平凡学生だった俺が異世界で親衛隊長になったわけだが早く辞めたい
ぱる君
第1話 俺がぶりっ子隊長になった顛末
疲れた。
俺、樋口雅人(ひぐちまさと)もといティグリスは盛大な溜息を吐きながら机に突っ伏して唸り声をあげた。
何故名前を言い直したかって?事情を説明するとなると長くなるが、今の俺の苦労を語るには必要不可欠なので話しておこう。
語るも涙、聞くも涙の物語だ。
もともと、俺は至って平々凡々な家庭に生まれた頭も運動神経も並の普通の男子高校生だった。樋口雅人って名前も、まあ鈴木とか佐藤に比べれば珍しい苗字の方だが親の名前の一部をとって雅人なんて名付けれた辺りも一般的でキラキラネームとかではない。親友からは、まーちゃんなんて呼ばれていた。
そんな俺が何故ティグリスなんて名乗っているのか、生粋のTHE日本人らしい黒髪黒眼ではなく、ふんわり銀髪に翡翠の瞳なのか。
ついでにいうと、何故平凡な容姿が女の子みたいなキュルキュルな美少年なのか!?
それは1ヶ月前に遡る。
俺がまだ樋口雅人を名乗っていた頃、高校からの帰り道ソレは突然起こった。
その日、昨日発売したばかりのゲーム「悠久のシーナリー」を全ルートを攻略し終えるまで徹夜でプレイしていた俺は急激な眠気に襲われた。くらっとして、一瞬気を抜いた時には長い階段を登る途中で阿呆にも足を踏み外してしまっていた。
背中に冷たいものが瞬間的に走り、世界がスローモーション。ヒュッと息を飲み、あ、とかなんとか小さい声が辛うじて喉から漏れたがそれだけだ。俺の体はそのまま後ろ、つまり下へ引っ張らられ……うん。
最後に何か声が聞こえたけれど、近所の誰かが俺が階段を落ちるのを目撃したんだろう。
そして、気が付いたらここにいた。
夕暮れと夜が混ざったような色に輝く空、見たこともない広い大地。それ等を見た俺は、ここが天国なのかと思った。
その証拠に起き上がった俺の体には違和感があった。手や身体が一回り小さくて、声も声変わりする前のように高く可愛らしかった。
まさに天使に生まれ変わったように!
あ、そうそう。ここと言ったが正確には聖都ユミリルだ。俺がいた日本とは全く違う世界の中心都市で王族に仕える為の騎士学校がある。俺はその聖都の近くの森で目を覚ましたらしい。
違う世界。
そう、ここは天国じゃなく異世界だった。
※
コンコン
「ティグリス隊長。お部屋に入ってもよろしいですか?ご報告したいことがありまして」
「いいよ。入って」
タカビーな甲高い声を上げ、女王様よろしく偉そうに扉の向こうの人物に声を掛ける。
「失礼します」
天国だったらどんなに良かっただろう。あの後、訳もわからず森を彷徨っていた俺は、俺をティグリス隊長と呼ぶコイツに発見されてこの騎士学校に連れ戻された。
初対面のはずのコイツは、さも当たり前のように俺に敬語を使い部屋に送り、次の日の朝にまた部屋を訪ねて来た。授業に遅れないように起こしにきたのだ。
どうやら俺は、ティグリスという美少年と身体が入れ替わってしまった?らしい。
今の俺の身体には、俺が目を覚ます前の生活がしっかりとそこにあった。
「報告します。会長は先日もあの平民野郎と接触し、あろうことか会話をしたようです。
これは明らかなルール違反ですね」
うん。そう。
騎士学校のティグリス隊長なんて呼ばれたら、そりゃかっちょいい騎士の隊長様だと思うよね?俺もそう思う。
でも、残念。そうじゃないんだ。だって、こんな細腕な美少年が騎士隊長のわけないよね。常識で考えたら変だよね。
「またぁ?」
「会長に近づく輩には、身の程を弁えさせねばなりません。」
「……あ、えっと、制裁はいいから!過激なのはナシで!えと、テスト近いし!」
はい。そうでーす。
ティグリス隊長の隊長は、この騎士学校の会長様の親衛隊長つまりファンクラブ隊長ってことでしたーーー!
わーーー……わぁーー…マジでぇす……
「しかし…」
「そんなことより、グライド」
そして、コイツ。グライドは、会長親衛隊副長であり俺の右腕。
家柄も良く、精悍な面立ちに黒髪にグレーの瞳のイケメン。俺なんかと違って、身長も高くて筋肉も程よくついている(騎士学校だから当たり前か…むしろ俺がおかしい)
会長を抱きたいのか抱かれたいのか、正直どっちか分からない奴だ。
「なんですか隊長?」
「その、平民君の報告って大変じゃない? 毎日毎日…その、別にやめてもいいんだけど」
溜息の原因はそれ。そう、俺はもう親衛隊長として、高飛車に振舞い平民君?をイジメるフリに正直疲れてきていた。
ここに来たばかりの頃は、周りの人間に怪しまれない為にティグリス隊長として高飛車かつ高慢な女王様を気取って命令を下してきたが…この世界の生活にも慣れてきたし、もうそろそろいいだろ。
なんなら親衛隊長の座を誰かに譲ってもいい。だって俺、会長に全く興味ないし。
「別に大変ではありません。隊長…いや、俺達に敵対する種は早いうちに排除すべきかと」
うっわ過激だよ〜。このイケメンこわいよ〜。目がマジなんだもん。
このグライドをはじめ親衛隊の奴等はかなり過激な思考の持ち主が多い。俺がもし隊長を辞めたら、お構い無しに平民君に制裁を加えるだろう。…そんな事になったら夢見が悪い。だから、俺は未だに隊長の座をおりられないでいる。
「あ〜…うん。じゃあ僕が制裁しとくから君達は何もしないで? いい?」
「……」
「グライド? いいよね?」
「……はい」
不満顔のグライドに内心溜息を吐きながら、俺はおもむろに上着を脱いだ。
透き通るような白い肌にぷっくりと薄ピンク色の乳首が二つ可愛く付いた身体は、まるで可憐な少女の様に艶かしい。
「た、隊長」
「ん? 何?」
「なんで、脱いで…いるんですか」
なんでって、もう夜も遅いし寝間着に着替えて寝るつもりなんだけど。なんで、お前そんな顔を真っ赤にしてるんだ?
「寝るからだけど」
「人前で脱ぐなんて、無防備過ぎます。やめて下さい」
はいはい。見たくもない男の身体見せてすみませんでした。会長みたいな筋肉皆無ですみませんでした〜。
「……ケチ」
「何か?」
「なんでもなーい」
「では、俺はこれで失礼します。……ちゃんと歯を磨いてから寝るように」
「はいは〜〜い」
やれやれ。明日は平民君に軽く嫌がらせをしなくてはならなくなってしまった。
さっさと隊長なんでも辞めて、早く元の身体…いや元の世界に戻る方法を調べたいのに。
「平民君に膝カックンでも食らわせるか?……めんどくせ………はぁ」
俺は今日何度目か分からない溜息を吐きながら、ベッドによろよろと歩いて行った。
この世界に来て1カ月と1日の夜が過ぎた。
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