第60話 はじまりの謎
食後に流氷さんは送ってくれると言ってくれたが、レストランから学園までは近かったので、一人で歩いて帰った。
少し荷物が重たく、気分も重たかったが、少しだけ日常に戻れることが嬉しかった。
寮に着くと、建物の前に茜さんが待っていた。五位会議があったのにもかかわらず、白衣姿だ。どうやら皆藤邸からとんぼ返りをしていたようだった。
「どうしたんですか、茜さん」
「元気にしてるかなって思って」
勤務中にもかかわらず白昼堂々ここにいるのか尋ねると、いちゃダメ?と可愛らしく首を傾げてくる。この人のこのテンション、あいかわらずだなと思いつつも、元気ですよと答える。
「本当? それにしてはテンション低くない?」
どうやらテンションの低さを疑っているらしい。テンションが高い俺なんてほとんど見たことないだろ。というか、俺自身が見たくない。
「低くありませんよ」
返答に本当と眉を吊りあげる。
「それはどうかしら?」
そう言って近づいてくる茜さん。
へ?と気の抜けたような声を出す俺に構うことなく、ぐいと近づいてきてえいっ☆と言いながら、『それ』を押し当ててくる茜さん。
「……なにやってくれるんですか?」
あのさ、胸はデカけりゃいいっていうもんじゃないよ。しかも白昼堂々、学園の敷地内で。だれかが見てたらどうするんです。なにがあっても俺は責任とれませんよ。
「あら、嬉しくはなかったの?」
押しつけた本人は期待外れとばかりに首を傾げる。
いや、期待外れではないんですがね。
「そりゃ一人の男子高校生としては――――ってなに言わせようとしてるんですか」
チクショウ。彼女の罠に見事に引っかかってしまった。
まさか録音できる装置とか持ってないですヨネ。俺は呆れた顔で茜さんを見ると、なにもしてないわよというアピールなのか、手をひらひらさせる。
「ほらね、でも大丈夫よ?」
彼女はしてやったりと笑みを浮かべるが、俺はその続きの言葉が気になった。
「
どういった意味ですかね、それって。
ジト目で見たが、全然へっちゃらな茜さん。まあ、この人はそこを武器にして生きてきたんだろう。そう思いたい。
「なぁに?」
「……はぁ。あなたっていう人は……――いえ、なんでもですよ。それより茜さん」
しかし、とぼけ方までうまいなぁ。俺も見習わなきゃ。どうしても演技してまーすという感じが出ちゃうんだよな。それより気になっていたこと、流氷さんとのやりとりで気づいたことをちょっと茜さんに言ってみることにした。
「うん?」
「今から話すことは俺の推理ですので、正しくても間違っていても黙って聞いていてください」
そう。あくまでもこれは推測。
俺が話すことは不確実なことが多いって?
仕方ないだろ。なにせこちらも業界裏話を最近になってようやく聞かされてるんだから。
「?……ええ、わかったわ」
茜さんはいったいなんのことだろうと首を傾げている。
「流氷さんから十八年前のことは聞きました。なんで大した実績がないのに伍赤家が五位会議の第三位として迎えいれられたのかという話を。しかし、
そう。
俺が茜さんに聞かせたかったのは茜さん自身に関すること。
薔さんは良くも悪くも純粋だ。茜さんに心酔、
しかし、茜さんはよくわからない。
「あなたはあの人とは似ても似つかない。そればかりかあなたと会った人はおそらくこう記憶する。『皆藤薔に似ている』と。皆藤薔はれっきとした分家筋の人。『だから皆藤茜という人間はおそらくはその姉、もしくはその近縁の人だろう』と」
ふとしたときに見せる表情は似ているような気もするが、だがほんの一瞬のことだ。だから、この人に言われるまではこの人が『彼女』であると考えもしなかった。
ならば、俺以上に茜さんと親しくしていないならば、どうだろうか。
絶対に『真実』にたどり着くことは無理だ。
「あなたもそれを否定はしない。でも、それだと俺に近づいた理由がわからない。せいぜい皆藤薔は伍赤柚太に憧れを抱いているという間接的なもので、その二人のための接点づくりなのではないかという弱いもの。こう粘着質に絡んでくる要素が見当たらない」
「粘着質とは失礼ね」
俺が選んだ単語に茜さんは抗議するが、今この状況を見てほしい。
どう見たって勤務中の養護教諭がこっそり一人の生徒のために保健室を抜けだしているんだよ?
粘着質という言葉以外には当てはまらないと思うけれど。
「でも、事実そうですよね」
俺の確認に押し黙る茜さん。
自分でも心当たりがあったようだ。ちょろいな。
「だとすると残りの可能性は皆藤薔とはまったく
俺も茜さんがあの人の娘という事実を確信したのはつい最近、あの新年会のときだからな。
それまでは皆藤家の内部事情をよく知っているお姉さんというぐらいの推測だった。
「それは断定なの?」
「ええ、そこだけは」
俺はにっこりと笑う。さっきの意趣返しのように見えるが、あまり気づかれていないだろう。
「もちろんそれでもなぜ《十鬼》に入ったのか、そして俺にしつこく絡んでくるという疑問は残ります」
そこが問題なんだよな。
「
指摘にまさか気づいていたのという表情を一瞬した茜さん。しかし、次の瞬間にはどうでしょうという表情に戻っている。
「あら、私は櫻ちゃんにも絡んでいるような気がするけれど?」
「約束された立場っていう部分は認めるんですね」
茜さんはそう言うが、そうではないと確信している。
「いえ、あなたはあの脅迫状事件のときにも櫻に絡むことはなかった。それどころかどこか突き放したような立場をとった」
「……考えすぎじゃないの?」
そうとぼけて言う茜さん。だって、制服着てまでなんて普通はしないよ?
「そうでしょうか?」
俺はあと一歩のところまで茜さんを追い詰めている。
この人は逃げるのか、それとも……――
「そうねぇ……――
「はい?」
茜さんの言葉に思わず聞き返してしまった。
「だから、あなたが考えていること。すべてはそこにつながる」
そうすると俺には永遠にわからないなぁ。でも、なんとかして謎を解き明かしたい気分。
「そうですか」
「またなにか気になったことがあったら言って頂戴。あなたに謎を解いてもらうのは好きだから」
茜さんはそう言ってウィンクする。
「わかりました」
謎を解いてもらうのが好き、かぁ。
だったら解いてやろう。
たとえ今の関係に戻れなくても。
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