第22話仄暗い闇の中で

 現在、俺がいるのは魔王城だ。


 ヘプナムの町の領主館襲撃事件から二週間以上たち、そろそろ長居しすぎているんじゃないかと思っているのだが、リルが離してくれないでいた。


 大体二日程度で歩けるぐらいには身体は回復していたのだが、


「お母様に任されたから!」


 と言って俺の世話をし続けている。


 任されたのと、俺と一緒にいられるのが嬉しいらしい・・・エヴァさんも苦笑いだ。


 できることなら風呂は一人で入りたいものだが、そう言うと悲しい顔をされたので断れず一緒に入っている。


 前世で子供がいなかった俺にはそこら辺のことはよくわからないが、十一才の女の子は一人で風呂に入るものなんじゃないのか?魔族では違うのかとエヴァさんに聞いたら。


「普通は恥ずかしいというのが出てきて、もっと早くから一人で入りますよ」


 とのことだ。


 このままではリルの教育上良くないのではと思い、エヴァさんに頼んでそこら辺の知識というか情操教育的なものを強くお願いしてみた。


 すぐに効果があるとは思えなかったが、やらないよりは良いだろう。


 そしてずるずると長居し続け三週間ほどたった時に、珍しく魔王様が部屋にやってきたのだ。


 今日の魔王様は、長い赤髪をアップにして、いつもと同じ身体にフィットするような赤いドレスを着ている。


「ナイン。リルが喜んでおるのでここにおるのは構わんが、大丈夫なのか?」


「何がですか?」


 何を心配してくれているのだろうか?


「お前は冒険者になったのだろう?依頼を受けなくても大丈夫なのかと聞いている。Fランク冒険者は十二才以上なら誰でも登録できるからな。一か月以上活動実績がないと資格が取り消されてしまうぞ」


 魔王様はソファーに座りメイドさんに入れてもらったお茶を飲みながら飽きれた顔で教えてくれる。


 俺はハッとする!完全に忘れていた。


 そうだ、Fランクは登録すれば誰でもなれるから身分証欲しさに登録する人が多い、少しとはいえ公共施設の割引もある。


 それ目当てで登録されないように一か月に最低一度の活動実績が必要になるのだ。


 簡単な薬草採取でも町の中のゴミ掃除でも何でもいいからやらなくては実績にならない。


「忘れてました!思いださせてくれてありがとうございます。ちょっと行ってきます」


 俺は慌ててギルドプレートを確認する。


 ギルドプレートには最終更新日が記録されているのだ。


 期限切れまであと三日、まずい!せっかく特例で冒険者になれたのに資格を失ったらまた見習いに逆戻りだ。


 俺は急いで部屋を出るとリルの部屋に向かう、一言言っておかないと大変なことになるのだ。


 トントントン


 ノックをするが返事がない。


 今の時間だと実習で森にでも行っているのか・・・そうなるとどうにもできない。


 すっと魔王様が音を立てずに俺の隣に並んでくる、この人どうやって移動しているんだ?まさか魔王城の中でも転移で移動してんのかな?


「ナイン。私がうまく言っておいてやろう。私のお使いに行ったことにすればいい。まあ一度早めに帰ってくることを勧めるが」


「それは助かります。じゃあそういうことにして行ってきます。」


 俺は一度自分の部屋に戻り装備を整えると魔王城の地下に向かう。


 地下のフルプレートの兵士さん達に挨拶をすると手を挙げて返される、もう勝手知ったる他人の家って感じだな。


 転移魔法陣を起動させて別荘の地下に出て、そこから更に転移魔法陣を起動させて西の森の遺跡跡に飛ぶ。


 遺跡跡に出ると時刻は・・・昼頃ってところか、そこまで時差みたいなものはないな。


 念のため誰にも見られていないか索敵で周囲の確認・・・うん、誰もいない。


 俺はフードを被ると全力で町まで走る、途中に魔物がいたけど全部無視だ、狩ってもいいけどただ納品しただけだと実績にならない。


 町の手前で誰にも見られていないことを確認するとフードを脱いで徒歩に切り替える。


 町の門番さんにギルドプレートを見せて町に入ってすぐさま冒険者ギルドに向かう。


 今日はとりあえず何かしらの依頼を受けるだけ受けて、実績だけ作っておけばいい。


 達成はいつでもいいだろう。


 冒険者ギルドに入ると、速攻で俺を見つけたのか冒険者ギルドのお姉さんこと受付嬢のエンレンさんが驚いたような顔してこっちに向かって走ってくる。


「ナイン君!?何をしていたの?あれから全く姿を見せないから、貴族の報復を受けて死んだって噂になってたのよ!」


 たった一ヶ月いなかっただけでナイン死亡説ですか。


 エンレンさんは本気で心配していてくれていたのか思いっきり抱きしめられる・・・。


 心配してくれるのはありがたいんですが、いくら子供とはいえ、周りのおっさんたちの嫉妬に濁りきった視線がちょっと痛いんですが・・・。


「し、心配をおかけしました。ちょっと冒険者になったのを知り合いに報告に行ってたんです。帰ってくるのがギリギリになっちゃいました」


「そっか。大丈夫だったのね。」


 安心したのかほっとした表情で俺を開放してくれた、頭はなでなでしているが・・・。


 貴族が絡んだ事件で有名になってしまったら報復もありえるのか、今度からそこら辺もよく考えて依頼を受けたほうがいいな。


 伯爵が言うには貴族たちもそんなことしてる余裕はないってことだが、警戒だけはしておくか。


「それで、期限がギリギリなので何か依頼を受けたいんですが、初心者におすすめなものってありますか?」


 俺はエンレンさんと歩きながら受付に向かう。


「そうね・・・今の時期だと、ポーションの材料になる薬草の採取が各種常時依頼で出てるわ、それと数日前に出た、ゴブリンの巣の調査依頼ってところかな。」


「ゴブリンの巣の調査ですか?討伐じゃなく?」


 エンレンさんは受付に座ると、依頼書を出して見せてくれる。


「そう。西の森にゴブリンが流れてきたって話があってね。巣の場所や規模がわからないの。Fランクの依頼だから討伐前の巣の場所の特定よ。討伐は規模にもよるけどE~Dランク冒険者になるわね。」


 巣の特定か・・・これってあれか、俺は新人とはいえFランク冒険者だからEランクの依頼は受けれるし、倒してしまっても構わんのだろう?


 ってフラグを立てておいたほうがいいのか?


「じゃあそのゴブリンの巣の特定やります。地図におおよその場所を書けば良いんですよね?」


「できれば、どんな武器を持っているのかを見てくれると助かるわ。規模の目安になるの。ナイン君なら大丈夫だと思うけど・・・一人で受けるの?」


 ちょっと心配そうにエンレンさんは聞いてくるが、特定だけなら大丈夫だろう。


「はい。パーティー組んでませんし。危なくなったら逃げますので大丈夫です。」


 ゴブリンか、魔物としては最下級のFランク、緑色の皮膚で小さな角をはやした人型の魔物だ。


 大きさはまちまちだが、人種よりは少し小さいぐらい。


 棍棒を武器として使うが、冒険者などの人種が落としていった武器を使うことができる器用な魔物だ。


 群れの規模としては最低でも十匹程度と言われていて、放置するとどんどん増えていき際限がない。


 数が増えると統率するための個体ホブゴブリンや、レア個体ゴブリンキングなどが出現する可能性がある。


 心臓部にある魔石が討伐部位だが単体討伐の安さ、討伐しても何も活用できない魔物なので冒険者には人気がないが、増えると厄介なので見つけ次第冒険者ギルドに報告が義務付けられている。


 俺は依頼書の内容をさっと確認するそこにサインする。


 これでこの依頼は俺のものだ、ギルドプレートを出して更新を行う、とりあえずこれで冒険者資格の失効は防げた。


 さて、魔物が活発になるのは夜というのが定番なので今からゆっくり向かえば夕方にはなるだろう。


 俺はエンレンさんに別れを告げ、冒険者ギルドを出ると町の入り口に歩きながら屋台で夕飯と夜食を買う。


 ほし肉はまだまだ大量に持っているがそれだけってのも味気ないしな。


 アイテムボックスに入れておけば時間経過がないのでいつでも温かい。


 貢献度が高い依頼をこなして早くEランクに上げたいものだ、このゴブリンの巣の調査は冒険者ギルドが依頼主になっているので貢献度はちょっと高いはずだ。



 太陽が傾きかけた頃、俺は西の森に到着し森に入って行った。


 索敵を使い周囲を警戒しながら進んでいく、エンレンさんから渡された地図にはゴブリンが発見されたポイントが記されている、まずはそこに向かって歩いていくか。


 何かしらの痕跡でもあればいいが俺に判断できるかどうか。


 索敵には単体の魔物の気配が入ってくるが、ゴブリンは基本的に三匹以上で行動する魔物だ、単体の気配はゴブリンじゃないと仮定して無視。


 発見されたポイントにつくと辺りはもう暗闇に包まれていた。、初心者御用達の西の森とはいえ夜の森っていうのはどうしてこう恐怖を誘うんだろうな。


「ライティング」


 魔法でできた明かりが宙を漂う、作戦としてはこうだ。


 魔法の明かりをつけて魔物をここに誘う、ただそれだけだ。


 俺は明かりを空中に固定すると木の上に登り、気配を殺して待機する。


 何匹かの気配が明かりに気がついたのか寄ってくるのがわかる。


 まずはホーンラビット。


 普段は近寄ってこないはずだけど夜は寄ってくるらしいな、俺は木を飛び降り一瞬でホーンラビットを倒す。


 ホーンラビットの血を周囲に撒いて周囲に血の匂いをまき散らして更に魔物を引き付ける。


 肉はアイテムボックスにしまっておく。


 次に来たのはウェアウルフ。


 これはそのまま放置、ある程度ウロウロすると匂いだけで肉がないことを理解したのかとぼとぼ去っていく、それから何匹か魔物がきたが全てハズレ。


 ポイントが悪いのかな、冒険者が発見したのなら昼間、近くに巣があるのではなく縄張りを見回っていただけかもしれない。


 もう少ししたらポイントを変えてみようかなと思ったときに奴らは現れた。


 五匹でグギグギ言いながら明かりの元に集まり周囲の匂いを嗅いでいる。


 やっと来たか、ゴブリンは珍しく武器を持っている。


 棍棒持ちが二匹、鉄製の錆びた剣が一匹、レアな弓使いが一匹、長い棒持ち一匹。


 ゴブリンの割に装備が充実してるな、中でも一匹だけは革鎧の残骸みたいなのも装備している。


 錆びた剣と革鎧は冒険者が残していった物を使っているのだろう。


 一通り辺りを見回ると血の匂いだけで何もないとわかったのか周囲を警戒しながら移動していく。


 俺も木から降り、索敵を使いながら振り向かれても目視されない距離を保ってついていく。


 三十分程歩いただろうか?


 ゴブリンを尾行しているときに感じたのだが、他の魔物が一切ゴブリンの縄張りに入ってこない。


 ゴブリンは強い魔物ではないからよく縄張り争いをすると言う情報だが、それがない。


 となるとかなりの規模のゴブリンがいるか強力な個体が群れを統率している可能性がある。


 西の森で繁殖したのではなく東の森などで繁殖したのが移ってきたのか、それともひっそりと繁殖して目撃されるまでに増えたのか。


 更に一時間ほど尾行しているとゴブリン達は崖のほうに向かっていく、あそこに巣がありそうだな。


 少しするとゴブリンが向かっている崖の方で索敵に大量の魔物が引っかかった。


 数を数えてみるが百匹以上いるな、これはかなりの規模かもしれない。


 俺のここでやるべきことは巣の入り口を確定させることだな。


 ゴブリン達は崖下にポッカリと空いた穴に入っていく。


 よし、これで依頼完了、後は周囲を確認して大凡の場所を地図に記載するだけだ。


 俺はゴブリンの巣から離れると地形の確認をして、足早に去っていく。


 森から出る頃には薄らと空が明るくなってきていた。

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