第54話 今と昔、君と僕

 首領継承の流れは知っている。小さいときから覚えさせられ、実際に見たことがあるのは櫻のときの一回。そんときは、高校入学とかそういった手続きもあったせいで若干簡略化されたはずだけれど、今回はそういうわけにもいかない。

 まず皆藤家首領による内諾後、新首領としての着物の引き継ぎを本邸で行う。着物を受けとって着用した姿で皆藤邸本邸に参内、五位会議の面々と顔合わせすれば新しい首領として認められる。

 それくらい煩雑だが、だからこそ皆藤家という立場の神聖化、五位会議へのあこがれがある。



 父親の捕縛なんていうかなりインパクトの大きいことを聞いた後、櫻と二人、理事長室から歩いて帰る。予定されていた首領引き継ぎが少し・・早まった、ただそれだけのことなのにもう今までの関係ではいられない。


「ねぇ」

「なんだ」


 寮のわかれ道に置いてあるベンチに腰掛ける。ときどきここでほかの女子生徒たちがしゃべっているのを見かけたことがあるが、使ったことはない。まさか使うことになるとは思ってもいなかった。

 櫻がぽつりと声をかけてきた。次にくる言葉が想像できる。


「早かったね」

「ああ」


 やっぱりか。

 俺はそっと櫻の表情をうかがう。彼女は……悔しい、寂しい、怒り、どれともとれる表情だった。


「あの方がそんなことをするって思ってなかった。ソウはそう思わない?」

「思わないな」


 彼女の疑問にそう断言できる。

 あの人が隠居しだすって言いだしたときから、予感はしていた。そして、実際にそう思わせる発言があのとき以前からもあった。


「情報もあったし、少し気になっていたからな」


 多分、笹木野さんに可能性を示唆されていなくても、俺は多分驚かなかっただろうな。それくらいのことをあの人はやりかねない。


「……そっか」


 相変わらず読めない表情の櫻。俺はただ、櫻の方を見ることができなかった。





 数分の間、俺も櫻もしゃべることがなかったから、もう寮に戻ろうかと腰を上げた瞬間、櫻が不意に問いかけてきた。


「ギュってしてもいい?」


 俺はその答えが出せなかった。いつもならいいぞとすぐに答えれるけれど、もう今は……――


「……――――」

「ほんの少しだけ、一分だけでいい」


 櫻の懇願に折れた。やっぱり昔からコイツに甘い。甘くしてしまう。


「わかった」


 飛びつくように抱きしめる櫻のぬくもりが心地いい。櫻は抱きしめながら喋りかけてくる。


「次にソウに会えるのは向こうでだね」

「ああ、そうだな」


 次に会えるのは皆藤本邸だな。

 そのときは……――――いや、なんでもない。


「そのときは……ううん、なんでもない」


 俺と同じこと思ったようだ。櫻はなにかその続きを言おうか迷ったみたいが、結局やめたようだった。

 それは言わないほうがいいと思う。

 とりかえしというか、引っこみがつかなくなるだろうから。


「……――そうか」


 俺はわかっていないフリをした。最後に櫻の手をつかもうとしたが、うまくつかめない。それは暗かったからか、それとも……――――


「じゃあね、総花君・・・

「バイバイ、櫻」


 寮に入る直前、櫻と俺は挨拶を交わす。

 それは決して特別なものではない。だけれど、俺らにとっては最後・・の挨拶だ。

 櫻と俺、幼なじみとして、決して崩れることのなかった関係の終止符として。





 自室に戻った最低限のものを鞄に詰めた。電車で向かうから荷物は最低限にしておかないとしんどい。


 鞄を持って寮を出たのが夜七時直前。


 近くの駅から出る電車はあるだろうが、乗り換えていくには……無理だな。今日中には着かないか。まあ、時間制限はされていないから少し落ちついて行動したっていいんだけれど。

 そう思っていたのだが、俺の予定は大きく崩れた。


「総花君、乗っていくかい?」


 校門の前に車を横付けしていたのは小萩さんだった。流氷さんに言われたからなのかわからないけれど、どうやら薄まで送っていってくれるようだ。

 トランクに荷物を入れ、助手席に乗りこんだ俺はシートベルトを着用した後、小萩さんに尋ねてみる。


「どういった風の吹き回しですか?」

「流氷殿に言われてな」

「そうでしたか」


 予想通りの解答に安心した。


「とはいっても、一応これでも心配している」

「なにをです?」

「君と櫻ちゃんが壊れないかってね」


 小萩さんは本当に心配してくれたようで、いつもの挑戦的な態度ではない。


「おかげさまで。まあ俺は可能性を考えていたことですし、櫻もおいおいは俺が首領になることをわかってはいたでしょうから、もうこれ以上ぐずることもないでしょう」

「ぐずるって君は」


 からりと笑う小萩さん。


「でも、キミはそう思っていても当の本人の気持ちはわからないんじゃないのかな?」


 幼馴染って案外しぶといものだ。

 そう笑う小萩さんはとても頼りがいのあるお姉さんだった。

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