第44話 言い出しっぺだけれど、責任は……

 四月。

 卯月、陰月いんげつ植月うえづき麦秋ばくしゅう


 なによりも現代日本における年度切り替えの月。


 俺と櫻も無事に高校二年生に進級した。


 今日は新入学の生徒たちとの顔合わせの日で、生徒会長として櫻は壇上にいる。いつもの猫っぽさというか気ままさは消え、去年の師節先輩に負けないくらいの凛とした姿だった。櫻もあの人もオンとオフのときでは全然雰囲気が違うんだよな……茜さんもそうだから、まさか武芸百家の女性の特徴なんだろうか。


『新入生の皆さん、立睿武芸高校に入学おめでとうございます。この高校では一般科、武芸科の二つのコースに分かれて、それぞれ違ったカリキュラムで学びますが、全員、ひとつの屋根の下で暮らすことになります』


 そう始まった言葉に全員が聞き入っている。

 ただの儀式の型通りの言葉なのに、なぜか吸いつけられるものがある。これが一松の首領ということなのだろうか。それともなにか違うものなのだろうか……――


『それではあらためて入学おめでとうございます。三年間、楽しい思い出を作りましょう』


 そう締めくくられた言葉は少しだけ、新入生ではないはずの俺にさえ温かさを残していた。





 顔合わせのあと生徒会室に移動して、つかの間の休息をとっていた。今日は新年度ということで少しだけ書類を書いたりしなきゃいけない。


「綺麗だったな」

「ありがとう」


 櫻にお疲れさんと声をかけると、ありがとうと笑顔で返してくれた。


「お前にしちゃ、緊張してなかったな」


 壇上での櫻は緊張とは無縁のいつも通りの格好だった。


「そう? これでも結構緊張していたんだけれど。総花が見えるところにいてくれたからかな?」


 嬉しいことを言ってくれるじゃねぇかよ。まあ、俺がいたからかどうか定かではないが、緊張しなかったのはよかった。

 櫻とそんなことを暢気に話していると、応接机の上に書類と菓子を並べていく生徒会顧問しょうさんに声をかけられる。俺と櫻、薔さん自身、そしてもう一組。


「ところで、二人とも大事なことを忘れてないよな」

もう・・来るのですか」


 まさか、今日だったのか。俺たちが入ったのは五月だから、もう少し後だと思っていたんだけれど。


「ああ、今回は『力試し』もいらないからな」


 そうか。俺たち、正確にいえば櫻のときは『力試し』という名前の見極めがあったから時間がかかったのか。


「え? もう来るってどういうこと?」


 この中で一人だけ把握していないヤツがいる。

 言ってなかったっけ?


「新しい生徒会役員だ。まさか、一松はなんにも聞いていないのか?」

「? 理事長からはなんにも。って、え、まさか総花は知っていたの?」


 おや、そうだったのか。結構理事長と話しているイメージがあったから俺も薔さんも知っているものだとばかり思っていた。


「知っていたというか……――」

張本人いいだしっぺだな」


 どうこたえるべきか迷ったけれど、先に薔さんに答えを言われてしまった。


「な、なんで、そんなことを?」


 櫻は混乱しているようだった。自分が任命するもんじゃないかと。

 ああ、そうだよ。本当ならお前が任命してしかるべきもんだ。


「お前を驚かせたかった……――というのは冗談だ。多分、お前は絶対に反対する。だから、ちょっとだけお節介をさせてもらったまでだ」

「そんな、私は反対なんてするはず……!」

「ことあるだろ? 現に去年の文化祭のときにも猛反対していた。でも、役員二人じゃきついんだよ。だれかに引き継いでもらわなきゃいけないことだってあるんだし」


 俺の指摘に櫻は声を荒げるが、俺はやんわりと言いかえす。それぐらいの反論できなくてどうする、俺。しかし、言いかえされた櫻はぐうの音も出なかったようで、黙りこむ。


「……―――」

「だから、理事長に頼んでみたらずいぶん軽くオッケーされた」

「はぁ?」


 そこで自分に尋ねるのが筋なんじゃねぇのかとか思ったんだろう。

 俺も思ったからな。


「いや、そこは俺も意外だったけれど、理事長もなにか思うところがあるみたいだ。だから、これはどちらかというと命令に近いんじゃないのか?」

「…………わかった。で、どんな子なの? 総花好み?」


 どうしてそういう流れになるんだよ。薔さんがすごい目で見てくるじゃねぇかよ。


「おいおい。私情というか個人的好みで生徒会役員を選出する人間なんて……いたな」


 いたなぁ。

 師節桐花というすごい人が。


「いたでしょ?」


 櫻と二人して遠い目になったが、すぐに現実に戻る。少なくとも『あれ』は俺の好みではない。


「まあ、だからといって、そうとも限らんぞ?」

「へぇ?」


 すっごい疑いの目で見てくる櫻。いや、まあ、茜さんの件といい、面倒だなぁ。


「はいはい、俺好みじゃないって、証明すればいいんでしょ?」

「うん♪」


 半ばやけくそで言うと、めちゃくちゃ笑顔で同意される。こうなったら……――



「ちわぁーっす!」



 なんてタイミングの悪い。そうこうしているうちに時間が経っていたようだった。櫻はそれまでの満面の笑みをさっと消し、無表情になる。

 ガチ怖い。


「もしかして、彼女?」

「……ああ」

「本当に総花って見境ないね」


 なんか聞き捨てならない言葉が聞こえてきたので、条件反射で違うという。


「失礼な。あくまで彼女の性格しか見てない」

「へぇ」


 あーあ。これは信用してない目だねぇ。


 まあ来てしまったものは仕方ない。

 半修羅場に巻きこまれてしまった薔さんが彼女、三苺野苺を促し、席に座らせた。俺らもギャーギャー言ってても仕方ないので、きちんと正面に向きあう。

 薔さんや櫻が口を開く前に彼女に釘をさしておく。


「最初に一つ、いくら生徒会に勧誘したとはいえ、俺、まだあのときの件については許してないからな」


 その言葉をどう受け取ったのかわからないが、野苺はえへへと笑う。


「そうですかぁ。私はもうソウ兄のことどうでもいいんですけれどぉ」

「そうか。じゃあなにかやらかしてもお前のことをかばうつもりもない」

「わかりましたよぉ。ま、なにかしちゃったら、速攻ソッコーで逃げさせていただきますので、悪しからず☆」

「勝手にしろ」


 よぉうし。本人の言質は取れたから、なにかあったらあらゆる手段を使ってお前という存在を消さしてもらおうっと。


「……やっぱりクーリングオフできない?」


 櫻が隣でぼそりと呟く。でも、ここで引き下がるわけにはいかないんだよ、櫻。今後のお前のためにもな。


「そう言うと思った」

「ここは三番勝負とするか」


 俺が呆れ半分で言うと同時に薔さんが提案をする。


「薔さん!?」

「楽しそうですね」

「いいでしょう」


 なぜだか知らないけれど、張本人たちはノリノリだ。それを見て、薔さんはどうだと言う。


「な、いいだろ? それくらいで片をつけれるなら、大歓迎だ」

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