ダンジョンマスター豚野郎

アラジン

第1話  プロローグ


人間は生まれながらに不平等だ。

美少女に生まれるだけで、人生はかなり有利になると思う。

事あるごとにちやほやされて、優しくされたり奢ってもらえたりすることだろう。

美少女になったことなんてないから知らんけど。

イケメンだったり、家庭環境が良かったり、ただ優れた部分があるというだけでも有利だけど、例えそうじゃなくても――悪いところが少ない、ということが有利だと思う。

2歳で親父の折檻により右腕を骨折した。そして、3歳で交通事故に遭い、右足を骨折した。

大人になった今、考えればひどい仕打ちだと思う。

2歳の子供に乱暴するとか、3歳の子供を外に放置するとか、近年まず見ない。

つまり、俺の親はあんまりよくなかった……。

けれど俺は、幼稚園や小学校で、やけに誇らしかったのを覚えている。

骨折したことのある子なんて、そうそういないから。

腕の手術痕が、不自由な足が、自分が特別な気がして、自慢げにまわりに見せていたのを覚えている。

親を恨んでなんかいなかった、むしろ俺は喜んでいたのだ。

哀れだよ……。

今、40歳も半ばに差し掛かり、親を恨んでいる。いや、人生を恨んでいるのかもしれない。

曲がった腕に苦労する度、「なんで俺がこんな苦労を……」って思う。

足の長さの違いで骨盤のずれがひどく、腰痛で悩まされる度、人生における幸せを諦めたくなる。

いつの間にか親父にうつされた水虫は、しつこく治らず酷く痒い。

水虫の原因、白癬菌が耳の中まで感染して、慢性の外耳炎となった痒みも日々のストレスとなる。

顔が良い訳でも、背が高い訳でもなく、女性にフラれたことしかない。


どんな気持ちだろう、好きな人と付き合えていた人達は。


どんな気持ちだろう、水虫に悩まない人生を生きてきた人達は。


その人生の差は、どんなものだろう?


好きでもない女を抱き、ケジラミとクラミジアをうつされたあげく、金まで盗まれる人生を、何人の人が歩んでいるのだろう?

人生の不幸は俺のせいなのか? 俺が努力しなかったせいなのか?

ちょっと他の人と不公平すぎるんじゃないか? そりゃもちろん、五体不満足でも幸せな人だっているだろう。

でも、差があるんじゃないか? そういう人は逆に周りが優しかったりあるんじゃないか? 

俺を見て、優しくしてくれた誰かはいただろうか? 

よく行く蕎麦屋のおばちゃんは、天ぷらをひとつ多めに乗せてくれたけど……。

必死に生きて、頭は剥げて、腹は出て、いつしか人に会いたくなくなった……。

ハードだよ人生は、いじめだよ人生は……。怪我も病気もブサイクも、いったい誰が望む?

次々とストレスを振りかけてくるじゃないか。

そりゃ引き籠りますよ、キャラクリエイトが自由で、理想でいられて、認め合える仲間が見つかって――、そんなゲームが楽しいって当たり前じゃないか……。

きっと神はドSだろ。どんなにひどい運営のゲームだって、ヒールで怪我が治る世界を作るっていうのに、何でこんなに、何でこれほど、生きるのが辛いんだよ……。


つまり、何が言いたいかというと、今、歯がとても痛いんだ。

めっちゃ痛い、歯医者は行きたくない……。

神が全能者なら、好きなキャラクリで自分を作らせてくれよっ。

水虫や虫歯なんていやらしい病気もなく、怪我だってヒールで治せて、そんな世界も作れたはずじゃろ。

性格悪いだろ、わざわざ細かい嫌がらせのような病気を創って、不満のあるアバターに、記憶は0から始める人間生活なんて。

誰かの言う通り、人生なんて――まさにクソゲーじゃん!


「はい、そこまでだ豚野郎。神を罵るんじゃないよ。この引き籠りの無職豚が」


出た……、神、たぶん。

高校生ならここで『異世界転生じゃろ?ひゃっほーい』って言うんでしょ? 

でもね、人生の辛酸浴びてきた中年豚なめんなよこのやろー。

デリヘル嬢なんだろ?


もみもみもみもみ………………。


さわさわさわさわ………………。


7秒でやめた……、真顔、無言、マジ怖いから……。


「死にさらせ! この豚がっ! 永久豚箱行きだっ!!」


強烈なボディブローを食らい、俺は膝をついてしまった。

そして――、膝をついたそこはもう、俺の汚部屋ではなかった。


綺麗なグレーのカーペットが敷かれた床、6m四方ほどの薄暗い部屋。

這いつくばりながらも顔を上げ、部屋の様子を窺った。

正面に見える壁には大型モニター。そしてL字のカウンターテーブルが正面の壁から右の壁まで続いている。

大きくどっしりとしたマッサージチェアのような椅子がひとつ、カウンターテーブルに合わせて置かれている。

俺の背後にドアがひとつ。


とりあえず部屋はいい。差し当たって危険もなさそうだから。

けれど、目に映る、この視界のすぐ先に映りこむ物体は……。

非常に厄介な問題だ。

予想はつく、予想はつくが――、嫌だ。

両目のすぐ先に見える物体を手で触ってみる。あれ、手指もおかしい、ずんぐりとごついし、爪は桜の花びらのように先で二つに割れている。

そして――、やっぱり鼻だった。いや、鼻と口だ。

手に触れる物体は、豚の鼻と口であろう感じのもので、顔から突き出していた。

ないわー……、マジあの神ないわー……、豚野郎って言いながら豚にしやがった!


ふぅ………………。


溜息を一つついて、俺は部屋のチェックに入る。

おじさんはね、40歳も半ばを過ぎた引き籠りおじさんはね、人生の問題を棚上げにする術を知っているんだよ。

正面のテーブルの上には、ファイルが一つと分厚い冊子が一つ置いてあった。

それと、キーボードとマウス。

右の壁につながるテーブル上には、おそらくデスクトップ本体と14インチほどの大きめのタブレットがスタンドに立て掛けられている。

まずはファイルを開いてみる。そこには注意事項が書いてあった。


《ダンジョンマスターへの注意事項》

・ダンジョンマスターの魂はダンジョンコア内部に保管されております。

 コアの破損には充分お気をつけください。

・ダンジョンマスターはコアの力が及ばない範囲、すなわちダンジョン外部へ出る

 ことはできません。防衛は充分に行ってください。

・DP(ダンジョンポイント)がマイナスになった場合、既存のダンジョン施設、

 設備等が自動的にDPへと還元されます。その中にはダンジョンマスター本体や

 コアも含まれますので、DP管理は充分な余裕を持って行ってください。

・ダンジョンコア、コアルームの詳しい使用方法は、別冊の取扱い説明書、もしくは

 電子版取扱い説明書をご利用ください。


何も言うまい。とりあえず分厚い冊子が説明書ということだね。

注意事項を読みながら、右側にあるパソコン本体に近寄り、内部を覗き込む。

この本体は、片側サイドがガラスケースのようになっていて、まるで自作水冷パソコンのように綺麗だった。

中央に球が嵌っており、青、紫、緑と色を変化させながら、ゆっくりと鼓動のように明滅し光っている。おそらくこの球がダンジョンコアなのだろう。

コアには何本か透明なパイプが接続されていて、液体を循環させているように見える。

液体も仄かに光っていて、内部のブラックボックスへ入っては色を変え、また別のボックスや管へと流れていく。それはとても幻想的だった。

見ていて飽きないインテリアみたいだ。


椅子に腰を下ろすと、100kg以上あるはずの体をしっかりと包み込み、とても安定感がある。何度もデスクチェアを壊してきた俺の、人生最高と言っていい座り心地だ。

肘掛の外側についているボタンを押すと、格納されていたリモコンが開き、リクライニングやマッサージなどを行える。

引き籠る部屋としては全然悪くない。良い、むしろ良いよ。

で、あとはパソコン(と思われるもの)とタブレット(たぶん)のチェックをする。

マウスを握ると、黒かった画面に『ようこそ』の白文字が出て、それが消えると3Dスケルトンのダンジョンマップが表示された。

タブレットも、画面に触れると液晶画面が点灯し、同様の表示がされる。

おそらく同期状態の別デバイスということなのだと思う。

ダンジョンのマップでは、このコアルームと、隣接して同じ大きさの部屋がひとつある。

表示ではcore roomとroom 1と書かれている。


説明書を読まなくても、ある程度は操作できそうだったので、とりあえず、右のサイドバーからメニューを見つけ、クリックする。

一覧が現れる。


《メニュー》

 ダンジョンメニュー

 ショッピング

 デリバリー

 ミュージック

 ゲーム

 ブック

 ムービー

 ツール

 ヘルプ


えぇー……良いよ!? 全然引き籠れるよ?

まずはショッピングを見てみる。色々いるから、引き籠るには。

迷わずショッピングをクリック。

使い慣れたネット通販タイプで、カテゴリから選べるし検索機能もついている。

ざっと生活必需品や食品の品揃え、値段をチェックしてみたけれど、日本と変わらないようだった。おそらく100DP=100円と思われる。

カテゴリにモンスターや罠といった単語も見えたので、ダンジョン設備もここから買い揃えられるのだと思う。

試しにスライムで検索をかけてみると、様々なスライムが表示される。

安めの値段だと、1匹980DP。

俺、所持金いくら持ってるんだろう?


画面下のツールバー内にDP1000てあるのは気付いていた……。

気付いていたけど、総所持金、いや所持DPとは思いたくなかった。

やっぱりこれが所持DPなのかな……。

嘘でしょ? 何なんあの神っ、1000て、いやいや……、1000って! 無理でしょ……。

45歳で資産1000円で暮らし始めるの? あり得なくない?


「ちょー意地悪じゃんっ!」


早急にダンジョンを防衛しなきゃならないし、生活空間も整えなきゃならない。

トイレもないしティッシュもない、水もないし、ご飯だって食べなきゃならない。

1000DPじゃ何も出来ない。

いや……、できる、か。

煙草吸おう、煙草吸いたい、煙草はいつも必要。

これは総所持額の確認でもあるし、ショッピング機能の確認でもあるのだ。

吸い慣れた煙草(560DP)、ライター(100DP)、灰皿(200DP)、缶コーヒー(120DP)、トータル980DPのお買い物、送料無料。

どうやって出てくるのだろうと部屋を見回してみるが変化はない。

室内をうろうろ探索していると、ピンポーンとチャイムが鳴った。

ドアを開けてみれば、配達員が箱を持って立っている。


「お届け物です」


繋ぎの制服にキャップを目深に被り、目元は陰になって見えない。

肌は灰色がかって不健康そうな紫の唇を引き立てている。

礼を言って箱を受け取りサインをすると、彼は実態が薄くなって消えてしまった。

その際見えたroom 1が気になり、そちらで煙草を吸おうと思う。

部屋のチェックもしたいし、core roomには窓も換気扇もなさそうだから。

タブレットと段ボール箱を持ってroom 1へ移動する。

room 1は、岩を削り掘ったような四角い洞窟だった。

ドアを出て正面は、外に通じる入り口となっている。両脇に僅かな岩壁を備えて、アーチ状の大きな口が明かりを取り込んでいた。

俺はドアを出て、すぐ左の壁に背を預けて座り込む。

段ボールを開けて煙草とコーヒーで一服する。

煙草を吸いながら、少し落ち着いて思案する。


状況は些か異常ではあるけれど、引き籠り生活の可能性は大いに秘めている。

なんたって憧れのダンジョンオーナーだ。しかも面倒なご近所付き合いや自治会もない。月々の積立金や管理費なんかも徴収されることはなさそうだ。

税金や年金もないなら、むしろ日本で引き籠るよりずっと自由で気楽ではないか?

神はもしかして良い奴だったんじゃないか? ツンデレか?

タブレットを目的なく弄る。

《メニュー》デリバリーから食事カテゴリ。

ピザ、寿司、弁当といった定番から、中華専門、唐揚げ専門、焼き鳥専門等、美味しそうな品揃えが満載だ。

デリバリーにその他カテゴリもある。

もしやと思って見てみた。ある! あったよ! デリバリーヘル!


「いや、ヘルって! 略したらデリヘルだけどもっ! ヘルって何だよっ、地獄来ちゃうよっ、何で地獄呼ぶんだよっ! 『ス』大事だろっ『ス』っ!」


そんな俺の明晰な思考の途中、入り口の明かりを数人の人影が遮った。

瞬間的にやばいっと思い立ち上がる。

core roomへ咄嗟に戻ろうと考えるが、大きな声に固まってしまう。


「動くなっ!」


「変な服を着たオークだと? 何だあいつは? ここは特殊なダンジョンなのか?」


やばいやばいやばい――死ぬ。

焦りながらもタブレットに視線を移すと、マップ内に敵性反応っぽい赤点。

ピンチアウトで拡大表示してみれば、赤い点は6つ。そして点の上部にはそれぞれのLv表示がされている。


6人全員――、Lv999。


死んだだろ、殺されるだろ、豚野郎は……。


思った瞬間、デリバリーヘルをタップ! 選んだコースはクロスカーニバル!


ザンッ! ザンッ! ザンッ! ザンッ! ザンッ! ザンッ!

洞窟に入り込んできた6人の周囲を、地面から飛び出した大きな黒い十字架が取り囲む。

十字架には黒い鎖が巻き付いていて、その鎖が6人へと伸び、巻き付き、捕らえ、引きずり寄せる。

あっという間に6人を張り付けた十字架がそこに佇む。


「この度は、ご注文頂き誠にありがとうございます」


いつの間にか俺の隣には男が立っていた。

黒いスーツをビシッと着こなした、鋭い眼をした男だった。


「マネージャーのDと申します。当店のクロスカーニバルは60分25000DPとなっておりまして、すでにお客様のお口座から引き落としさせて頂いております。クロスカーニバルはどの様な敵も能力を封じ込め、赤子の如くにして拘束を行います。また致死を防ぐため回復し、決して敵を殺さぬ状態を維持し続けます。どのような拷問も自由に行って頂けます。ご延長の際は終了時刻までに申請頂ければ、60分同額でご延長可能でございます。また便利な自動延長も御座いますので、宜しければご利用くださいませ」


男はそう説明を行うと、ニヤリと笑みを浮かべて、そして消えていった。


豚はグビリと缶コーヒーを呷って、煙草に火をつける。

俺の残DPは20しかなかったはずだ……。

タブレットで確認してみると、DPが3万を超えていた。

考えるに、侵入者が来たことで一人当たり1万DPほど入ったのではなかろうか。

すると……、もし2時間以内に同侵入者から再びDPが6万ほど入ったならば――、勝てる!


そして――、実際1時間後には6万DPが入った。

豚野郎は最強の防衛と、6万/時の不労所得を手に入れてしまった。

おまけに――、くっころ女騎士、お人好し聖女、男勝りな格闘家、ちびっ子魔女、無口なエルフ、男の娘っぽい勇者という、バラエティあふれる敵を拘束できた。

是非、オークの凌辱を尽くしてアヘ顔まで励みたいと思います。


俺の引き籠り生活は、今、始まったばかりだ! 延長!












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ダンジョンマスター豚野郎 アラジン @majin-lamp

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