興味なくしたようにする野苺。意外とあっさりしてるんだな。


「だったら、ほかとかぶらなさそうな案だとなにがあるかな……――たとえば演劇とか?」

「ああ、面倒だな」

「え゛。そんな頭ごなしに否定しなくても」


 俺が面倒だなときっぱりと言うと、それで面倒ってどんなものやればいいんですかぁと涙目になる野苺。

 いや、お前が入ったからか知らないけれど、茜さんがここに寄りつかなくなったし、薔さんも用があるとき以外は基本職員室にいるようになった。

 多分、去年の状態なら確実に茜さんや薔さん、そして理事長や笹木野さんまで自発的に参戦することなりそうだが、今年は果たしてどうだろうか。


「否定はしていない。もめたらお前が責任とるなら俺は構わない」

「それ、否定しているのと同じですよね」

「だから否定はしていない」


 俺は否定しない。起こり得る現象を考えると、そう言わざるを得ないけれどな。むぅと頬を膨らます野苺は可愛いが、痛い目に遭えとしか言えない。




「ここにいたか」


 俺と野苺が話していると、なぜか理事長がここにやってきた。


「伍赤、ちょっと理事長室まで来い」


 天孫降臨か。

 少し不謹慎なことを考えていると、お呼び出しがかかったのは俺のようだ。はいはいと頷いて、立ちあがる。

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