悪の女幹部になりまして…

@west8129

プロローグ ①

 ――この世界にはヒーローと呼ばれる者が存在する。

 映画やアニメの世界のお話しではない。

 罪なき人を助け、悪者の企みを阻む。テレビを点ければ、いつでもそんな彼らの活躍を目にする事ができる。


 ――そして、ヒーローが存在するということは、それに相対する者、敵対する者も当然ながら存在する。

 誰もが恐れ、その存在を忌み嫌う、それが『怪人』だ。



 どこからか閉館を報せる館内アナウンスが流れてくる。

「ぅ…ふわァ…」

 どうやら用具入れに籠っている内に、うとうとして寝てしまっていたらしい。

 周りに人の気配がない事を確認してから、カビ臭い用具室からようやく出る。

「姉貴、奏をちゃんと寝かしつけてくれたかな」

 今年、幼稚園の年長組に上がった妹はまだまだ甘えたで、横で寝かしつけてあげなければ、ぐずってなかなか寝入ってくれない。いつもはオレが妹を寝かしつける役なのだが、今日はバイトが忙しいと嘘をついて姉貴に代わってもらった。

 普段は頼み事をしても「ダルい」だの「テメ―がやれ」で一蹴してくる姉貴だが、今回は妹のコトなので、すんなりと了承してくれた。

 ま、あとでお返しを要求されるのは判り切っているのだが…。


 男性用トイレの入り口から顔を出して辺りを見回す。

 館内はしいんと静まり返っていて、照明もほとんどが落とされていた。

「ええっと…」

 昼間のうちに確認しておいた順路を思い出しながら、足音を立てないようにゆっくり進んで行く。

 壁面のガラスケースには高価そうな調度品がずらりを展示されていた。

 もとより、この手の歴史的な遺物にはまるで興味がなかったので、気にせずどんどん進んで行く。

 廊下の曲がり角に差し掛かったところで、展示スペースに置かれた大きな姿見が目に飛び込んでくる。

「うっ!?」

 同時に鏡面に写る自分自身と目が合う。

 そこには見た事がないほど可憐な少女が写し出されていた。


 ――あどけない少女の顔立ちはどこか小悪魔的で、


 ――つぶらな瞳は見た者が吸い込まれてしまいそうなほど魅惑的で、


 ――ちいさく愛くるしい唇は官能的な光を放ち、


 ――長い黒髪は蝶の羽のように可憐でいて、


 まさにありえないほど美しい少女だった。

 

 そんな少女の恰好はさらに突飛で、なんと黒のレオタードを身に着けていた。

 その上から白い毛玉の付いた黒のケープを羽織っていた。ケープの真ん中には赤色の大きな宝石が付いていて、「そんなの何処に売ってるんだ?」とツッコミたくなるくらいのきわもの衣装だった。


 ――とどのつまり、それが今現在のオレの姿だった。

 生まれてからこの方、ずっと男であるオレの現在がコレだ。


「ああ、なんでこんなことに……」

「いつまで見惚れておる」

 突然、胸元の赤い宝石が鈍い光を放ち、そこから妙齢の女性の声が響いてくる。

「誰が見惚れるかっ!オレはただ自分の今の状況を嘆いてるんだ」

「はて?お主、嘆き憂う程人生を送っておったのか?」

 そもそもの発端であるこの宝石は、まるで他人事のように言う。

「あのなッ!そもそもこんなことになったのも全部お前が――」

「――シィッ!あったぞ、アレがそうじゃ」

 オレの抗議は宝石の張り詰めた声が遮った。


 奥に目を向けると、そこには周囲を進入防止用のロープに囲われた他の物よりも一回り大きなガラスケースがあった。

 ケースの中には、色とりどりの宝石をこれでもかと散りばめらたネックレスが豪華そうな台座の上に鎮座していた。ほとんどの照明が落ちた館内であったが、そのネックレスは異様な存在感を誇示していた。


「……あれが?」

「うむ、そうじゃ」

「…なあ、ホントに盗まなきゃいけないのか?」

「なぜ今更そのような事を訊く?理由ならば道中で散々説明してきたであろう。は宝飾に見せかけてはいるが、れっきとした兵器なのじゃ」

 胸の宝石は急かす様にチカチカと光る。

「…それは説明されたけど、オレまだ高校生ガキなんだぜ?いくらなんでも荷が勝ちすぎねえか。もう警察に通報してさ…」

「門前払いされるのが関の山じゃ。それに言うたであろう、盗むとはいってもあくまでも一時的なものじゃと。事が済み、危険を除ければ直ぐにでも返す。このまま放置するほうが危ない」

「はあ、なんだよそれ?」

 このエラそうな宝石とその宝石がいたという組織の関係についてはまだまだ釈然としない点が多すぎたが、すくなくとも今この場での主導権は宝石にあった。

「えっと…じゃあ、これ…割ればいいんだよな?」

 台座に乗った首飾りを囲う分厚いガラスの板を軽く叩いてみるが、とても丸腰で壊せそうにはなかった。

「なァ、これどうしたら――」

「――蹴れ」

「えっ?」

「蹴り壊せ」

「いやいや?!だって無理でしょコレ…無理だよな?」

「新よ。今のお主の姿は仮初であったとしても、見掛けだけではない。それにこうしてる間にも警備員がやってくるやもしれんぞ」

「…でもさ、もっと安全な――」

「――いいからさっさとヤれ!」

「ええい、もうくっそ!!」

 宝石の勢いに飲まれてヒールを履いた足でガラス板をやけくそに蹴りを入れた。

 当然ながら、厚いガラスにはヒビひとつかず――

 

  ――ガシャァァン!!

 

「……ま、マジかよッ」

 四方を囲んでいたガラス板の一方がきれいに砕け散る。

「ふふん、どうじゃ?これが妾の力じゃ。スゴイであろう?スゴイであろう?」

「すげえ…」

 誇らしげな宝石の声に素直な言葉が口から漏れた。

 どう見てもただの少女にしか見えないこの体の一体何処にこんな常人離れした力があるのだろうか。感心するよりも先に、寒気を覚えた。


「あっ…」

 台座に鎮座する首飾りに延ばしかけた手が止まる。

「どうしたのじゃ?はやく盗らぬか」

「…いや、コレを盗ったらオレ、ホントに犯罪者なるんだなって思ってさ」

「悪に染まるのがそれほど恐ろしいか?」

「そんなの当然だろ!こちとら十六年間、真っ当に生きてきたんだぞ。それにもしこの事が家族に知られるような事があったら…」

 家族を悲しませてしまうかもしれないという事実が、オレにとってなにより恐ろしかった。

「何度も言うておるが、コレを放置すればこの町に住む者全てに災いが降りかかるぞ。それがどのような形で訪れるのかはっきりとした事は妾にも解らぬが、この町が地獄に変わるということだけは断言できる。それでもよいというのならば、妾はあえて止めはせぬ」

 宝石の言葉はもはや脅迫だった。

 頭の中が思考がぐるぐると回る。もはや、なにが正しく、なにが答えなのか、さっぱり判らなかったが、今の自分にとって行動を起こす以外の選択肢がない事だけはわかった。

「――そんな事言われたら止めるわけにいかないだろ!」

 台座の上の首飾りを強引に掴み取った。



「なんかちょっと拍子抜けだよな」

 当初の目的を果たし、戦果を手にして入り口へと向かう途中、安堵からはそんな言葉が口から漏れた。

「ふむ?」

「ほら、映画とかだともっとこう警報がなったり、警備員が大挙して押し寄せたりするもんだろ?さっきまでビクビクしてたのが馬鹿みたいだよな」

 館内はさきほどまでと変わらず不気味なほどに静まり返っていた。警備員一人くる気配がない。 

「映画は知らぬが、まあ期待しておけ」

 宝石はそう意味深に呟くと「ククッ」と笑みを漏らす。

「な、なんだよ一体…」

 背筋に寒気が走る。早くこの場から立ち去りたい一心から足が自然と早くなる。


 玄関ホールまで辿り着いたところで異変に気がつく。外が妙に明るいのだ。  

 しかし、それは昼間のような明るさではなく、人工的な光に照らされた明るさだった。

 ガラス張りの玄関口の外には、赤色灯を回した白と黒のセダンがまるで入り口を塞ぐように何台も停車していた。周囲には警棒を持った警官や無線でやり取りしている様子の警官の姿があった。

「……は?」

「ふむ、どうやらゆっくりしすぎたようじゃな。にしても、この国の警察もなかなか手際が良いではないか」

 宝石はどこか他人事のように感想を漏らす。

「どどどどど――」 

「ど?」

「――どうするんだよ!?どうしたらいいんだ?!このままじゃオレ捕まっちまうぞ?!前科持ちになっちまう!今からでもコレ返したら許してもらえねえかな?」

「…まずは落ち着け。そもそも謝ってすむのならヒーローも警察もいらん。むしろ悦べ。これは待っていたものがあちらから来てくれた。言うなれば好機なのじゃぞ」

「え?好機?どういうコトだよ?どう見てもピンチだろ」

「お主にも解り易いように云えば、つまるところ我らは何者かという事じゃ」

「なにもの?なにもの…なにもの……泥棒?」

「馬鹿者っ!我らは怪人じゃっ!悪を為し、悪を成す。この世に混沌という道理を敷く者こそが我らなのじゃ」

「つまりどういう事なんだよ?!解決策があるなら遠回しな言い方しないでスパッと教えてくれよ!」

「ええい、物分かりの悪い小僧めッ!要するにコソコソと隠れず、堂々と名乗りを上げよと言うておるのじゃ」

「は?名乗る?なんでそんなことしなきゃいけないんだよ!」

「妾が健在であることを世間に知らしめるためじゃ。卑怯にも妾を不意打ちした愚か者たちならば腰を抜かすであろう。それに妾に忠誠を誓う者たちならば妾の息災を知れば安堵する事じゃろう」

「…えっと、つまり宣戦布告みたいな事か?」

「なんじゃ。ちゃんとわかっておるではないか」

「…あのさ、当たり前だけどオレ今迄生きてきて宣戦布告なんてしたことないぞ。それに外には警察が大勢いるんだぞ。そんな状況でそんな事したら捕まえて下さいって言ってるようなもんだぞ」

「なあに。その程度のこと、今の妾たちの力を合わせれば造作もない。よいか――」

 宝石は自信満々にそう告げると、ここからの流れを説明し始める。

 その内容を聞かされるうちに、オレの顔色はみるみる悪くなっていった。

「ああ、平穏な日常にもどりたい…」



 

















 

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