第29話 変態兄貴と俺と櫻と

「やっぱり君だったんだね」


 なんか運命感じちゃうな、僕。


 目の前の変態兄貴殿に俺は一気にやる気が失せる。審判の薔さんでさえも心なしか引いてないか。


紫鞍しくらさん、あなたたちはなぜ櫻を連れ戻したいのですか?」


 榎木さんは多分、目的を言わない。あの人のことだ。のらりくらり躱して去っていく。だから崖から突き落とされようとも、トラップに嵌まったときに助けようとするどころかさらに巧妙な罠を仕掛けて逃げていきやがった人だけれど、それでもなにかしらヒントを残していく人だ。


 だから、できればこの戦いでそれを知りたい。


「そうだっねぇ」


 スタッカートをきかせながらその人は考えこむ。多分、自分の家、榎木さんと俺、櫻、そして皆藤家、どちらを取るかで迷っているのだろう。しかしなぜだ。目の前の変態に引きながらも薔さんが俺に向けてくる圧がすごいんだけれど。



「じゃあ、こうしよう」



 紫鞍さんは俺の首元に手刀を突きつける。まだ試合は始まっていないから、これはカウントされないはずだ。


「勝負で総花君が勝てば教えてあげる。そのかわりに君が負けた場合にはさ……――」


 そう言って俺の耳元であることを囁く。




 その条件、乗った。




 俺はその条件にやる気が出た。

 正確に言うとる気が出た。


 ふざけたことヌかしてんじゃねぇ。思いきり目の前の人のあちこちを殴りたくなったが、さすがにレギュレーション違反で一発退場になる。そもそも後がない以上、負ける可能性だけは避けきれないけれど、一発退場だけは避けたい。


 だから、精いっぱいの悪意をこめて紫鞍さんを見る。多分、位置的には櫻には見えてないだろう。それだけはよかったとしか言いようがない。

 憎悪の視線に紫鞍さんはやるじゃん、総花くぅんと笑う。どこかで聞いたことのあるような言いかただったけれど、今はそんなことを考えてられる余裕はない。


「試合はじめてください」


 俺の催促にわかったと頷く薔さん。


「では、構え」


 その言葉で紫鞍さんは腕を前に出して構える。俺も腰にぶら下げていた鞘から抜きだし、右側を手前に左側を下にしておく。


「はじめ!」


 薔さんの合図とともに動きだした紫鞍さん。この人はなにをしたいのだろうか。近づいたら俺に斬り殺されるのわかっているのに。

 でも、それはフェイントだろう。それに対して背後への警戒を怠らないが、その一方でこちらからも仕掛ける。


 一段目。

 こっそりと持っていた撒菱まきびしを正面にばらまく。こちらは陽動作戦なので、紫鞍さんに見つかっても問題ない、というか、できればそちらに気をとられておいてもらいたい。もちろんそれを越えてくるということは想定済みであり、案の定、この人は撒菱を踏みながら・・・・・こちらに向かってくる。


 ちなみにこの撒菱、今回のレギュレーションには違反していない。さっきの苺の大鉈と同じ扱いだろうな。


『主力は各家のお家芸』とされているだけで戦闘方法自体は制限されていない。薔さんからも止めに入る気配は見られないので、撒菱や多少の暗器は大丈夫なようだ。


「おいおい、物騒なものはしまって頂戴ちょおだいよ」


 紫鞍さんが早速げんなりした顔で言うが、俺としては上々の出だしだ。撒きおえると今度はなにも言わずに双刀を地面にたたきつけるようにして振りまわす。


 二段目だ。


「なにやってんの、総花君?」


 外野ではただ俺が遊んでいるだけに見えるだろうな。茜さんがちょっとと叫ぶが俺は気にしない。


「さぁて、どんな攻撃を仕掛けてくれるんでしょうね?」


 俺が今、対峙している目の前の人もなんだか楽しそうだ。そう来なくてはな。この人は自分が楽しければ楽しいほど燃える人だ。


 そして、策に溺れる・・・・・人だ。


 さあ、なんで俺がこの人を嫌いになっても、この人と遊んできたのか知らしめようか。

 紫鞍さんは撒菱を越えた先、すなわち俺の近くまできながらも刀の先、俺には手を出せていない。頃合いを見計らって適当に・・・振りまわしていた双刀を宙にあげて、紫鞍さんに自分から近づく。


「……――――!!」


 驚いただろう。いきなり得物を離した俺が体術の大家、一松家の人間に近づくなんて。

 当然、そんなのは罠なんだよ。

 紫鞍さんに最接近する直前、弧を描いて宙を舞っていた双刀が逆向きに俺の手へすっぽりと収まる。そして、紫鞍さんの手元をかいくぐって俺は彼の背中に刃を突きたてる。




「勝負あり」



 緊迫した空気が薔さんの声で解ける。

 俺も今まで気を張っていたようだ。肩の力を抜く。負けた側の紫鞍さんはやれやれと肩をすくめるが、そこまで俺に負けて悔しいという表情ではない。一礼して観客席に戻ろうとするが、紫鞍さんに呼びとめられる。


「一松の中に裏切り者がいるぞ」


 耳元で囁かれた言葉に俺はそうですかと納得する。どうやらそいつのせいで櫻は連れ戻されようとしているようだ。


 そんなことは絶対に許してはいけない。


 俺は心の中で固く誓う。




 観客席に戻った俺を出迎えたのは櫻だった。茜さんは四戦目に出場するためにすでに中央に進んでいる。どうやら戦いの相手は榎木さんだった。


「ねえ、総花」

「なんだ」

「最後、あの人となに話していたの?」


 どうやら紫鞍さんとの会話に気づいていたようだ。


「ヒントをもらっていただけだ」

「ヒント?」

「ああ、この茶番の理由のな。でも、イマイチ理解できんかった」


 本当はすべて伝えたかったけれど、それをすべて伝えるわけにはいかない。多分伝えたが最後、コイツはすっ飛んでいくだろうから。

 だから俺はお前をとどめておくために嘘をつく。


「そう」


 櫻は俺の嘘をすんなりと信じたようだった。すまないな。でも、多分これが最善なんだ。


「…………はやい」


 櫻の呟きに顔を上げると、もう勝負がついたようだった。榎木さんの足元に鎖鎌が引っかかり、正面には鉄扇を突きつけられている。


 開始から一分も経ってない。これを瞬殺というんだろう。


 皆藤家はなんでもござれだから確か使用制限がついていたはずだったが、それさえものともしない茜さんにさすがは《十鬼》の一員だと感心してしまった。


「じゃあ、行こうか」

「ああ」


 櫻の声に頷く。多分、紫鞍さんのヒントが正しければ相手は榎木さんと紫鞍さん。


「お前たちか」


 隣の少女と同じ姿の青年から冷たい声を浴びせられるが、動じない俺ら。


「構え」


 最終戦――二勝二敗で張りつめた空気の中、合図をだす薔さん。理事長と茜さんと戦ったときと違って櫻とは打ち合わせをしてないからどう転ぶかわからないが、まあなんとかなるだろ。

 そう思って双刀の片割れ、左手側を上に構える。


「はじめ!」

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