第69話
俺の屋敷は、勝手知ったるクリミル伯爵の屋敷を参考にした。構造を思い出しながらの図面引きは少々面倒だったが、一先ず無事建築が始まった。
俺達の婚約については、皆に翌日には報告した。概ね祝福して貰えたので一安心だ。
だが現状は以前と特に何も変わる事は無く、いつも通りの執務が続いていた。
そもそも元居た世界とは価値観が違うらしく、恋人として一緒に何かしたい、という物が特に無いのだ。寧ろ結婚をして一緒に将来を歩む事を目的としているようだ。
伯爵に昇爵したので、また兵を増員する必要がある。そこでシアンに指示し、魔法兵を多めに集める事にした。これで魔法小隊が編成出来るだろう。
そんな日々を過ごすうち、やっと俺の屋敷が完成した。
完成に合わせて家具の類も購入してあるので、どんどん運び込んで貰う。あとは少ないが俺の私物も持ち込んだ。
今まで暮らしていた部屋を引き払うのは名残惜しいが、これも新たな門出だ。という事で引っ越しは無事完了した。
兵の増員のついでに、メイドも数人雇ってある。これで屋敷の維持も問題無いだろう。
アルトの意見を参考に、執務室の隣を俺の部屋とした。更にその隣はアルトの部屋、執務室を挟んだ反対側がアンバーさんの部屋となった。
また、俺の部下にも部屋を与える。シアン、トール、リューイ、九鬼さんの4人だ。
こうなると、今まで使用していた屋敷がエストさんだけになってしまうので、エストさんもこっちに引っ越して貰い、屋敷は兵舎に改修する事にした。
結果として、俺の屋敷で執務を行なうようになった。
さて現状、別の村の統合は順調に進んでいる。兵の巡回による治安向上も図られ、薬師を呼び込む事にも成功していた。
この村の産業も順調で、税収も確実に増えて来ている。
つまり、新たな一手を行なうタイミングという事だ。
そんな訳で皆で執務室に集まり、アイデアを募る。
真っ先に口を開いたのは、アルトだ。
「この周辺で一番価値を生むのは、やっぱり魔王城よ。地上よりも強力な魔物が居るし、その素材を有効活用出来れば大きいわ。現状のアラクネ狩りでも判るように、結果として兵の訓練にもなるわ」
「とすると、虹糸に続く素材を活用した生産品が狙い目か」
しかし、そんな都合の良い物が何個もあるのだろうか。
アイリさんに聞けば何かアイデアを貰えそうだけど、何度も頼るのも申し訳ない。
「素材を卸すだけなら、冒険者ギルドに相場を聞くだけで済むんですけどね」
そう続けたのはシアンだ。
それに被せて来たのはリューイだ。
「ならば、相場が高額の素材は高額な生産品になっているのでは?」
「おお、確かに。そうなると、冒険者ギルドが何処まで教えてくれるかだな」
買い取った素材が何処でどう使われているか、場合によっては教えてくれない可能性がある。直接卸した方がマージンを取られず、儲かるだろうし。
でも、一応は聞いてみる価値はありそうだ。
「良し。じゃあシアン、デルムの街の冒険者ギルドの副マスター、フィーリンさん宛に手紙を出してくれ。可能な範囲で相場と用途を教えて欲しい、と」
「判りました。直ぐに対応します」
この件は、手紙の返事を待つ事としよう。
そして数日後。
応接室の向かいには、フィーリンさんが座っていた。
「お久しぶりです、ユート様。…いえ、ユート伯爵様。お元気そうで何よりです」
「どうも。…どうして此処へ?」
俺は素朴な疑問を口にする。手紙での返答をお願いした筈なのだが。
「いえ…アーシュタル国王より、可能な限りユート伯爵様には便宜を図るよう、言いつけられておりますので」
「俺に?…理由をご存じですか?」
「…今の王国に於ける最大戦力だからでしょう。他国への出奔は最も避けるべき事態ですからね」
まさか最大戦力とは…。普段は竜人体で無いので、そんな認識は無いのだが。
「そんな訳でして、ご依頼の件を直接私がお教えに参りました。実地でお教えしますので、同行者を選出して下さい」
「ん?実地ですか?」
「はい。直接魔王城にて、出現した魔物の素材と用途をお教えします。その方が採取方法も含め、教え易いんですよ」
成程。確かに言う通りだ。ならばその提案に乗る事にしよう。
そして翌日。俺達は転送陣で魔王城9階に移動した。狙いは10階以降だ。
メンバーは俺にフィーリンさん、アンバーさんにトールとリューイ、それに九鬼さん。アルトは執務の為留守番だ。
9階のアラクネは避け、さっさと10階に降りる。
少し進むと、枯れた樹木のようなものが2体近付いて来た。
「…トレントですね。芯の木材は杖の素材として重宝されます。ただ外皮を削ったりと採取に手間が掛かるのが欠点ですね」
「そのまま回収すると嵩張りそうだし、候補としてはイマイチかなぁ。じゃあトール、リューイ、倒しちゃってくれ」
「了解です」「おうよ!」
2人の実力なら問題無く倒せるので、任せた。予想通り、2人とも一撃で見事倒す事が出来た。
「じゃあ一応、1個だけ採取してみるか」
俺はそう言い、カタナで余分な所を切断。そして縦にして、外皮を薪割りのようにカットして行く。そうして、外皮の剥がされた木材が1本残った。
「方法は強引でしたが、綺麗に採取出来ましたね」
そりゃあ、せいぜい他にはナイフ位しか採取道具が無いからなぁ。多少強引なのは目を瞑って貰おう。
しかし、思った以上に嵩張るなこれ。薪を背負うやつでも用意しないと、邪魔で仕方が無い。
こうして俺達は、更に10階を進んで行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます