記憶のありか

ルー・ガルー

第1話

「どういうことですか?説明がつかないのですよ。カレンダは妙に納得して奇跡じゃないと言っていましたが、我々には奇跡にしか見えないのです。奇跡ではなく理論的に説明がつくとは思えないのです」

 鳥のアニマルガール二人には納得がいかない現象だったのだ。

 だが、カレンダは納得していたのでそれが何故なのかを聞き出そうとしたがすでに居ない。それで白羽の矢が立ったのが私、カコ博士だったわけだが、私自身研究所は滅茶苦茶に荒らされている上に緊急事態下のトップだったこともありその対応にも追われているのであるからあまりのんびり話している暇もないのだが。

「記憶ってものはとても抽象的なモノだからよ」

「それでも、我々アニマルガールは動物に戻った段階でアニマルガールであった時間そのすべてを失う。これは、あなたの論文ですよカコ博士。そして今回の事例はその否定――」

 まったくよく勉強している。

「いいえ、それは間違ってはいないはずよ。あなた達動物がアニマルガールになってまた動物に戻るとき、その動物は年を取っていないから」

「なら、はやり、今回のことは奇跡というしかないのですよ」

 さて、賢いこの二人にならある程度端折った説明で行けるだろうが、鋭く理論の破綻を突かれることも考えねばならないのだが、いかんせん疲れがたまっているのだ。

「仮説は二つ。一つはアニマルガールから動物に戻っても記憶は脳のどこかに保持される説」

「ならなぜドールはすぐに記憶を取り戻さなかったのですか」

「脳の記憶のメカニズムはいい加減なものなの。多くを忘れていくけれど、何かのはずみで急に思い出すことはよくあることよ。デジャウ感なんかがそれ。脳は常に忘却をし続けている、でもそれが完全に消えたわけじゃなくて何かのはずみで思い出せるように忘却をしている。動物に戻った時にアニマルガールの記憶はすべて動物には不要な情報。だからそのすべてをそっちに振り分けてしまうと考えれば、何も不思議なことではない」

「時間は戻るのに?」

「まったく同じ細胞に見えても記憶は更新されているかもしれないわね、そこが記憶の曖昧なところ。例えとしては悪いかもしれないけれど、パソコンのHDDを初期化したとしてもデータは復元できる。一見――普通は戻せないけれど、カレンダなんかなら簡単に戻せるはず。普通の人なら消えたデータが戻れば奇跡か魔法に見えるでしょうね」

 HDDのデータについて書いてある記事を二人に見せる。削除しているのは栞や目次でそれが消えると本文のページにたどり着けなくなるが、強制的にページを開けば消したデータも読むことができるそんな説明だ。

 理解の早い二人は納得したようになるほどと言っている。

「つまり――動物に戻った時に記憶は削除されたように見えるけれどアクセスできないだけで動物のドールにも残っていたと」

「この場合、同一の個体だから起こったこと――栞や目次が周りのフレンズが持ちよった輝きで復活したのですね」

 十を話さなくても伝わるのはストレスがなくて気持ちがいいなと思う。サーバルなどなら二十、いや、八十くらいは説明しないといけないかもしれない。

「もう一つの説が記憶は脳だけにあるものではないという説」

「記憶が脳以外の細胞にもあるというものですか?肝臓なんかにもあるとは言われていますが、これも脳と同じで戻っているのです」

「ええ、体の中だけならリセットされてしまっているかもしれないわね、でもそうじゃなくて、だけど――そうね、胎内記憶ってわかるかしら?」

「ええ、聞いたことぐらいはあるのですよ。よもや、そんな非科学的な現象がカコ博士から飛び出すとは」

「あるはずがない記憶がさもあるかのように捏造される。そしてその記憶が偽物だとは本人も気が付かない」

「それは、ドール記憶が私たちの輝きで作られたものかもしれないという――SF小説なんかでよく目にする話ですか?」

「近くて遠い話。なくなった記憶が書き直されたという点でその手のSFと近いかもしれないけれど、その記憶は本物――少なくともその手のSFと違って作られた記憶ではない。記憶はどこにあるのかだけど脳や体の中に納まりきれる量じゃないと思わない?」

「だから我々は忘却をしながら記憶を整理してデータが満杯にならないようにしているのでしょう」

「その思い出すメカニズムが考えているものと逆――深層に眠っている普段思い出せない記憶ではなくて、その思い出させた光景や匂い味なんかが記憶を持っているとすれば」

「待つのです、それならすべての人が同じ記憶に――」

「観測者によって観測される結果が異なる――」

 ここまで言った時点で二人は理解したようだったのでそれ以上は言わなかった。

「匂いや味なんかは大げさだけれどさっきの胎内記憶なんかはその例で聞いたこと見たこと親の想いなんかが記憶を作り出す。多くの記憶は外部から読み取っているだけに過ぎない。だとすれば探検隊のあの環境はドールにとって多くの記憶を取り戻すのに十分な環境だったはず、周りのフレンズも環境も匂いも味もドールの記憶を持っていた」

「記憶を取り戻すきっかけもテントや日記帳だったときいているのですよ」

 二人は納得したようで自分たちでこの先の研究は進めてやろうという風だ。放っておくとマッドサイエンチックになってしまう二人にはどの程度の効果があるか不明だがくぎを刺しておいた。

 ただでさえ研究ができていない時間が多すぎるのにやりたい研究は続々と湧き出てくる。復興作業に報告書、パーク外に多くの人が出て行ってしまった分の雑務まであるのだからてんてこ舞いだ。

「はぁ、のんびり散歩でもしたいわ」

 現実逃避という奴だろうか。脱力と同時に口からこぼれ出る。

「我々は賢いのでしっかりお礼をするですよ」

「ええ、望みしかと聞いたのです」

 とっくに部屋を後にした二人が破壊された屋根から侵入してきて両腕を掴まれた。

「え?ちょっとまって?」

「これは拉致なのです。拒否権はないですよ?」

 ぶわっと体が宙に浮く。壊れた屋根から部屋を抜け出してさらに高度を上げていく。

「まって、高い!高い!」

 そこから水平に加速していく。

 空の散歩はとても楽しめるものではなかったが、鳥はこんな世界なのかそう思った。

 その日必要な仕事を終えベッドに入ったのが遅くなったのは言うまでもない。

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記憶のありか ルー・ガルー @O_kamiotoko

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