第149話

 とある日。来客を告げられ屋敷の入口に向かうと、其処に居たのは幻竜王だった。デジャヴを感じるのだが。

「白竜王様よりお言葉を授かった。竜族と人族との均衡は改善されたそうだ。なので水竜王を狙う理由も無くなった。安心しろ」

 彼は一方的に告げると、あっさり去って行った。

 状況が改善されたのは確かなので、早速ファルナに内容を告げた。

「そうか。儂に謝罪の1つもせぬとは不遜じゃが、まあ良かろう。…で、お主は儂に帰れと申すのか?」

「え?いやむしろ、帰りたくないのか?」

「此処での生活は快適じゃし、食事も美味い。一族絡みの面倒事も無い。寧ろ帰る理由が何処にある?」

「いや、竜王不在で問題無いのか?」

「其処は大丈夫じゃ。儂の判断が必要な場合は、シャルトーが伺いに来る手筈じゃ。…どうしてもと言うなら、生活費ぐらいは入れるぞ?」

「…問題無いなら良いか。生活費は要らないぞ。別に困窮している訳でも無いしな」

「なら今後とも、宜しく頼むのじゃ!」

 などと笑顔で言われては、追い返す理由も無い。一応戦力にもなるし、本人が望んでいるからな。

 そしてその日の執務中。アルトから手紙を渡された。

「教会の建設が無事完了したから、お祝いを兼ねて教主と聖女が此処に来るそうよ」

「…普通は村に教会が建った程度で、教主は来ないんじゃないのか?」

「普通の村じゃないから来るんでしょ。正直な所、ユートしか戦力的に対抗出来ないのは間違い無いでしょ」

 まあ教主とは、個人的な因縁もあるのは確かなのだが。

「それに表向きは正教国との戦争は無かったのだから、寧ろ友好国に見せる狙いもあるのでしょうね」

「成程な。…国家間の外交に巻き込まれるのは困るんだが」

「…解職されない限り、親善大使の肩書は有効よ。外交の矢面に立つのが仕事じゃない」

 その肩書はすっかり忘れていたな。なら仕方無いのか。

「それよりも国賓を迎える訳だから、それなりの体裁が必要よ。一応、お父様とニーアには連絡を取っておいたわ。準備は手伝って貰える筈よ」

「その言い方だと、当日だけは大変そうだな」

「それは受入側の最上位爵位だもの、当然よ。勿論、式典中の治安維持も私達の役目だから、忘れないでね」

「了解。…面倒そうだなぁ」


 そんなこんなで、当日に向けた準備が始まった。

 知識の足りない所は完全に任せ、俺は当日の防衛について専念した。後は段取りを覚える程度か。

 兵は新人に巡回を一任し、残った者で屋敷と教会の防衛にあたる。

 屋敷と教会の内外に兵を配置し、更に村全体に警戒網を敷く事にした。そして俺とアルト、それに3人の中隊長が常に2人に張り付く。

 生半可な相手では教主に傷一つも付けられないだろうが、「襲われた」という事実が問題になる。それは受入側の落ち度として見られてしまうのだ。

 なので緊張感を持って事に臨む。しかし、こういう事を仕事としてやっている人は、気苦労が絶えなさそうだ。


 そして当日を迎えた。

 俺達は正教国との国境で教主達を待つ。そして教主達の乗る馬車の周囲に兵を配し、村までの護衛も行なう。

 なお暇だからという事で、ファルナとサイードも国境から同行している。戦力としては充分だろう。

 村に到着したら、式典の前に休憩を挟む。教主と聖女は屋敷で受け入れ、残りの護衛等は兵舎に入って貰った。

「久しぶりじゃのう。昇爵されたそうで何より」

 教主の若返った姿は慣れない。言葉遣いもそのままなので、違和感が勝る。

 そして初対面の聖女だが。腰まで伸びた銀髪が特徴的だが、それ以外は至って普通の少女に見える。萌美の時と違い、表情を押し殺している感じは無い。

 だが渦巻く魔力量は、萌美の時の比では無い。恐らく神霊と融合させ、女神とも面会しているだろう。言わば人工聖女といった所だろうか。

「こちらこそ、教会が無事建立し感謝しております。それに今日はわざわざこんな所までご足労頂き、誠に有難う御座います」

「良い良い。新たな聖女をお主にも見せたかったからの。…それにしても、異常な程に魔力量が増えておるの」

「色々ありまして。どうやら竜玉を取り込む体質になっているようでして」

「成程のう。屍竜の件ならば聞き及んでおる。竜玉が余っておれば、売って欲しかったのじゃが」

 どう考えても、誰かに融合させるのが目に見えている。物騒な実験は勘弁して貰いたい。

「それに護衛に竜族が2人とはのう。随分と希少な繋がりを持っておるようじゃ」

「2人とも居候なんですけどね。好意により充てにさせて貰いました」

「しかも日本人が多いようだの。集めておるのか?」

「結果として、ですけどね。同じ転移者の手助けをしていましたので」

「そうか。国境近くに戦力を集めるのは間違っておらぬでな。王国にとってはグランダルなぞ二の次じゃろうしな」

「…恐れ入ります」

 どうやら王国にとって、正教国が最大の仮想敵国である事も理解しているようだ。やはり油断ならない。

「ではそろそろ、教会にて祈りを捧げさせて貰うとするかの」

「判りました。ではご案内致します」

 俺はそう答え、中隊長3人に目配せする。移動時の護衛はフォーメーションも決めてある。建物内よりも気を遣う場面だ。

 そして屋敷を出て、教会へと向かう。念のため千里眼を発動して敵対者を探すが、近くには反応が無い事が確認出来た。

 教会に到着し、中に入る。そして女神像の前まで案内した。

「此処からは我らが聖女が儀式を執り行う。ゆるりとご鑑賞下され」

 教主の言葉に俺達は一歩引く。そして聖女が前に出た。

 聖女は両手を胸の前で握り、祈りの言葉を紡ぎ始めた。


 俺はその時、聖女から溢れ出る魔力量に驚きを隠せなかった。

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