02 『S・N・S』

 基本的に、保健室にいる。


 体調が悪いとか、クラスに馴染めないとかではない。

 単純に、この学校で取るべき単位を取りきったから。出席もする必要がなかったけど、なんとなく学校には来ていた。

 保健室には、ベッドがある。一日中、寝転がって暮らせる。先生も、私が何をしていてもとがめない。


「あ。彼が来たわ」


 学校の駐車場。なんか無骨で主張していないけどかっこいい車が停まった。


「先生。デート?」


「そう。デート。貴重な休みよ」


「へえ」


「私がいない間、保健室頼めるかしら?」


「まあ、いいですけど」


 救護関連や教職免許も、あらかた取っている。諸々の才能はあった。

 ただ、やる気だけがない。


「じゃ、おねがいね」


 保健室の先生。口紅の塗り加減だけを確認して、窓から外に降りていった。


 別に、誰が来るというわけでもない。

 わたしひとり。

 ベッドに寝転んで、なんとなく、ぼうっとしてる。


 ノック音。


「はぁい」


 人が来た。めずらしい。


 扉が開く。


 見知らぬ男子生徒が立っている。


「どなた?」


 全校生徒の顔と名前は頭に入っていた。この男子生徒は、この学校の人間ではない。


 彼。周りを見渡して、きょろきょろしている。さっきの自分の声が、聞こえていないらしい。


「ここです。ここ」


 あらためて声をかける。

 反応があって、ベッドの方を彼が向く。


「ごめんなさい。もしかして、何度も声を」


 か細い声。


「いえ。そんなにでは」


「耳が聞こえないときがあるんです、ぼく」


 聴覚に異状ありか。


「転校してきた手続きとかですか?」


「あ、はい」


 彼。なんとなく、突っ立っている。

 しかたがないので、ベッドの隣に座るように促した。


 おとなしく座ってくる。


 ベッドサイドから、ノートとペンを取り出して。名前や学年などの具体的な事項を書くように促す。


 彼。おとなしく、それを記入する。


「書けました」


 小さな声。おそらく、自分の声にびっくりしないように声が自然と小さくなっているのだろう。


「あ、個人情報なので、それはわたし見れません。ノートを閉じてください」


 聴こえなかったときのために、身ぶり手振りを交えつつ喋る。伝わったらしい。彼がノートを閉じて、渡してくる。


 それに、メモ用紙で書き置きをして。


「はい。これで大丈夫です」


 聴こえなかったらしい。


「はい。これで大丈夫です」


 やはり、聴こえない。


 彼の袖に、ふれて。ほんのすこしだけ、引っ張った。彼が、気付く。


 もういちど、喋ろうと思ったけど。意味がない気がして。


 彼に向けて、にこっと、笑った。


 彼も。それを見て。やさしく、笑い返してくれた。


 それが、彼との出会いだった。

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