第2話 親衛隊長のお仕事

 翌朝。甲斐甲斐しく俺の髪を梳かすグライドに身を預けながら、俺は朝食のパンを口に運んでいた。

副隊長ってのは大変だ。いわば恋のライバルである俺の世話をこうして焼かなければならない。嫌じゃないのかな?

じゃあ、止めさせろって?

そうだよな。でもいや、正直ごめん。楽だし、すんごく気持ちいいから止めさせられない。


「……んっ…」


 チリッと櫛の先が耳を掠めたので、変な声が出た。


「すみません」


「ん、大丈夫」


 もしや、俺への不満を小さな嫌がらせで返そうとしている?いやいや、グライドに限ってそんな……


「……血が」


「へ?」


 はむ…ぺろっ


「ふぎゃーーー!!??」


「すみません。痛かったですか?」


 いやいやいやいや、そこじゃない。そこじゃないよグライド君!?

き、君、今なにした?俺に何した!?

嫌がらせなの⁇ねぇ、やっぱり嫌がらせなの⁇

耳に噛み付いて血をちゅうってするとか正気!?しかも最後舐めたでしょ!?


「い、いい痛くないけど……あ、あ、」


「以後気をつけます」


「あぅあぅ……ッ」


 表情が読めない!このイケ面全く表情が読めないよ、やだ怖い!お母さん助けて!!


「そろそろ、授業に向かいましょう」


「……不満があるならハッキリ言えよ」


「いま何か言いました?」


「な、なんでもなーーい♡」


 おまけに地獄耳。




 煌びやかな金髪に碧眼の甘いマスク。スラリとした高身長。ひと際目立つ容姿の男が俺とグライドの目の前を通り過ぎた。


「きゃっ♡会長おはようございまーす♡」

「おはようございます」


 自分でも吐きそうなほどブリッ子声で俺が挨拶をし、続いてグライドも挨拶をする。

そうコイツが件の会長様だ。

親衛隊隊長なら、少しでも親しみを込める為に名前を呼びそうなものだが俺は会長呼びをしている。

告白する。俺は会長のあの長ったらしい名前をそらで言えない、だからいつも会長呼びなのだ。いちいち覚えてられない。


「……ふん」


 はい。今日も冷たい視線戴きましたーー!

お勤めご苦労様でっす俺。

会長がいまご執心の平民君にイジワルする俺達親衛隊は今日も清々しいほど嫌われている。特に俺な!


「ティグリスってばまた無視されてるー。いい加減、嫌われてるって認めて諦めたらいいのにぃ。ね?フリクセルデューン?」


 あ、それそれフリなんちゃら。

フリ会長の隣のピンク髪美人(だが男である)がぷーくすくすって感じで俺を見て嫌味を言った。彼は騎士学校の三席のウルズ。美人な容姿とは裏腹にかなりのドS王子で知られている。可愛く相手を嬲るのが好きらしい。

特に気に入った奴ほどという恐ろしい性癖の持ち主だ。俺は見ての通り彼にも嫌われているので、ある意味安心である。


「興味がないな。行くぞ」


「くすっ…はーい」


 はいはい。早く行って下さいねぇ〜授業に遅れちまうわ。


「隊長…気にしなくていいですよ、あんなの」


「へ?あ、うん!大丈夫♡僕の美貌に嫉妬してるんだねぇ〜」


「はい」


「えへ♡(肯定すんな。どう考えてもウルズの方が美人だろ。居た堪れないわ!)」


 俺達はその後、普通に授業に出席し騎士に必要な訓練を受けた。

 この世界の騎士学校は、俺の世界と違って剣技や基礎学問以外にも魔力の授業がある。グライドは見た目通り剣技が凄い得意で、俺はてんで駄目だ。

 だが、その代わりに魔力はズバ抜けている。このティグリスって奴が騎士学校にいられるのもこの魔力のおかげだ。

なんでも、並みの騎士は一般人よりも2倍近く魔力があるらしいが俺はその5倍。つまり一般人の10倍の魔力があるらしい。

だから、重い大剣も魔法で羽根のように軽くしてぶんまわせるってわけ。まあ、振り回せるだけじゃ上手くいかないのが剣なんだけどね。


「ティグリスは、本当に惜しいよなぁ。

そんな大剣を扱えるのに……センスがない」


 ブンブン大剣を振り回している背後から渋い声が残念そうに呟いた。

振り返ると赤毛に無精髭のおっさん…剣術教師のラズバーンが立っていた。

前髪の隙間から見え隠れせる額の傷は、昔戦で付いたらしい。あんなとこ斬られてよく生きていたよな。


「ヒドイよ〜先生〜〜」


「魔法に頼り過ぎなんだよ、お前は」


 うるせえ。頼らなきゃ、こんなもん持てねぇっての。


「魔力封じられたらどうする?なぶり殺しだぞ。力だけで剣を振るえるように鍛えろ」


「ふぁ〜い♡」


 嫌です。運動嫌い。暴力反対。

俺は可愛らしく舌をぺろっと出して返事をした。こうしておけば、大抵の教師は俺を見逃してくれる。


「あ、あの、ティグリスさん」


「え?」


 俺がラズバーン先生にひらひら〜っと手を振って追い払っている横で小さな声がした。

栗色の猫っ毛に金色のタレ目。ちょっとがっちりしている以外は田舎の青年って感じの奴がもじもじとこちらを伺っている。

そう、彼が平民君。名前はまだない(知らない)

グライドの調べによれば、俺達みたいな貴族の出ではなくて田舎の平民だが特待生として今回騎士学校に入学したらしい。


「よかったら俺がティグリスさんに剣を教えようか?俺、教えるのは得意なんだ」


 お人好しかーお前はー!?俺はお前に不本意だがイジワルしてる隊長様やぞーー???

なにそんな俺に親切にしようと近づいてるわけ?あっ!ほら、グライドがめっちゃ向こうから睨んでるよ!ほら!!


「別にいらない」


「でも、本当に魔力が封じられたら大変だよ?」


 察して!今俺ってば、今世紀最大の嫌な顔して断ったよね??

あ!そうだ!俺は今日お前に膝カックンをするんだった!!これで、退散させてやる!

よしッ


「……しつこい!えいっ!」


「わっ!?」


 かっくん。ってならない。

いや、当たり前だ。あれは、不意打ちしてこそ意味を成す技。

全くバランスを崩さなかった平民君がキョトンとこちらを見下ろす。

俺は恥ずかしさで顔に血がのぼるのを感じた。


「見るなよっ……へ、平民!」


 苦し紛れにキッと睨みつけながら怒鳴る。

だが、効果は意外にもあったようで平民君が口に手を添えてぷるぷると振るえ始めた。

平民呼びがショックだったらしい。

すまん。だが、早くどっか行ってくれ。


「ご、ごめん……かわ…あ、いや!あの俺、また今度教えるから!!」


 平民君はそう言い残して、訓練場を出て行った。

……グライド、恐いから睨まないで。もう平民君は行っちゃったし、失敗したけど制裁もう加えたから。



 放課後。俺は騎士学校の集会所に向かっていた。やりたくもない親衛隊の定例のミーティングがあるのだ。単に会長様に寄り付く虫達を追い払う悪巧み会議だと思っていたが、そんな事はない。会長様の負担を減らそうと、半生徒会役員的な仕事を担っているのがうちの親衛隊の特徴でもある。予算管理や警備、学生指導などやる事は山程ある。

 なるほど、ティグリスという男は意外と出来る奴だったみたいだ。…ほんと何してくれちゃってんの?


 でも、昔から真面目だった俺にはサボるという発想はない。後が恐いから。

ぶちぶちと文句を言って今朝方まで準備をしていた書類に目を通しながら、中庭を進んだ。

 この中庭は、集会所への近道だが何故か皆ここを通りたがらないので安心して素の自分を出せる場所だ。

 綺麗な薔薇のアーチが小さな噴水まである。

生憎ここは女子禁制の騎士学校なので、恋人達の憩いの場所にはなり得ないが俺なら絶対にここに彼女を呼んでイチャイチャするね。

生まれてこのかた彼女がいた事ない俺だけど

イチャイチャしたいです。


 ぶにゅっ


「ぶにゅ?」


 あれ?犬の糞でも踏んづけた?ばっちい。


「ってーーーな!? 誰だコラァ!?」


「ひぇッ!!?」


 犬の糞が喋った。じゃない、なんか足元にすんごい形相でこっちを睨んでる不良がいる。


「足退けろやクソがッ!」


「あ、すんません」


 やべ。また素で答えちゃった。

誤魔化すように俺は不良君から足を退けて頭を下げた後にちょっと上目遣いで見つめた。


「ったく、俺の昼寝を邪魔しやがってぶっ殺すぞ!?」


「きゃっ!す、すみますぇ〜ん」


 起き上がった不良は、190㎝はあろうタッパで高圧的に俺を見下ろしてくる。

 なぜこの世界の奴等は、俺のキュンキュン攻撃が全く効かないんだ?

ああ、そうかこの不良もイケメンだからか。

凶悪な顔をしてはいるがよく見れば、深い緑の短髪に黒真珠のような切れ長の瞳、浅黒くがっちりとした体格。

こいつにもどうせ親衛隊がいるんだろうな。


「ん、おまえフリクんとこの金魚の糞じゃねぇか」


「げっ……僕ぅ〜急いでるんで!お邪魔しましたぁ〜〜♡」


 フリ会長絡みは厄介事が多い。俺はいそいそとその場を逃げるように去った。




「隊長、遅かったですね」


「ごめ〜んグライド。皆待たせちゃった?」


「いえ、まだ全員集まってませんでしたから」


「あ、そうなんだ?」


 集会所の着いた俺は先に着いていたグライドに状況を確認する。どうやらまだ数名来ていないらしい。間に合ってよかった。

今日のミーティングで話し合う書類にをグライドに渡し、中央の椅子に腰掛ける。

議題は最近問題になっている生徒行方不明事件の対策。巡回強化と巡回班の編成見直し、そして他親衛隊との連携だ。


「ティグリス隊長。遅刻者はいますがもう始めましょう」


「うん、そうだね。

皆、今日の議題は“巡回強化”についてだよ!

噂で知っているかもしれないけど、つい先日行方不明者が3名になった。犯人が見つかっていないから、いつ僕達が標的になるか分からない」


 俺はグライドに促されて、議題を読み上げた。何十人もの視線が俺に集中する。

親衛隊に所属してはいるけれど、さすがは騎士学校。怯えた表情の者は誰もいない。

たぶん、俺が一番今回の事件を怖がっている。


「そこで、巡回チームを再編成するよ。

物理攻撃が得意な者と魔法攻撃担当、そして回復と探知担当。この3名を基本隊形にして、巡回班を今の2倍にします。

皆には負担をかけてしまうけど、会長もお心を痛めているからね! 皆頑張ろうね♡」


「それでは、班別け表を配ります。自分の能力に不安がある者は挙手するように、その際名前と希望隊形担当と基礎能力値を言って下さい」


 グライドが俺に続いて説明する。

えーと、基礎能力値っていうのは簡単にいうとゲームのステータス値みたいなもので、自分の戦闘能力を数値化したもののこと。

主に体力・腕力・魔力・特殊の4つで数値化されていて、探知能力は魔力と特殊振り分けられているんだ。

 俺もまだ勉強中だから細かい事は分からないけど、取り敢えず俺は魔力系で少し回復が使えるが腕力がないタイプ。

だから、体力と腕力値が高いグライドみたいなタイプと編成を組むのがベスト。

うむ、さすがは我が右腕だよな。


「うーん…」


「どうしました?」


「ん? なんだかなーって、思っちゃってさ」


 俺とグライドはこの後直ぐに副会長親衛隊とのミーティングだ。夕飯を食べる暇もない。

こうして親衛隊は文句も言わず、騎士学校の治安の為に動いているというのに当の生徒会は平民君の尻を追いかけてばかりで働こうとしない。

彼等に好きになって貰える可能性もないのに、まるで奴隷のように雑用だけを押し付けられて……俺の親衛隊の皆が可哀想になってくる。


「グライドに言っても仕方ないよね」


 でも、それでも彼等は会長が好きだから役に立てるだけで嬉しいのだろう。だからこそ、やるせなく思ってしまう。


「……それは」


 む、とグライドの眉間に皺が寄る。

中途半端に否定されて嫌な気分になったのだろう。続きは会長が好きなグライドには一生言わないけど。


「そんな事よりグライド、僕達のチームのもう一人だけど「隊長ッ!!!!」


 突然悲鳴のような声が外に響き、俺の言葉を遮る。鬼気迫る声に驚いて、俺達は慌てて外にを出た。

 集会所の前に息も絶え絶えに倒れ込む数名の生徒達。彼等には見覚えがある。


「た、隊長!! 大変ですっっ!!

レイスです! レイスが現れました!!!!」



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