第67話

 馬車が地面を蹴り、振動がリズミカルに身体を揺らす。

 今は王都に向けて進んでいる最中だ。正教国との戦争を回避した功績を称える為、王様より招集が掛かったのだ。

 なお併せて九鬼さんも呼ばれたので、今回は人数を絞って2人だけ、御者を入れても3人という少人数での移動となっている。

 開戦を睨んで緊張状態が続き、戦争にならなかったとは言え、皆疲労が色濃かったのだ。片や俺達は山場を過ぎて以降はのんびりしていたので、直後の招集でも問題無かった。

 向かいに座る九鬼さんは、法衣では無く普段着を着ている。もう聖女では無いのだから、また法衣を着る事は無いだろう。

 そんな九鬼さんは、初めての馬車の旅を楽しんでいるようだ。かつては絶望に染まっていた彼女も、精霊、そして正教国と言う呪縛から逃れ、本来の自分を取り戻したようだ。

 九鬼さんはレベルが430もあった。恐らく、レベルが低いと精霊との融合で、即身体が崩壊してしまうのだろう。結果として部下の中で一番レベルの高い魔法職となったので、魔法隊の小隊長に任命した。未だ配下は少ないが、今後増強して行けば良いだろう。楓とも同郷同士だし。

 こうして、道中は夜盗に襲われる事も無く、数日後には無事王都に到着した。


 今回はアルトが同行していないので、伯爵の屋敷にお邪魔するのは控え、宿に泊まる事にした。当たり前だが、九鬼さんとは別の部屋だ。

 そして翌日、まずは伯爵に挨拶に行く。先日は伯爵も兵を出していたそうだが、流石に探して顔を合わす余裕は無かったのだ。伯爵からは、戦争を回避出来た事、そして娘達が無事だった事を感謝された。

 挨拶を終え、次は服飾店に行く。九鬼さんの謁見時のドレスを買う為だ。

 俺は詳しくない…と言うか、ドレスには嫌な思い出があるので、店員に任せて外で待つ事にした。

 暫くして九鬼さんが出て来たので、一度宿に戻り着替え、馬車で登城する。

 これで何度目かになる王城は相変わらず大きく、独特の空気感がある。俺は過去の経験から、謁見の手順をざっくり九鬼さんに教えた。正教国では最重要人物だったが、此処では言わば一般人だ。多少失礼があっても問題無いだろう。

 謁見の間に着き、中に通される。そして決められた場所で膝を付き、頭を下げる。

「面を上げよ」

 王様の声に従い、顔を上げる。

「ユート=ツムギハラ子爵よ。此度は正教国の進軍を策と交渉により止め、戦争を回避した事は見事であった。此度の功績により、汝を伯爵に昇爵する。今後も宜しく頼むぞ」

「有り難くお受け致します」

 昇爵と言われて、真っ先に兵の増員が頭を過った。まあ良いのだが。

「そして、モエミ殿。正教国を離反する決断をされた事に感謝する。その決断によりユートの策が成ったのだ。支度金を兼ね、金貨50枚を与える」

「あ、えっと、有り難く、頂戴致しますっ」

 九鬼さんも、何とか受け答え出来たようだ。

「では、これにて閉会とする」

 宰相の言葉により、式典が終わった。


 俺達は更に一泊し、翌日帰路に着いた。

 馬車の中で、九鬼さんが話し掛けて来る。

「あの、金貨50枚ってどの位なんですか?私、こっちに来てからお金を使った事が無くて…」

「ああ。ざっくり日本円で2千5百万円だな」

 その金額を聞き、九鬼さんは呆然としていた。

「こ、こんな大金で何を支度しろと…?」

「支度金は名目だから。あくまで功績に対する褒章だ。気にせず受け取っておけば良い」

「そうは言われても…。家が建ちますよぉ…」

 大分困っているようだ。取り敢えず使い道を示した方が良いか。

「なら、一度属性を調べて貰って、魔法書を揃えれば良いんじゃないか?」

「え、属性、ですか?」

「ああ。土水火風の1つは確実に扱える属性がある。属性魔法を覚えれば、治癒だけでなく攻撃も出来るようになるからな」

「はぁ、何かゲームみたいですね…」

 どうやら、正教国では必要最低限の事以外は、全く教えられていないようだ。まあ世間知らずの方が操り易いか。

「あと一応、俺の配下には武器の扱いも最低限覚えて貰うんだが…何か扱えるか?」

「一応、メイスの扱いは教わりました。聖職者は刃物を扱えないという事で」

「そうか。じゃあデルムの街でメイスを買って帰るか」

 俺が以前に武具を揃えた、ドワーフのグルムさんの店に行く事にしよう。


 そして数日後。デルムの街に到着した。

 俺達はグルムさんの店に行き、メイスを購入。ついでにローブも購入した。

 そしてシェリーさんに挨拶。相変わらず家政婦さんにより家は綺麗に保たれているようだ。本人は暇そうだが。

 なので、一度遊びに来てはどうかと提案しておく。本人は面倒そうだったので期待薄だが、まあ良いだろう。

 そして街で一泊し、村に戻った。


 村に戻った俺は、早速伯爵に昇爵した事を報告した。案の定、兵の増強が必要になるようだ。

 アンバーさんには九鬼さんの属性の確認をお願いしておいた。その結果を聞いて魔法書を手配しよう。

 こうして王都への行き来が終わり、やっと日常に戻って来た事を実感する。

 …と思っていたのだが、アルトに呼び止められ、真剣な表情で告げられた。


「今夜、私の部屋に来て下さい」

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