第550話 不届き者を追って

 人混みを抜けたシドは、水を得た魚のように華麗に左右にステップを踏んで人混みを掻き分けていく。


「ね、姉さん……うどん…………待って!」


 背後からソラの必死の叫び声が聞こえるが、シドの足が止まることはない。


 男たちがソラから盗んだ財布は、全財産とはいかなくとも、これから先の旅をする上で絶対に必要不可欠であった。

 生きる上でいかに金が大切であるかを痛感しているシドは、妹たちに苦労をさせないためにも、あの金は何が何でも取り返すと決めていた。



 まだ背後にソラが追って来ている気配を察知したシドは、走りながら背後のソラに向けて叫ぶ。


「ソラ、無理するな! そこであたしたちが戻るのを待つんだ!」


 そう吐き捨てると、シドは足に力を籠めてさらに速度を上げる。


「あっ……」

「…………」


 背後からソラの泣きそうな声が聞こえ、シドは胸が締め付けられる思いになるが、唇を噛み締めて前を睨む。


 男たちの姿は見えなくなってしまったが、辛うじてちょこまかと動くうどんの姿は確認できた。

 あのウサギがああして迷わず駆けているなら、その先に間違いなくあのふざけた男たちはいるはずだ。


「…………ソラ、待ってろよ。すぐにあたしが財布を取り戻したやるからな」


 速攻で財布を奪還し、一刻も早くソラの元へと戻る。

 その後は昼食に美味しいものを食べ、浩一たちを見つけて皆で一緒にまた旅に出る。

 それで万事解決、いつも通りの日常に戻るだけだ。


 シドはうどんの姿を見失わないように目を凝らしながらも、周囲の人たちにぶつからないように気を張り巡らせながらルストの街中を駆けた。




 前を駆けるうどんを見失わないように駆けていると、茶色いウサギは徐々に人気のない場所へと入って行く。


 石造りの町並みは相変わらずだが、表通りのようにキレイに手入れされた白い壁は黒くくすんだ部分が目立ち、道もあちこちにゴミが散乱し、ところどころに浮浪者と思われる人が蹲っているのが見えた。


 終始人が溢れ、賑やかなルストの街にもこんなスラム街のような場所があるんだな。そんなことを思いながら速度を落とさずにシドが駆け続けると、前を行くうどんが止まるのが見えた。


「ようやくか……」


 果たして辿り着いたのは男たちのねぐらか、はたまた悪の組織の巣窟か。

 どちらにしても、シドのやることは決まっていた。


「あいつら……絶対に泣かす!」


 この溜まった鬱憤を晴らすために、男たちが泣いて謝るまでボコボコに殴り続ける。

 犬歯を剥き出しにして獰猛に笑ったシドは、こちらを見ているうどんに追いつくと手を伸ばしてふわふわの頭を撫でる。


「うどん、よくやったぞ。ここにあいつがいるんだな?」

「プッ!」


 頭を撫でられたうどんは双眸を細めて小さく鳴くと、とてとてと前へ歩いて一軒の建物の前に立ってシドに向き直る。


「ププッ!」

「わかった。そこにいるんだな」


 シドはうどんに向かって「後は任せろ」と言うと、威嚇するように大股で家へと近付く。



 不届き者相手に、礼儀を尽くしてやる必要はない。先ずは入口の扉を蹴破って中にいる連中を脅かしてやろうか?


 そう思っていると突如として扉が開き、中から最初にソラに声をかけていた男が飛び出してくる。


「このっ!」


 男の手には何処からか盗んできたのか三十センチほどの角材が握られており、シドに向かって容赦なく振り下ろしてくる。


 だが、狼人族ろうじんぞくの鋭敏な感覚は既に男が飛び出してくることを感知しており、


「はっ、甘いぜ!」


 シドは男の攻撃を半身をずらすことであっさりと回避してみせると、カウンターで右拳を相手の鳩尾目掛けて容赦なく繰り出す。


「おげえええええええええええええぇぇぇ!!」


 シドに腹部を抉られた男は、醜い悲鳴を上げながらその場に蹲って悶絶する。

 蹲る男の後頭部を踏みつけると、シドは首根っこを掴んで低い声音で脅すように話しかける。


「おい、盗んだ財布は何処だ?」

「さ、財布……何のことだ?」

「ほう……とぼける気か?」


 シドは男の首を持つ手に力を籠めながら話す。


「このまま力を籠めていったら、お前の首はどうなると思う?」

「あが……ががっ……や、やめ……」


 首からミシミシと骨が軋む音が聞こえ、男はバタバタと手足を動かして必死に抵抗する。

 だが、そんなことでシドの手から逃れられるはずもなく、男の顔色がみるみる青くなり、鬱血して紫色へと変わっていく。


 やがて口から泡を吹き、目がぐるりと白目を向いたところで、シドはようやく男の首から手を離す。


「ゲホッ…………ゲホッ、ゲホッ…………こ、殺す気か!?」


 涙目になりながら抗議の声を上げる男に、シドは感情のない目で睨みながら話す。


「あたしとしては、このままお前が死んでも構わないけどな」

「じょ、冗談だろ?」

「…………試してみるか?」


 顔を引きつらせる男に、シドはニヤリと笑いながら再び手に力を籠めようとする。

 すると、


「おっとそこまでだ!」


 背後から別の男の声が聞こえ、シドは男の頭を押さえつけながら声のした方へと顔を向ける。


「――っ!?」


 その瞬間、シドの顔が凍り付く。


「ね、姉さん……ごめんなさい」


 待っていろと言ったのに追って来てしまたのか、青い顔をしたソラが、ぐったりとした様子でもう一人の男に捕らえられていた。

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