第168話

 スターレンさんは扉に手を掛け、ゆっくりと開いた。

「…鍵は掛かっていないか、不用心だな」

 そんな彼に続いて俺も中に入る。すると丁度アイリさんとマーテルさんがやって来た。

「あら…」

 俺は咄嗟に口に指を立てる。アイリさんは察したのか軽く頷いた。

「…どちら様かしら?」

「私はスターレン、勇者の称号を持つ者だ。…魔王殿はいらっしゃるか?」

「…私がそうよ。初めまして」

 そう返すアイリさんも警戒の表情を浮かべる。この状況は想定外だろう。

「教えて貰えるかしら。何故私が健在だと判ったの?」

「私自身がその証明だ。…私は半年程前に勇者の称号を授かった。勇者は魔王の存在があってこそ選ばれると聞いたのでな」

 噂などでは無く、自身が勇者になった事が根拠だったとは。道理で確信したように動いていた訳だ。

 ならば後は魔王を討つのみ、彼はそう考えるだろう。

 俺は素早くカタナを抜き、その切っ先を彼の首元に向けた。

 彼はそれを横目で見ると、動じる様子も無く口を開いた。

「そうか…知り合いか何かか?1人だったので何か事情があるとは思っていたが」

 するとアイリさんが口を挟む。

「…大丈夫よ、剣を下ろして頂戴」

 その言葉に、俺はゆっくりとカタナを下ろす。どうするつもりだろうか。

「さて…私を倒そうと言うのかしら?伊達に魔王を名乗ってなかったから、そう簡単に倒せるとは思わないでね」

 すると彼女を中心に膨大な魔力が渦巻き始める。魔力量だけなら八大竜王に並ぶのではないか。

 俺は勘違いをしていた。スタウトさん達が対話で解決したのは、何かあっても勝てると踏んでの事だと思っていた。だが見る限り、この状態のアイリさんにスタウトさん達は勝てないだろう。

 だがスターレンさんの実力も未知数だ。その自信ありげな立ち振る舞いが気になる。

 マーテルさんも構え、俺も直ぐに斬り込めるよう柄を持つ。一触即発の空気が漂う。

 するとその空気を破るように、彼が口を開いた。

「魔王殿、貴女は姿を変える力をお持ちか?」

「あら、魔族の特性に詳しいのかしら?勿論使えるわよ」

 彼は今までで一番真剣な表情で、言葉を続けた。

「ならば、人族の12歳位になってくれないか」

「…え?」

 今度は微妙な沈黙が場を支配する。彼は何を言っているのだ?

「聞こえなかったか?神が祝福せし至高の年齢、12歳だ」

「…まあいいわ。従わないと話が進まなそうだし」

 すると彼女の身体が闇に包まれる。そして闇が消えた後には、子供の姿のアイリさんが居た。元が大人っぽいからか、中学生位に見える。

 彼はその姿を見ると、感極まったように膝を付いた。

「…私の負けだ。どうぞ踏むなり跨るなり、お好きなようになさるが良い」

 意味が判らないが、どうやら勝敗は決したようだ。…え、どういう事?

 アイリさんも理解が追い付かない様子だ。マーテルさんに至っては、侮蔑の表情で見下していた。

 埒が明かないので、俺は彼に尋ねた。

「あの、どういう事ですか?」

「私は少女を守る者だ。だから少女を斬る事が出来ない。私の負けだ」

 言葉は頭に届いているのだが、理解が出来ない。何故その姿にさせた?という突っ込みが喉から出掛かる。

 彼はゆっくりと立ち上がった。その表情は晴れ晴れとしていた。

「そういう訳だ。貴女の事は口外しないし、二度と剣を向ける事も無い。只一つだけ、たまにその姿を見せてくれれば良い」

「そ…そう、秘密にしてくれるなら私も助かるけど…」

 彼だけは真剣なのだが、こっちは茶番を見せられた気分だ。喉に魚の骨が刺さったような感覚だ。

「ではまた会う時を楽しみにしている。さらばだ」

 彼はそう告げると、扉を出て行った。徒歩で地上まで戻るようだ。

 俺達はそれを見送ると、一斉に溜息をついた。

「…もういいかしら」

 アイリさんがまた闇に包まれ、元の姿に戻った。

「俺も無関係な筈なんですが、お騒がせしました…」

「良いわ、無事済んだのだし。面倒臭い事にならなくて一安心よ」

「それではお茶をご用意します。少々お待ちを」

 マーテルさんがそう言い奥に引っ込む。確かに無意味に疲れた。休みたい気分だ。

「で、どういう関係なの?」

「どう説明したら良いのか…」

 俺は取り敢えず、時系列で出会ってからの出来事を説明した。

 聞き終えた後のアイリさんの反応が「勇者の選定って、謎ねぇ…」だった。同感だ。


 俺は一休みしてから魔王城を後にした。彼と再会する日は来るのだろうか。

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