第544話 例え世界の果てまでも
――時は一昨日へと遡り、浩一たちが囚われの身になったことなど露にも思わないシドたちは、存分に水遊びを堪能して馬車に戻ったところで初めて異変に気付いた。
「な、何だこれは……」
散乱した荷物と、餌の入った桶をひっくり返し、落ち着かないようにオロオロと狼狽する二頭の馬、そして荒野の真ん中で大の字になって高いびきをかいているうどんがいるだけで、浩一とミーファの姿が忽然と姿を消していたのだ。
二人で何処かに出かけにしては辺りに漂う不穏な空気を察したシドたちは、互いに顔を見合わせてすぐさま行動に移す。
「コーイチさん! ミーファ! 何処にいるの!?」
濡れた髪を乾かすのも忘れて、ソラが耳を澄ましながら必死の呼びかけを行うが、彼女の叫びに応える声はない。
「おい、うどん起きろ! 一体何があった」
シドは寝ているうどんの頬をペチペチと叩き、体を揺らしながら乱暴に起こそうとする。
「…………ぷぅぷぅ」
だが、強めに頬を叩き、激しく上下に揺さぶっても、何故かうどんは起きる気配はない。
「…………これは一体、どうなっているんだ?」
脈は正常に機能しているし呼吸も穏やか、それなのに起きる気配だけみせないという異常事態に、シドは顔をしかめながらこの呑気なウサギをどうしてやろうと考える。
「…………仕方ないな」
暫し黙考した後、シドはうどんを地面に横たわらせる。
「すぅ……」
うどんのすぐ傍に自然体で立ち、大きく息を吸ったシドは、
「…………フッ!」
鋭く息を吐き出しながら、うどんに向けて割と本気の殺気を向ける。
「――ププッ!?」
次の瞬間、これまで何をしても起きなかったうどんが、目を大きく見開いて起きたかと思うと、そのまま大きく飛び退いてシドから距離を取る。
「…………ププゥ?」
だが、命の危機を察知したと思ったのに、目に移るのがシドだけという事態に、うどんは可愛らしく小首を傾げる。
「起きたか?」
まだ状況を理解できているか怪しいうどんに、シドは苦笑しながら全てを見たであろうウサギに問いかける。
「おい、コーイチとミーファの姿が見えないのだが、何か知っているか?」
「プッ……」
シドからの問いかけに、うどんは暫く呆然としていたが、
「ププッ! プーッ! キーッ、キキーッ!」
まるで電撃に打たれたかのように激しく身震いすると、叫ぶように泣きながら何かを訴えてくる。
だが、
「…………わからん」
浩一やミーファのように動物と会話できないシドは、うどんが何を伝えようとしているのか、全く理解できなかった。
「プフゥ……」
シドの表情から全く伝わっていないことがわかったのか、うどんは意気消沈したようにがっくりと項垂れる。
「姉さん!」
「わんわん!」
するとそこへ何か進展があったのか、ソラがロキを伴ってシドの下へとやって来る。
「ソラ、何かわかったのか?」
「ええ、どうやらコーイチさんとミーファは、既にここにいないようです」
「ここには……いない?」
「はい、どうやらあの子たちが一部始終を見ていてくれたようです」
ソラは大きく息を吐きながら、先程まで酷く慌てていた二頭の馬を見やる。
日頃からソラが世話をしている二頭の馬は、主から声をかけて貰ったお蔭かすっかりいつもの調子を取り戻し、オアシスの水に口を付けて喉を潤していた。
あの様子であれば、これから馬車を引くことになっても問題なく仕事をしてくれるだろう。そんなことを思いながらシドはソラに尋ねる。
「それで、まさかとは思うがソラは馬の言葉がわかるのか?」
「残念ながら、私はコーイチさんやミーファみたいにそう言った力はありませんよ。ただ、ロキが話を聞いてくれました」
「わん!」
ロキは元気よく吠えて駆け出すと、浩一とミーファの荷物の匂いをスンスン、と嗅いでルストの街の方へと鼻先を向け、再度「わんわん!」と吠える。
「……そっちにコーイチとミーファがいるんだな?」
「わん!」
「生きて……無事でいるんだな」
「わん!」
「そうか……」
確信をもって吠えるロキを見て、シドは小さく嘆息する。
自分たちが水遊びをしている間に何があったのか? どうして二人が先にルストの街に行ってしまったのかはわからないが、無事でいてくれるなら……生きてさえくれるのならば何も問題はない。
例え世界の果てであっても必ず見つけてみせる。
城を追われてからこれまでの生活を考えれば、少し会えない程度なんて障害の内にも入らない。
必ず迎えに行くからな。そう決意を固め、シドは犬歯を剥き出しにして獰猛に笑う。
「コーイチ、待ってろよ。こう見えてもあたしは執念深い女なんだぞ」
「フフッ、私たちと出会う前に、コーイチさんに悪い虫が付いたらどうしましょう?」
「それは大丈夫だろう。ミーファも一緒なら、あいつがそれを許すことはないさ」
「ですわね」
「ククク……」
「フフフ……」
シドたちは互いにルストの街がある方向を見やりながら不敵に笑う。
「プッ……プゥ」
その後も笑い続ける姉妹に何か言い知れぬ恐怖を感じたのか、うどんは逃げるように馬車の中へと逃げていった。
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