第35話王都動乱4

 身分証?学園に入るための?


 何でそんなものを俺に渡したんだ?しかも売っていいとか言っておいて売れないじゃん。


 おじさんが説明してくれた。


 ツリーベル学園は貴族の長男以外が通う学校であること、長男はまた別に家を継ぐための学校があるそうだ。


 貴族以外でも優秀な平民や商家の跡継ぎも入学できる、その学校では申請すれば一人だけ護衛として学園内で連れて歩ける。


 その護衛が身分証として持っているのがこのナイフということだ。


 それを俺に渡しちゃうって何考えてるんだか全くわからんな。


 それに・・・これを俺が持っているのは結構まずいのでは?返しに行きたいけど家がわからん。


 セリスさんは申請すれば護衛をつけられる、もしくは護衛が必要なお嬢様ってことだろう。


 それに馬車を護衛してたのは・・・確か鉄壁の剣ってパーティーだったはず、ギルドで事情を話せば鉄壁の剣に繋いでもらえるかもしれない。


「やっと見つけたぞ、クソガキ!!」


 俺がおじさんに聞こうとすると、後ろから何処かで聞いたことがある声が聞こえてきた。


 俺が後ろを振り向くと、頭に包帯を巻いた、筋肉ムキムキの・・・誰だ?俺はさらに振り返ってみる。


 そこには査定してくれてたギルドのおじさんと、その同僚が二名どう見てもガキじゃない。


 となると、このムキムキさんが言っているガキとは俺のことになるような気がするけど・・・でも俺はこの人を知らない。


「どちら様ですか?人違いじゃないですか?それに初対面でいきなりガキ呼ばわりはないと思いますよ」


「ふざけんな!人をいきなり投げ飛ばしておいてしらばっくれるつもりか!」


 頭に血が上っているのか、顔を真っ赤にして怒鳴りつけてくる。


 投げ飛ばす?思い当たるのは冒険者ギルドにくる前の一本背負いだけど、顔なんてほとんど見てないから投げ飛ばした変態の顔は覚えてない。


 それに掴みかかってきたのは変態さんの方だからいきなりではないしな。


「まさかさっきの変態さんですか?子供に後ろから襲いかかるからそういうことになるんです。ある意味、頭大丈夫ですか?」


「クソガキが舐めやがって!もう容赦しねぇ!ボコボコにしてやる。」


 かなり怒っている、自業自得だと思うんだが。


 おっと、変態は剣に手をかけている、ここで抜くのはまずいんじゃないかな。


「そこまでだ。ここで剣を抜いたらギルドとしてもただの喧嘩では済まなくなるよ。」


 割って入るおじさん。


 さすがギルド職員のおじさん、ちゃんと止めてくれた、まあ抜いたら抜いたで殺人未遂としてボコボコにしたけどな。


「ぐっ・・・ガキ!決闘だ!訓練場に来い。逃げられると思うなよ」


 変態は真っ赤な顔をしながら、俺に指を突きつけて決闘を申し込んでくる。


「・・・」


「・・・」


 あれ?いくら待っても手袋が飛んでこない。


 そもそも手袋をしてるのは俺だけだ、指先が出てるオタクグローブだけど。


 決闘は手袋投げるんじゃないのか?まさか逆か?受ける方が手袋投げるとかそんな感じなのか?


「どうするんだい?」


 おじさんが心配そうに聞いてくるが、どちらかというと頭に包帯巻いている彼のほうが心配ではないのだろうか。


「えっと、受けようと思います。決闘のルールは知ってますし」


 冒険者ギルドの冒険者間でモメ事が起きたときには決闘ルールがある。


 模擬剣を使って相手が降参か、気絶、立会人のギルド職員が止める事で決着がつく。


 故意ではなくとも死亡させてしまうのはNGだ。


「そうか、じゃあ私が立会人になろう。無理はしないようにね」


 おじさんが立会人なら不正もなさそうだし安心できるな。


 俺と変態はおじさんに着いて決闘が行われる訓練場に行った。


 訓練場はヘプナムと比べると狭いな・・・数人の冒険者がいて訓練をしている程度で狭くともスペースが余っている。


 訓練場についた俺はさっそく壁際にある貸出用の模擬剣を手に取る、今日はいつも使っている片手剣でいいだろう。


 変態は・・・訓練場にいた仲間を連れてこちらまで歩いてきた。


 パーティーメンバーなのか三人を連れてくるとそのまま俺の前で止まる。


「こっちは準備万端だ。人数制限はないからな、四人でボコボコにしてやるよ。舐めた口聞いたことを後悔させてやる」


 変態は、いや、変態たちは揃ってニヤニヤ笑いをしている、そうきたか。


「ちょっと待て。それは卑怯だろう!子供相手にプライドはないのか!?」


 おじさんが止めてくれるが・・・変態達が何か言う前に俺が止める。


「大丈夫です。問題ありませんよ、四対一でやりましょう」


「舐めやがって。もう謝っても許してやらねぇぞ」


 なんだかんだ言いながら変態は余裕の表情を見せている、人数が多いから勝ちを確信しているんだろうな。


「・・・わかった。危なくなったら止めるからね」


 おじさんは俺が了承しているので渋々ながら頷く。


 訓練場の使われていないスペースに俺と変態達、そして立会人としておじさんが移動する。


 その雰囲気を感じ取ったのか周りで訓練していた冒険者たちも手を止めて観戦モードに移っている。


 変態含めた四人は余裕の表情だ、俺は片手剣剣を一振りすると両手で持って正眼に構える。


「それではこれより四重牙とナインの決闘を始める・・・始めっ!」


 おじさんの合図で俺は一気に間合いを詰める。


 狙いは向かって右側にいる槍使い、槍使いが反応する前に下から槍を弾き上げがら空きになった胴体に勢いのまま蹴りを入れて吹っ飛ばす。


 ボグッ!


「ぶぼげぇ・・・」


 蹴りを入れて勢いを殺たところで、今度は隣にいる大剣使いに突っ込んでいく。


 焦って大剣を振り下ろしてきたがそんな適当な振りじゃかすりもしない、大剣を回転するように右に躱すとそのまま左腕に片手剣を叩きつける。


 バキッ!


「あんぎゃああぁ〜!!」


 骨を砕く手応えがあった。


 その時に変態が片手剣で斬りかかってきたが、剣で軽く受け流し、体勢が崩れた変態に軽く蹴りを入れて距離を離す。


 変態は最後だよ。


 すぐに変態の奥にいた短剣使いに向かっていく。


 短剣使いは俺の突進に合わせて左手で突いてきたがこれも遅すぎる、踊るように左に回避して上段から片手剣を右肩に叩きつける。


 ゴキッ!


「がぎゃあぁ!!」


 くるっと振り向くと体勢を立て直した変態が固まっていたので、一歩踏み込む。


「ま、待って・・・」


 変態が喋り終わらないうちに加速すると、あわあわしているうちに左手首に一発叩き込む。


 ボキッ!


「ぎゃああああぁ!!」


 左手首を押さえた瞬間に右手首にも一発。


 ボギッ!


「ま、まぎゃぁあ〜!!」


 剣を取り落とし、何もできずに叫びながら涙やら何やら体液を垂れ流し、ガクガクしている変態に剣を突きつける。


「そこまでだ!勝者ナイン!」


 おじさんが慌てて決闘を止めて寄ってくる。


 俺は無言で剣を下ろすと周囲を見渡す。


 倒れて気絶してるのが一人、腕や肩を押さえて膝をついてるのが二人、両手をダラッとして膝をついてる変態が一人。


 こんなところか、治療院に行けば治せる程度の怪我で済んでいると思う。


 二度と絡まれないように俺は変態に警告する。


「冒険者は、ランクや見た目が強さの判断基準にはならないって、俺は見習いの時に教わりましたよ。・・・次は、死んじゃうかもしれませんね」


 痛みがあってもそこは冒険者、俺の言葉をちゃんと聞いていたのかコクコク頷く。


 さて、買取もしてもらったしもうここには用がないな。


 俺は治療に運ばれていく変態達を見送ると模擬剣を片付け訓練場を出ていく。


 少しギルドの依頼でも見ていくか。


 俺は訓練場を出ると、依頼が貼りだしてある掲示板に向かう。


 薬草採取、別の町へ行くための護衛、商会の警護、周辺に生息するであろう魔物の駆除。


 護衛依頼はどこの町に行くかによって指定されるランクは分かれているが、どれもEランクが多いな。


 これだけ多くの護衛依頼があるのに俺が受けれないとは・・・冒険者として王都で依頼を受けることはほぼないだろうな。


 一通り見終わると今度は興味本位でパーティー募集掲示板の方を見る。


 臨時のパーティーの募集もあるが、まあ俺が行っても誰も相手にしてくれないだろう。


 これといって心惹かれるものがないな。


 半分遊びに王都に来たようなものだから、時間があったら定番の薬草採取でもしてお茶を濁すか。


 今日は宿をとってから王都の散策でもしようかな、もしかしたら何か珍しい物でもあるかもしれない。


 そう思ってギルドを出るために出入り口に向かうと、誰かが入ってきた。


 ギルド内がざわつく。


 なんだ、誰か有名人とかお偉いお貴族様とかが入ってきたのか?


 何かイチャモンをつけられるのも嫌なので俺は立ち止まって誰かが通りすぎるのを待とうと突っ立っていると、輝くような銀髪の少女、そうセリスさんが冒険者ギルドに入ってきたのだ。


 セリスさんは冒険者ギルドの中をゆっくりと見渡す。


 そして俺と視線が合うと、お供の女性を連れてこちらにやってきた。


 何で彼女がここにいる?学園に在学しているなら貴族街が居住地のはずだ、冒険者ギルドなんて行く用事はないと思うが・・・まあちょうど良いっちゃちょうどいい、このナイフを返却するチャンスだ。


「こんにちは、ナイン様。数日ぶりですね。」


 セリスさんは俺の前まで来ると優雅にお辞儀をしながらその不思議な銀色の瞳で俺を見つめてくる。


「こんにちは、セリスさん・・・奇遇ですね。まさか俺のことを覚えていてくださるとは思いませんでした」


 俺はちょっと警戒しながら挨拶をする・・・彼女に見られているとここで会うのは偶然なんかじゃない、そんな感じがするのだ。


「もちろん覚えています。ちょうどいいですね、先日のお礼がしたいので私の屋敷に招待しようと思っていました。」


「ありがとうございます。ただ、それはもう解決しているので気を使っていただかなくても結構ですよ」


 招待と聞いて途端に嫌な予感が胸をよぎり即答で断る。


「いえいえ、ナイフの件もありますし、改めてお礼とお詫びをさせていただきますね」


 にっこり笑って俺の手を取ってくる。


 ナイフの件ね・・・何かわからないが、何かに巻き込まれてすでに俺は逃げられなくなっているようだな。


 俺はため息をつくとセリスさんと一緒に表に止めてある馬車に乗りこんだ。

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