人工勇者(失敗作)になった俺がそんなの関係なく異世界を満喫する

ひろーかそ

第1話ざわめく森

 俺は本日何度目かのため息をつく、完全に心が折れて引きこもり生活七日目だ。


 ここは深羅の森と呼ばれている森の中層と下層のちょうど中間地点にある、魔王様の別荘地。


 俺ことナインはそこを貸してもらって住み始めた。


 俺のことを少し話をしようか、容姿は黒髪黒目、よくある日本人顔・・・わかりやすく言うと俺は転生者ということになる。


 地球での年齢は二十五才だったと思う、有給を使って車で出かけて高速道路で事故に巻き込まれて死亡って感じだ。


 気がつくと、俺は死にかけの十歳の子供の身体に転生していた。


 異世界転生物でよくある年齢とともに前世の記憶が蘇るとか、強い衝撃で前世の記憶が覚醒するってタイプだな、実際死にかけてたし。


 ここは所謂、異世界ファンタジーだった。


 魔王もいれば勇者もいる、人族、魔族、獣人、亜人、剣に魔法に戦争とありきたりといえばありきたりな世界観。


 アクイラ帝国、そこで俺は十才まで人工勇者の失敗作として育った。


 ここで物心つく頃には俺は人工勇者計画の試験体九号として生きていた。


 魔王に対抗するために英雄召喚、所謂異世界召喚が行われるテンプレ世界なのだがそれはいつでもできるわけではないとされている。


 使えるタイミングは魔法陣が輝きだしたらって感じでいつ使えるのかは誰にもわからない。


 そこで計画されたのがアクイラ帝国による人工勇者計画だ。


 勇者がいつ呼べるかわからないなら自分たちで作ればいいじゃないって話。


 その実態はただの人体実験だったけどな、帝国内外を問わず孤児などを秘密裏に帝国に集めての人体実験。


 薬物と身体に刻んだ紋章魔術で種族の限界を超える体力と魔力を宿す肉体を強制的に作り、それを使い勝手の良い駒として使役する。


 数年の実験の元に形になったのが俺を含めた九人の試験体だ。


 実際は何年か前に勇者が召喚されていたからちょうどいい感じに比較できる。


 だが結局は尋常じゃない勇者の強さには届かず、しかし人工勇者は薬の影響で自我が薄いので使い勝手の良さから勇者のサポートとして、勇者を要するアース大陸同盟は意気揚々と魔族領カース大陸に攻め込んだ。


 魔族領とは人族たちが住むアース大陸とは海で別れていて別に魔族が海を渡って人族領に攻め込んでくるわけではない。


 人族たちが魔族領の資源を狙っての進行で侵略戦争ということになる。


 船で海を渡り、魔族領で陣地を作り、魔王を倒しに行くぞって時に魔族に奇襲をかけられた。


 それでも兵士や騎士、高位冒険者達は士気が高くすぐに奇襲によって崩れた大勢を立て直し、勇者を中心に優勢に戦いを進めていた、が、そこに魔王率いる精鋭ぞろいの魔王軍が現れた。


 魔王軍の参戦により状況は一変。


 士気が高く精鋭ぞろいの魔王軍により劣勢に立たされた俺たちアース大陸同盟は、起死回生の一手として最高戦力である勇者を魔王に突撃させた。


 俺たち人工勇者は勇者の行く手を阻む魔族を引きつけ、勇者を魔王の元に届けるための壁として使われた。


 勇者さえ魔王の元にたどり着けば、必ず打ち取ってくれると誰もが疑っていなかった。


 そして魔王の元にたどり着いた勇者は、魔王と一騎打ちの末、瞬殺された・・・。


 勇者の情報は魔王軍に知れ渡っており簡単に対処されてしまったのだ。


 勇者が敗れたことでアース大陸同盟の士気はガタ落ち、多くの犠牲を出しながらも敗走するアース大陸同盟、そしてその殿をやらされたのが俺たち人工勇者計画の九人だ。


 戦闘は激しく、一人また一人と散っていく中、同盟軍が逃げ帰った戦場に瀕死の状態で辛うじて息があった俺だけが、魔王の気まぐれで連れて帰られ治療を受けた。


 瀕死の重傷と人工勇者計画の実験によって身体がぼろぼろだった俺は身体が完治するまでに一か月の時間を要したらしい、らしいってのはその間一度も目を覚ますことがなく後から教えてもらった。


 そして瀕死の状態から身体が回復して目を覚ました俺は、前世の記憶を取り戻していた。


 混乱する俺は前世のありきたりではあるが平和な生活と、今世の悲惨な境遇とのギャップに苦しみ心が折れた。


 治療により肉体的には回復し、薬物と紋章魔法の縛りが綺麗に消えていたが、魔法を使うための回路と器がボロボロになっていてこのままだと長くはもたない、というのが追い打ちをかける。


 症状としては魔力のコントロールができず一度魔法を使うと体にある魔力を全て放出してしまい、急激に空気中に存在する魔素を吸収して身体に負担をかけるというものだ。


 なら魔法を使わなければって思うが常に常人の百倍程度のスピードで魔力を放出、魔素を吸収しているので身体がもたないらしい。


 心が折れていた俺はどこにも行く当てがなくこのままだと長くないと言われ死を受け入れた、というよりはもうどうでもよかったってのが本音だが、魔王様のご厚意で治療薬があるこの森の別荘に住まわせてもらっているってわけだ。



「いつまでも落ちこんでてもしかたない、よな」


 俺は魔王様から貰った装備を見る。


 雷鳴の剣 魔力を込めると雷魔法の効果が出る希少な剣。


 五式の指輪 五つの魔法陣を指輪に込めることができる。


 封魔の腕輪×二 魔素の吸収と魔力の放出を制限する。


 暗殺者の衣 装備した者の気配を希薄にする。


 アイテムボックス 空間を拡張することで容量以上のアイテムを収納できる


 この五つだ。


 封魔の腕輪は左右の腕に装備して症状を抑えることができるので外せない。


 この状態だと下級魔法程度しか使うことができないほど力が制限される、使えるだけマシなんだけどね、本来、封魔の腕輪をつけたら魔法なんか使えない。


 たぶん、魔力回路と魔力器がぶっ壊れたり変形しているから何か身体にあるのだろう。


 他の四つはこの深羅の森で自活できるようにと魔王様がくれたものだ。


 深羅の森は魔族領のカース大陸ではなく人族領アース大陸にあり上層、中層、下層というように区別されていて上層が弱い魔物、中層下層と中央に進んでいくとどんどん魔物の強さが上がっていく。


 森の近くに大きな町がないからかほとんど冒険者や騎士団がくることはなく放置されている。


 森の中は魔力濃度が高いため希少な薬草が取れるが、上層程度ではここの特産と呼べるものはなく、下層以降にあるさらに希少な薬草がどうしても必要な貴族が高位の冒険者を雇って採取に来るぐらいだが、魔物の強さも相当なものになるので割に合わずいまだかつて中心部と言われる最下層にたどり着いた者はいないらしい。


 俺は立ち上がると装備を確認して家を出る。


 魔王様の別荘の割には質素な木造建築で、一人でこっそり人族が住む街に遊びに行くときに使う家ということだ。


 家の周りには隠蔽結界が張られていて五式の指輪がないと一度結界の外に出ると帰ってこれなくなる、この指輪は色々なキーになっているということだ。


「久しぶりの外出だ、せめて自活できるようにはしていかないと」


 軽くほほをたたいて気合を入れる、方向はいまいちわからないがたぶん北に行けば中層だ。


 間違って下層に行ってしまうと凶悪な魔物に襲われる可能性がある、正直なところ森の中に一人でいるってだけで相当怖い。


 暗殺者の衣のフードを被って気配を消し、隠蔽結界に足を踏み出す。


 結界の外に出たとたん、森の中にいきなり取り残されたような孤独を感じる、五式の指輪のおかげでそこに結界があるのはわかるが、ただの森が広がっているようにしか見えないのだ。


「森の中に一人なんて怖すぎるシチュエーションだな・・・索敵」


 スキルの索敵を使う、俺を中心に円形上に感覚が広がっていく、半径百メートルぐらいしか今の俺には索敵できないが、暗殺者の衣のおかげで逆に俺が見つかることはほぼ無いので安心だ。


 さっそく索敵範囲の中に一つの気配が入ってくる。


「よし・・・何か食べられる魔物ならいいんだけど」


 音を立てないように慎重に気配に近づいていく、正面から戦う気概はないのである程度近づいたら気配の進行方向を予想して、近くの木の上に登りじっとして気配を殺す。


「あれは風グマか・・・大きくないし何とかいけそう」


 ゆっくり歩いて現れたのは青黒い毛並みで強力な切れ味鋭い爪を持つ風魔法を使うクマ、風グマと言われる魔物だ。


 魔物のランクとしてはCランクだったはず、前の俺なら普通に戦っても勝てるだろうが、今の俺には不意打ちで倒すのがせいぜいだろう。


 風グマは大きいものになると三メートルを超える個体も出てくるようだが、今回のは二メートル弱といったところか・・・まだ大人になりきれていない個体のようだ。


 音を立てないように慎重に剣を抜き刀身に魔力を通す、すると雷鳴の剣が薄っすら光りだす、あまり魔力を通しすぎると光で見つかるかも・・・。


 風グマが木の近くに来たタイミングを見計らって、俺は木の上から飛びおり同時に風グマの首に剣を振り下ろす。


「くっ・・・」


 ほんの少しの抵抗はあったが、簡単に首を切り落とし風グマは切断面から血を吹き出し崩れ落ちる。


「よし!一撃でいけた!とっとと帰って今日は熊鍋だな」


 俺は緊張でかいた汗をぬぐいながら、すぐにアイテムボックスに風グマをしまい俺は家の方に急いで帰る。


 あまり長くいると血の匂いで他の魔物が寄ってくる危険性があるのだ、中層とは言え深羅の森という秘境だから油断は禁物。



 そうやってゆっくりと自分の気持ちを落ち着けるように、一日の目標を決めて過ごして一か月ほどがたった。


 午前中は魔物を狩って食糧確保か、下層へ行って魔力器の治療薬の原料になる『月の雫』などの薬草採取、昼からは無理をせず本を読んだり魔法の実験、薬草の調合と俺なりに一人の生活を少しづつ楽しんできていた。


 元々食材は食べきれないほど保管されていたし、薬も大量にあったので何もしなくても生活はできたのだが、日本とは違ってネットや娯楽がないので何もしないと本当に暇だったのだ。


 おかげで新たに覚えたのが紋章魔術、時空魔法、薬草の調合だ。


 紋章魔術は各種魔法を元に人族が作りだした魔法のことで紋章や魔法陣を書くことによって効果を瞬時に発揮、持続、増幅させることができる。


 なぜ魔術と言われているのかというと発明した人が新世代の魔法として区別したかったらしい。


 調合は最優先で覚えた。


 俺の状態を回復させるエグジットポーションを作るためにいつでも自分で調合できるようにしたかったのだ。


 調合書が何冊もあったので基本的なポーション類とエグジットポーションは作ることができるようになった。


 魔法の実験としてはまだ未完成だけど今の制限された状態でも中級上位レベルの火力を出せるようになった。


 五式の指輪の空いている部分に紋章魔法で時空魔法と各種六属性魔法を一つの魔法陣に刻み込み、六属性の初級魔法が同時に飛びだすビックリ仕様だ。


 なぜ時空魔法も使うのかというと魔法陣に複数の魔法を刻み込むと使った瞬間に全ての魔法が混ざり合って発動しないという結果になった。


 そこで時空魔法を追加することで一つ一つの魔法を包み込み混ざり合うことなく敵に向かって飛んでいくことに成功。


 未完成なのは各魔法を単発で使うのに比べて一・五倍程度と魔力消費が多く回数が使えない、各魔法が飛んでいくスピードが同じではないため着弾までの時間が違う、魔法陣を使っているため決まった魔法しか出ない、魔法陣が出てから発動するので発動から発射までに若干のタイムラグがある、五色の指輪装備時限定ってことが上げられる。


 ただすべて当たった場合に魔法の効く相手なら中級魔法の上位に匹敵する火力になる。


 かなり派手な混合魔法?みたいなものなのでもしもの時には役に立つだろう。

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