第12話 ダグラス初戦

 目が離せないと思った。


 俺が産まれた村は、本当に何もないど田舎で道も整備されていなければ魔物を退治してくれる騎士様も配置されていない辺鄙な所だ。

若者はみんな都会に出てしまうから年々子供は少なくなるし、男手がなくなれば魔物の被害も激しくなる。

 俺を育ててくれたじいちゃんも、魔物に襲われてその時の怪我が原因で死んでしまった。

家族も失って、金もない俺は当然都会にも出れないから、あぁ俺はここで老いて死ぬか魔物に襲われて死ぬのかと諦めていた。


 そしたら、ある日騎士学校の新制度を掲げた政府が村に来た。

村に残っていた若者を集めて色々な質問をして、体力や腕力とか色々な試験を俺達にやらせた。どれも辛くて苦しかったけど、なんとか俺はその試験に受かりこの騎士学校に来れた。

 

  騎士学校は女人禁制の男子校で、男しかいないのに親衛隊ってのがあるし、俺が男だとわかっているのに俺を好きだという会長や生徒会メンバーの面々。

 正直、はじめは予想の遥か斜め上な展開にショックを受けていた。

だって、男を好きって言うんだぞ?

でも、その日そう考えていた自分に盛大に土下座しなくてはいけない事案が発生した。


 銀色の髪、白い肌、翡翠の瞳。

少女のように可憐なのに、瞳には強く男らしい力がこもっていて、身長と同じ位の大剣を振り回している君に会ってしまったから。

見惚れるって、こういう事を言うんだと思った。可憐なのに剛胆、凛としたアンバランスな美しさ。


“ねぇ、きて?”


「ふわわわわわぁぁぁーーー!!??」


 夢に出た。いかがわしい夢に出てきてしまった。

そして、そんな夢を見た報いなのか第一印象は最低最悪。


「あ、あのっ…よ、よかったらお名前を!」


「はぁ? 僕の名前ェ? 教えるわけないじゃん、平民の癖に生意気〜〜」


 というか、最初から嫌われていてマイナスからのスタート。だから、ようやく名前まで覚えて貰ったこの好機。

逃すわけにはいかない!


※※


「あ、ダグラス!」


「ティグリスさん!」


「平民野郎」


「…親衛隊副隊長さんも」


 観客席に行く途中、偶然にもダグラスに出会した。普通に名前呼んじゃったけど、別にいいよな?


「もしかして、応援しに来てくれたんですか?」


「えっ?」


「チッ…」


 グライドぉ〜舌打ち聞こえたぞ。

尻尾をブンブン振った仔犬みたいなダグラスに、敵情視察です! とは言えないだろ!? あ、親衛隊長なら言えるのか? いやいや、でも助けてもらった相手にそれはないない。


「まぁねぇ〜、僕は初戦楽勝だったからぁ。

高みの見物ってやつかなぁ〜」


 ここら辺が落としどころだろ。


「おめでとうございます! 流石ティグリスさんですね!」


「えっ…あ、うん」


「魔法ならティグリスさんに敵う相手はいませんよ! 俺も頑張ってティグリスさんに続きますからっ」


「う、うん。が、頑張れ」


 褒められちゃったし、思わず応援の言葉をおくってしまった。


「隊長」


「ひぇっ!?」


な、なんだよグライド!驚かすなよ。


「貴方が会長様親衛隊長って事、お忘れですか?」


「わっ! 分かってるよ!!」


「副隊長さん」


「なんですか、愚民」


 おーい、平民の次は愚民か? 本当、グライドってばダグラスに当たり強いなぁ。


「男の嫉妬は見苦しいですよ?」


「貴様もな」


 ん? 何を二人だけで内緒話してんだ?

目から火花飛ばしてるし。あれか、負けんじゃねーぞ俺のとこまで来やがれ的な男の友情?


「ティグリスさん、俺勝ちますから!」


「うん」


「這いつくばって泣け」


 この嫌いっぷり、グライドの方がよほど親衛隊長って感じだな。


※※


 ダグラスと別れた俺達は、観客席に隣同士で座ると先ほど売り子から買った食べ物を広げた。

ピタデアと呼ばれるこの食べ物は、形状はクレープによく似ていて、薄く甘塩っぱい黄金色の生地に野菜と肉とタレを包んだ携帯食品だ。特にヨーグルトっぽい白いタレが堪らなく美味い。ほんのり酸っぱい酸味と肉汁が絡み合った味のコラボレーション。

俺は、手が汚れるのも厭わずピタデアに噛り付いた。


「ほんと、これ……あむあむ、神のたべ……もにょ♪」


 むしゃむしゃ、もぐもぐ。

肉、肉汁だ。そして、シャキシャキの野菜!そして、タレ!また肉!タレ美味いぃぃ


「隊長、はしたないです」


「だって……神の……旨い…最高」


「……ほら、口元」


「むっ?」


 グライドの指が俺の口元に触れて、タレを掬い取る。あ、零したのか失敬失敬。


「零してますよ?」


「んちゅっ」


「!?」


 俺は、グライドの人差し指に付いたタレをチュッと舐めた。神の食べ物だからな、勿体無い。


「た、隊長……っ」


「ん、美味しい」


「…………ッ……ッ!!」


 最後に唇のまわりをペロリとひと舐めし、俺は満足気にお腹をぽんと叩いた。


「あれ、グライド気持ち悪いの?」


 急にグライドが前屈みになって真っ赤になってしまったので、慌てて背中をさする。

ピタデアにあたった?


「あ、あ……いや、大丈夫です。大丈夫ですから、あまり触らないで下さい」


「え、もしかして出そう?」


「でッ!? いや、まあ、いや……大丈夫です。少しすればおさまるので、とにかく触らないで下さい」


「分かった。水飲む?」


「お構いなく………はぁ、勘弁して下さい」




「始め!!!」


 あ、もうダグラスの試合が始まったようだ。

グライドも平気だと言うので、俺は試合に集中した。


 ダグラスは、巨大なハンマーを握り腰を低くくしている。対する相手は、大剣を担いでジリジリと間合いを詰めていた。たぶん、一撃必殺系の戦闘スタイル。

互いが間合いに入った瞬間、対戦相手が体を回転させ、その勢いのままダグラスに剣を振り下ろした。すかさずダグラスが攻撃を器用にハンマーでいなしながら反撃する。かなり鋭い一撃だったが、相手もかなりの腕で剣で受け止めてまた攻撃を返してきた。

得物同士が激しく衝突する度に火花が散る。


「すごい」


 あんなに重い得物を魔法も無しに使いこなすなんて、凄い腕力だ。たぶん力だけならグライドよりも上だろう。

剣術の授業では特に目立った成績を上げていないダグラスだったが、それは彼の得意な武器が剣ではなかっただったみたいである。


 ちらりと横のグライドを盗み見れば、彼も同じように考えたらしく先程よりも真剣にダグラスの闘い方を見ていた。


「……らぁッ!!……はぁッ!!」


 まさに力と力のぶつかり合い。

普段の穏和な彼からは想像も出来ない好戦的な表情を見ていると自分は随分ヤバイ奴に喧嘩を売っていたと冷や汗ものだ。

このままダグラスが勝ち進めば、グライドと対戦になるけど……大丈夫か?グライド。


「ぜぁッッッ!!!!」


ガキィィィン


 嫌な金属音が響き渡る。

鉄の塊が空に飛び、ザクリと地面に突き刺さった。

ダグラスの一撃が剣を叩き折ったのだ。


「勝者、ダグラス!」


「わぁ〜ダグラスが勝ったぁ」


「平民め、運が良かったみたいだな」


 試合の礼を終えたダグラスがブンブンと両手を広げてこちらに叫んでいる。

おめでとうと一言叫んでやりたいが、人目が多過ぎるので軽く手を振るだけにとどめた。


「ふふ、グライドもぉ〜頑張らないとねぇ」


 さてさて、いや本当、強いなぁ…

二人が対戦する事になったらどっちを応援すりゃいいんだ?

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