分身


 この能力に恵まれたのは若き報道記者だった。報道関係の仕事はあまりにも忙しく、極度の煩雑さが彼にこの能力を獲得させたものと思われる。

 

 体がもっと欲しい……。と彼の切なる願いが天に通じたのか或いは彼がそういうDNAを最初から持っていたのか、はたまた突然変異なのかその辺は全く分かっていない。

 後年彼は科学者達の恰好の実験材料となるのだが、その話はひとまず置いておき分身の結果彼がどうなったのかだけ述べよう。

 

 彼は自分を三人に増やした。その内訳を言うと現場リポーターに一人、事務所での記事づくりが一人、夜討ち朝駆け用に一人。

 

 彼は自分を三倍にする事で仕事を精力的にこなしていった。しかし予想外の困った事態に直面した。彼がもう一人にこう言ったのが事の始まりだった。


「君さあ僕のために一生懸命働いてくれて本当にありがとう。とても君が僕の分身とは思えないよ」

 

 この言葉に意外な返事が帰ってきた。


「あれっ? おかしな事を言うね。礼を言うのは僕だよ。君が僕の分身じゃないか」

 

 この会話をきっかけにして事は収集が着かないほどもつれた。三人が三人とも自分こそ本物であり他の二人は分身だと信じていたのだ。こうなると仕事どころではなくなった。三人ともノイローゼになってしまった。医者に行けば三つ子なんでしょと言われるし両親でさえ見分けがつかない。

 

 仕事が手に付かなくなった三人は一時仕事から離れた。そして三人で田舎に帰り誰が本物であるか真剣に考察した。しかしいくら悩み苦しんでも結局らちがあかない袋小路であった。三人はいつしか考えるのに疲れはて挙句のはてに彼らは突き抜けた。

 そして ~別に誰でもいいじゃない~ という安易な結論に達し三人は仕事に復帰した。そしてまさに超人的に仕事をこなしていった。


 しかし報道部は甘くなかった。給料も三倍になったが仕事もまた三倍に増えていたのだ。結局彼は今も極めて忙しそうに仕事をしているらしい……。



                 了

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