第2話傘をもつ少年
その子とは、中学生の三年間同じクラスだった。どこにでもいる男子生徒。
入学式の日が丁度雨で、その傘を借りたのが付き合いのきっかけだった。
恋人とかそういう付き合いじゃないんだからね!そういうことになったら、「あの子」に呪われちゃう。
その傘はね。
向日葵の絵がワンポイントで入っている、男の子が使うにはちょっとだけ可愛らしい折り畳み式の傘。
後で聞いたら、お母さんの趣味なんだって。少女めいたファンシーなイラストよりはセーフだけど、それでもやっぱり恥ずかしいみたい。
その傘を返したら、彼はすぐに後ろのロッカーへそそくさと仕舞いこんでた。
家に持ち帰って使わなければいいのにとも思ったけど、そうしないのは嫌いじゃないから。
でもね。
結局私は彼と三年間ずっと同じクラスだったから知っているんだけど…
彼、本当にその傘を自分では使わないのよね。かといってその傘が使われないかと言えばそうでもないの。
私の時みたいに他の子には貸すから、ちゃんと使われているのよ。
せっかくいい傘なんだから、使わないと勿体ないよって言ったこともあるなぁ。
それでも彼は頑なに使おうとはしなかったんだけど。
一ヶ月に一度使われるかどうかの折り畳み傘だったんだけど、結局その三年間で一度も壊れたり修理に出すことなく、使おうとしない彼のところにあったんだ。
中学卒業後、彼と会ったのは本当に偶然だった。
高校二年生の初夏、もうすぐ梅雨に入るかなっていうようなときだった。ショッピングセンターで本を見ていたら後ろから声がかかったの。
以前より声も低くなっていて、もう男の子って言うのも失礼な気もしたよ。
彼は私に相談があるって言ったの。
ファミレスで甘いものを奢ってもらいながら話を聞いたよ。あれはおいしかった。
彼は言うんだ。
高校生になって彼女ができた。でもいつも長続きしない。
別れた彼女たちは揃っておんなじことを言う。
「傘のおばけがこわい」
私はその一言で気付いた。
あの子か。って。
お前、何か知っているんだろ?
私はそこで初めてお祖父ちゃんの「傘の小人」の話をした。この話を他の人にしたのは初めてだったよ。
そんなのいるわけないだろ。
かもね。
じゃあ、なんで今その話をするんだよ。
君のあの傘、絶対いると思うよ?傘の小人。
いるはずないんだろ?
いるんだよ。君のには。
見たのかよ?
見てない。
じゃあ信じられねえよ。
証拠、あるよ?
…マジで?
まじで。残ってはないけどね。
どういうことだよ、それ。
中学の入学式の日、あの傘貸してくれたでしょ?
そう…だったっけか?
うん。君、貸してくれた。
でも、お前以外にも貸してるぞ?他の時。
あの日さー。帰り道で思いっきり車に水ぶっかけられたんだよねー。
…あの日って集中豪雨じゃなかったか?
そうそう!
俺は親の車に乗せてってもらったけど、お前は新品の制服をダメにしてたのか。
そんな哀れむような目で見ないで!それにダメにしてない!
ぶっかけられたんだろ?
ぶっかけられた。
思わず二人して「ぶっかけられた」というところだけ声が少し大きくなった。こういうノリは楽しい。ただ、他のお客さんからの視線が少しだけ痛かった気がする。気のせいか。
ぶっかけられたけど、無事だった。
いや、無理だろ。ほんとヤバイ雨だったぞ?
無事だった。てか、靴すら濡れずに帰れた。
カッパ…
着てない。
誰かを犠牲に…
してない。
どういうことだよ。
だから小人なんだって。傘の。
小人がいると無事なのか?
傘の小人が住んでる傘を使うと、絶対に濡れないってお祖父ちゃん言ってた。
だからあの傘に小人が住んでるって言い張ったのか。
それ以外濡れずに帰れた理由がわかんない。
実際は見ていないけれど、彼の持つあの折り畳み傘には小人が住んでいると私は確信していた。
ここまでは彼も納得してくれた。
さて、問題の「彼女喪失(笑)事件」なんだけど。
私はその小人が女の子たちにいたずらを仕掛けているとしか思えなかった。しかも嫉妬心からの。
これは女の勘だ。
傘の小人が住んでるとして、それと俺の彼女が逃げるのに何か関係あるのかよ?
こっからは私の想像なんですがね。
ほうほう。
その小人が彼女に嫉妬してる。
しっと?
嫉妬。
なんで?
君、あの傘かなり気に入ってるでしょ。
う…それがなんだよ。
多分小人も君のことかなり気に入ってる。
理由。
あれだけ使わない傘なのに小人が住んでる。小人がいなくなるとね、傘は壊れるんだよ?
実はさ…あの傘去年壊れ
てないよね?鞄からはみ出てる。
ちっ
舌打ち聞こえてますぅ~
単に住みやすいとかじゃないのかよ
折り畳み式って住みやすいかな
1DK?
恐らく1K。しかも風呂なし。
せま
でも住んでる。
あれだけ使わないとさ、私だったらひねくれるんだけど。
…俺のこと気に入ってるからそこは許すと?
いえす。
そして私は長年(といっても3年位)不思議に思っていたことを彼に聞いてみる。
なんで使わないの?
彼は黙る。
なんでかなー?
無言。
雨の日は普通に他の傘使ってたよねー?
無言。
本命は大事に大事にしたいんでちゅよねー?
お前、うっさい!ああそうだよ。あの傘が大好きだよ!母さんから誕生日に買ってもらった初めての個人傘だ!向日葵とか最高じゃないか!
のろけた。
じゃあ、なぜに使わないさ?
壊れるかもしれないと思うとびびっちまうんだよ!
そんな理由か。
なんだよ、こいつらリア充だったか。とか思いながら追加で注文したメロンソーダを啜る。しゅわしゅわ、うまい。
横目で彼の鞄に入っている件の傘を見ると、心なしか喜んでいるように見えた。
じゃあ、使いなよ。
壊れたらお前責任とれな。
いや、とらんし。しかも壊れんし。
傘の上で小人が胸を張る気配がした気がする。
小人が住んでる限り、その傘は壊れないんだってさ。いっぱい使ってあげなよ。
え…そうなのか?それなら…
というか、その傘通してそこにいる小人見てあげなよね。
あー、小人なー。
私たちには見えないけど、傘の上でその小人が「そうだそうだ!」と手を大きく振っている気がする。
だって3年以上側にいて、気に入ってる子がいるのに見てくれないんじゃ嫉妬もするよー。
う
自分がいるのにその女はなんだ?!って怒ったりもするよー。
うう
しかも好きなその子も自分のことが好きなんだってわかったらアピールも激しくなるよー。
ううう
ほれほれ。もう諦めちまいな。とつつく。
その日はそれでお開き。
あとはもう彼自身がどうにかするしかないよね。
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