ハイソックスの女
街の中を歩きながら僕は無意識に黒マントを探している。意識してるじゃないか。いや、違うんだ。探しているときは無意識なんだ。そう僕は無意識に黒マントを探している僕を意識する。気がつくと僕は無意識に黒マントを探していた。そんなところだろうか。
黒マントとミニスカートに紺のハイソックスの女性が同一人物であることは僕の中ではすでに却下されている。ただ二人に何らかの関係があるという疑惑を否定しきれない。
「昔映画で見たことがあるんだよね。似たような話」
あいつは素麺をすすりながらぼくに言う。水でササッと洗うとすぐ食べられる麺。スーパーで半額になったものを買ってきたようだ。今日はカレーだったのに。
「どんな話」
二人分の麺は、均等に分けると物足りない感じ。でも一人で全部食べるには量が多い。あいつは少しだけぼくにくれた。
「それがね、よくわからないのよ。ミステリーっぽいけど」
僕はあいつが分けてくれた素麺にカレーをかける。
「今日カレーだったの」
驚いたようにあいつが言う。匂いでわかると思うんだけど。
「ミニスカートの女性がカメラマンを追いかけてきて公園で撮られた写真のネガを渡せっていうの」
まるで同じじゃない。僕は写真なんて取ってないけど。
「ケータイでも撮らなかったの」
「撮ってないよ」
素麺を食べてしまった僕はジャーのところに行ってご飯を追加する。
「それにあの人が欲しがっているのはネガだし」
「デジタルじゃないんだ」
「あたしも食べようかな」
あいつはカレーを食べているぼくを見ている。
「今日はよしたほうがいいんじゃない」
「そうだね」
「明日の朝食べなよ」
しばらくぶりの公園の散歩。今日は天気がいい。ここのところあまり天気が良くなかったからね。でもそれは日課を休む理由にはならない。ちょっとした言いわけ。問題のすり替え。
それでも黒マントのことはずっと気になっていた。ただ紺のハイソックスには会いたくなかった。
「もし今度言われたらこれ見せるといいよ」
あいつが黒いケースに入ったカメラを僕に見せた。
「フィルム式カメラだよ」
「フィルムをセットしてあるから」
「その人の前でカメラを開けて、フィルムを引きだしちゃえば」
「納得するかな」
「それはその人しだいだね」
「写真は撮ってあるの」
「そうだね。撮った方がいいよね」
そう言ってあいつは写真を撮りはじめた。そもそも僕はフィルム式カメラなんて持ってないし、そんなことをしたら写真を撮っていたことを認めてしまうことにならないのか。
そんなものはないと突っぱねたほうがいいように僕には思えた。
公園のベンチにすわってコンビニで買ったのり弁を食べながら、僕は僕を見ている視線を感じている。紺のハイソックスか。
弁当を食べ終わった僕は、ビニール袋を下げて歩きはじめる。やはりいつもと違って落ち着かない。出てくるなら早く出てきてくれないかな紺のハイソックス。その時は僕には何の関わりもないとビシッと言ってやるんだ。そんな時僕は公園の入口あたりにいる黒マントを見つけた。何やらビラのようなものを配っている。
僕は公園の近くの古びたビルの一室に案内される。ビルの入口で僕らを待ち構えていた人たちはやたら愛想がよく笑顔で僕たちを招き入れた。部屋に入ると部屋いっぱいにパイプいすが置かれ、壁には大判模造紙に書かれたグラフが貼られている。棒グラフ、折れ線グラフ、円グラフなどグラフの種類は様々だ。油性のマジックを使った明らかに手書きのグラフ。正面には白衣を着た人が何人かウロウロしている。人を不安にさせるような笑顔が、集まった人たちを威嚇しているようにも見える。チラシを持って椅子にすわっている人はほとんど老人。一様にレジ袋を膝の上にのせている。
明らかにまずいところに入ってしまったと気づいて部屋を出ようとすると、笑顔の人たちが出口をがっちりガードしている。
「あなた、何やってるの」
誰かが僕の手をつかんで出口のほうに僕をひっぱっていく。そして僕の持っていたチラシを出口をガードしていた人たちに見せると、勢いをつけて部屋の外に出た。そして人のあいだをすり抜けるようにビルを出ていく。
「ありがとう」
公園の入口まで来て一息ついたところで、僕は紺のハイソックスに礼を言った。
「あのチラシは効果があったね」
「効果なんてないよ。相手のスキをついただけ」
「あなたが間違ったのは事実だけど」
僕は自分の持っているチラシを見た。ライブのフライヤーだ。そうか黒マントの女の子からもらったんだ。
「あのビルに入っていった人たちが持っていたのは別のチラシ」
内容も確認しないまま僕は人の波に飲みこまれていた。
「飲みこまれるような波じゃなかったけどね」
僕は黒マントのいる公園の入口のほうに歩いていく。誰かが僕のあとを追ってきていることは感じていた。多分紺のハイソックスだろう。僕は黒マントに近づいていきチラシを受け取る。そして僕はできるだけ自然にとんがり帽子の下の顔をのぞきこんだ。髪の毛で半分かくれてはいたけれど女の子のようだった。メガネもかけていない。
「それはあなたの願望なんじゃないの」
「たしかにあの身長と体形を考えると女の子の可能性が高いと思うけど」
「でも絶対じゃない」
紺のハイソックスの女は僕が受け取ったフライヤーを見ながら話している。僕は僕の願望というところは否定しない。僕の思い込みかもしれないということも否定しない。そして僕が実際に見たという事実も否定しない。
「行ってみる」
「どこに」
「ライブ。今日みたいだよ」
「でも夜だよね」
「別にいいじゃない。どうせ暇なんでしょう」
紺のハイソックスの女は僕のことをそれなりに調べている様子。それなら僕に嫁がいることも知っているはずだ。それに紺のハイソックスが僕に近づいてきた理由は明らかに言いがかりだし。僕が紺のハイソックスとライブに行く理由なんてどこにもない。それよりも僕に対する誤解を解かなくちゃ。
「別に貰ったフライヤーが気になったから行くってことにすればいいじゃない」
「それなら奥さんにも言えるでしょう」
「たまたま私も興味があっただけ」
「電話一本で済むんだもの」
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