ライブハウス

 何となく落ち着かない感じの僕は窓の外を眺めている。

「この店は何の店なの。喫茶店でもないようだし」

「サンドイッチ屋」

 ライブの前に軽く食べたほうがいいからと、紺のハイソックスに半ば強制的に連れてこられた。

「もともとはパン屋さんだったらしいよ。店の入口にテイクアウトあったでしょう」

「詳しいんだね」

「電話かけてくる」

 僕はそう言ってトイレのほうに歩いていく。

「それでフィルムの話はどうなったの」

「それが一言も言わないんだ」

「そうなの」

「ライブはどこに行くの」

「近くみたい、詳しい場所はわからない。ライブハウス」

「何時から」

「ごめん、ちゃんと見てないんだ」

「まあいいけど」

「夕飯は」

「今サンドイッチ屋にいるから」

「最近できたところでしょう」

「そうなのかな」

「そうよ、あたしも行ってみたかったの」

「ライブするのは黒マントの人」

「わからない、フライヤー配ってただけだからね」

「今フライヤーは持ってないの」

「テーブルに置いてきちゃった」

「あとでまた電話して。もっと詳しく知りたい」

 紺のハイソックスが僕のほうに向かって歩いてくる。

「トイレですか」

「電話はしたの」


 僕はハイソックスの後について歩いていく。この辺はよく歩いている場所なんだけど、ライブハウスなんてあったかな。ハイソックスは人気のない路地に入っていく。薄暗くビルの壁に圧迫される。

「押しつぶされそう」ハイソックスがひとりごとのようにつぶやく。路地を抜けて、少し広い通りに出たけれど、人気のなさと薄暗さはさほど変わりない。ハイソックスの少し先にタバコを吸っている若い男が見える。ハイソックスはその男と軽いあいさつをした後そこに止まってタバコを吸い始めた。そして僕にもタバコをすすめる。

「やめたんだ」

「いいじゃない、付き合いなさいよ」

 若い男は冷めた目で僕たちを見ている。そしてタバコを消して地下に向かう階段を下りていく。

「知り合い」

「全然」

 階段の入口の上の看板がじんわりと光っている。ライブハウスはこの下なのか。僕は久しぶりに吸ったタバコの煙を吐きだした。やっぱりメンソールなんだよね。苦手だな。

「奥さんのせい、タバコ」

「違うよ」

「あいつは家では吸わないけど、職場では吸ってるみたい」

「そう、家では吸わないの」

「やめたのはお金がなくてね」


「時間早かったのかな。誰も並んでないよ」

「こんなもんじゃないの。別にプロがやるわけじゃないし」

「それにもう開場の時間は過ぎたから中に入ってるんだよ」

「そうなの」僕はハイソックスの持っていたチラシをのぞき込んだ。

「OPENの時間書いてあるでしょう」

 そうか、たしかにもう過ぎている。

「それじゃ、STARTの時間にはじまるってこと」

「そうだね、多分」

 階段を下りると通路に出た。僕は人気のない通路の奥を見ている。あのドアのところが入口なのかな。ハイソックスは僕の前をスタスタと歩いてそのドアのほうに向かっている。そして、ドアのところで立ち止まって僕のほうを見た。グズグズするなとでも言いたげに。僕がドアのところに着くと、ハイソックスは勢いよくドアを開けた。

 かなり狭いホールに受付カウンターがあり。若い女の子がすわっていて、僕たちに微笑みかける。

「どのバンドの関係ですか」

 僕は何と答えていいのかわからなかったのでハイソックスのほうを見た。ハイソックスはじっと黙ったまま。受付の女の子が不安そうに僕たちを見ている。

「これをもらったので来たんですが。ここでいいんですよね」僕はハイソックスが持っていたチラシをむしり取って、女の子に見せた。

「はい。フライヤーですね」

「どんな人が配ってました」

「とんがり帽子に黒マント」

「わかりました」

「当日扱いになりますけど、いいですか」

「はい」僕は事情がよくわからなかったけれどそう答えた。するとハイソックスがお金を女の子の前に置いた。

「ちょうどですね。チケットとドリンクチケットです」そう言って女の子は紙の束を二つハイソックスに渡した。そして分厚いドアを開けて中に入っていく。ドアを開けると轟音が漏れてきた。


「ハイソックス、帰っちゃったね」

「今日も言わなかったの、カメラの件」

「人違いだってわかったんじゃないの」

「でもあなたのこと見張ってたんでしょう」

「意味不明だよね」

 僕とあいつは、家の近くのファミレスにいる。ライブを見ていたら誰かがぼくの肩をたたいて、振り返るとあいつがいた。

「仕事が早く終わって、美咲に電話したらあそこじゃないかって」

「ストリートで歌ってる子」

「そう。でも今日は来れないって」

 あいつは僕が貰ったチラシをチラチラ眺めている。

「フライヤーっていうんだよ。チラシじゃなくて」

「そうなんだ」

 僕はとんがり帽子の女の子にライブハウスで渡されたフライヤーをながめている。

「ギター弾いてた子でしょ。あなたのこと覚えてたみたいだね」

「そうみたい」

「前もって連絡しておくと前売り扱いで安く入れるみたい」

「フェアリー・テールなんて女の子らしいね」

「バンド名」

「その割には激しい感じだったけど」

「そうかなあ」

 あいつは美味そうにシーフード・ドリアを口に運んでいる。

「あなたは食べなくていいの」

「ハイソックスとサンドイッチ屋に行ったから」

「サンドイッチ屋」

「いい感じの店だったよ」

「今度連れてってね」あいつがうれしそうに笑った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る