第35話 流星彗雹

 そうか。二人は付きあっていたな。


 ほんわかした師節先輩は棒術の師節家現首領の長女で、櫻が入学してくるまでは最も武芸科での実技トップ。

 一方の木崎先輩は一般科の人だけれど、たまたま一般科の体育の授業を見た師崎先輩が惚れこんだらしく、その場で生徒会に勧誘し、生徒会業務中にプロポーズしたとかなんとかというヒトだ。



 って、めっちゃ気まず……――



 なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだと思いつつも、そのまま回れ右をするわけにもいかず、並んで食べていた二人の隣に座らせてもらうことにした。

 もうすでに二人は食べ終えているのにもかかわらず、俺の食事を待ってくれている。ありがたいが、少し男として恥ずかしいような。


「そっかぁ。伍赤君と櫻ちゃんは正式な参加者になるのかぁ」


 注文した天ぷらそばを待つ間、話題は五位会議のことになった。どうやら師節先輩は五位会議の参加組とはいっても裏方だったようで、『正式な参加者』である俺に少しだけ羨ましそうな視線を向けてきた。


 そんな羨ましいなんていうほどメリットはないですよ? むしろ、面倒なことにしょっちゅう巻きこまれるので、できればこの地位なんて放棄したいぐらいです。


 どんよりとした雰囲気を察したのか、なにがあったのよと尋ねてくる師節先輩。


今は・・なにもなありませんよ。ですが、これからあの人たちとやりあわなければならないことを考えると、そこまでいい気分にはなりません」

「うんじゃあ、お前はそれを放棄しようとは思わないのか」


 俺の答えを聞いた木崎先輩はそう疑問を投げかけてくる。



「そんなに嫌ならば自ら勘当してもらうなり、破門されるつもりはないのか」



 それには俺も黙らざるをえなかった。全くもって木崎先輩の指摘は『正論』だ。でも、あくまでも『正論』なだけ。


 それは多分、他の人に言ってはいけない『正論』。


「俺だって、できることならばそうしています」

「ええ、そうでしょうね」


 師崎先輩も同意する。この人は次期首領の妹だったから、俺と似たような感覚だろう。俺の代わりに一般科の木崎先輩こいびとに説明する。


「武芸百家についてはいいよね?」

「ああ」

「その武芸百家のうち一松家以外は嫡子相続。方法自体は各家によるけれど、現首領の最初の息子、もしくは娘が継ぐという方法は今までの武家社会とほとんど変わらない。でも、一番大きく変わるもの、それは『強制』なの」


 師崎先輩の説明に眉をしかめ、厳つい顔がより一層険しくなる木崎先輩。そりゃそうだろう。一般人からしてみれば理解できないもの。多分、今まで、中学校までは武芸百家に関わることのなかった木崎先輩からしてみれば、俺たちの生きようは不可思議なものだ。




「あくまでも武芸百家はアウトローな組織。現代日本という国家にはそぐわない組織。だからこそ『家の外に出るのを許さない』のよ」




「……――――!!」


 そうだ。

 師崎先輩の説明に頷かなかったけれど、表情を変えない。それが俺の答え・・だ。


「だから、よっぽど特別な事情、例えば極度の病弱、大罪を犯したというような事情がない限りは外には出られないし、次期首領の座は確約されたもの、いいえ、外れてはならないレールなの」


 彼女の続きに唸る木崎先輩。


「私には兄がいるし、なにより師節は男系家系だから、女の私が口をはさむところはない。でも、伍赤君は現首領の一人っ子だから、彼が首領になるしかないんだよ。彼がもし嫌と思ってても、勝手に逃げようものならば逃げきれることはないし、正式な手順を踏んで逃げる方法もひとつだけあるけれど、それはほぼ確実に命の保証はない・・・・・・・

「そうですね。アレ・・の死亡率はほぼ百パーセントですからね」


 その言葉に俺もひとつだけ方法を思いだすが、生き残る可能性はほぼないと見て正しいだろう。それぐらいアレは過酷だ。推定相続人から離反者が出ないのはそのせいだ。たしか最後の離反者が出たのは九十年ぐらい前だし、最後に成功したのは二百年以上前、いや三百年前だったはず。だれでもが簡単にできるものではないのは明らか。

 俺たち二人のやり取りに木崎先輩は脂汗を浮かべている。この人はバリバリの体育会系、陸上部だったはずだけれど、それ以上の過酷さを知ったからだろうな。


「……すまない、伍赤」

「いいえ、誰だって最初はそう思いますから」


 たまたま俺らはそう言った環境で育っていただけですよ。

 その言葉にそうかと脱力した木崎先輩は水を飲み干す。


「ところで、木崎先輩はここにはなにをしに? 裏方といえども、百家以外は立ち入り禁止じゃありませんでしたっけ」

「ああ、やっぱりそう思うよね。理事長からは許可とってあるんだけれど、一応私も本家の人間だし、五位会議でのお披露目が必要らしくってさ」


 ああ、なるほど。そのために木崎先輩も来る必要があったんだ。

 ちなみに後継者はその道から外れることはできないという言いかたをしたけれど、師節先輩の場合には本人も言っていた通り、後継者にはなり得ない。だから、ある程度自由な恋愛の保障もされるし、順調に進めば結婚後には師節家から外れることになるだろう。


「伍赤君も櫻ちゃんも自由に恋愛できないんだっけ?」

「……そうなりますね」


 この人は俺たちの幼馴染から少しだけこじれた関係を知らないはずだ。なのにもかかわらず、俺は一瞬『俺と櫻が付きあうことができないのか』という質問だととらえてしまった。

 でも、まあ師節先輩の言葉は正しい。互いに恋愛できたとしても、武芸百家に理解のある一般人か、伍赤家の縁者、もしくは武芸百家の利益のことを考えると『表』すなわち政財界、文字通り日本を支えている人間の縁者ぐらいしか認められないだろう。

 互いに互いを選ぶという選択肢はそもそもないというだけ。


「桐花、そろそろ時間大丈夫か」

「……そうだった」


 これから先に皆藤家の長に正式に・・・報告に上がるという。


「気をつけていってきてください」

「うん、そうするわ」


 俺の真意に気づいているのだろう。にっこりと笑って手を振る師崎先輩はどこか緊張している。





 嵐が去っていった後、少し伸びかけていたそばを啜る。寮生活ではあまり麺類やてんぷら類を食べないせいか、はじめて食べる味なのに懐かしく感じてしまった。


 食事を終え、代金を支払って外に出ると、さっきよりも少しだけ晴れていた。この先、全く見えない先だけれども、今だけは光で照らされている道を歩こう。

 そう詩人的なことを考えて、宿に戻った。

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