第527話 喜びの再会

「う……うぅ…………」


 意識を取り戻したミーファが目を開けると、ここ数日ですっかり見慣れた木目の入った天井が見えた。


 ここはリックが経営する牧場の母屋にある、自分とソラに与えられた部屋だとミーファは自覚すると、どうして自分はベッドの上で寝ているのかを考える。



 最後に覚えていることは、うどんと悲しい別れの後、牧場に戻ったところで浩一に出会ったことだ。


「あっ……」


 そこでミーファは、自分が浩一に酷いことを言って手を上げてしまったことを思い出す。


 本当はあんなことを言うつもりはなかった。

 それだけじゃなく大好きな人を反射的にとはいえ、叩いてしまった。


 あんな酷いことをしてしまったのだ。きっと浩一は自分のことを嫌いになってしまったに違いない。


「ふみゅう……」


 ミーファを心から慕っている浩一が彼女のことを嫌いになることなど万に一つもないのだが、自分の魅力にまだ気付いていない幼子は、この先どんな顔をして大好きなお兄ちゃんと会えばいいかを考えるだけで精一杯だった。



「あっ、目が覚めた?」


 ミーファがベッドの上でうんうんと唸っていると、法衣を着た見知らぬ女性が顔を覗き込んでくる。


「大丈夫? 何処か痛むところない?」

「ふぇ……」


 その人物の顔を見たミーファは、思わず綺麗な人……と思うが、すぐに知らない人についていってはいけないというソラの教えを思い出し、顔を強張らせながら目の前の人物に問いかける。


「…………だれ?」

「あっ、ゴメンね。一応、私はあなたのお姉さん、シドさんに雇われた者よ」

「シドおねーちゃん?」

「そう、だから安心して。私はミーファちゃんの味方よ」


 警戒するミーファを見て、四人パーティの紅一点である神官は、敵意がないことを証明するために手を上げながら自身がここにいる理由を話す。


「実はシドさんから、ミーファちゃんが怪我をしたって聞いたから治療しに来たのよ……と言っても、もう治療の必要はなかったみたいだけどね」


 そう言って神官は、トントバーニィによって怪我をしたと聞いたミーファの腹を指差す。


「ミーファちゃんが寝ている間に診せてもらったけど、怪我したってお腹、もう殆ど治っててびっくりしちゃった。噂に聞いてたけど、獣人って治癒力も凄いのね」

「……えっと?」

「つまり、もう起きても大丈夫ってことよ。お姉さんが太鼓判を押してあげる」


 白い歯を見せてウインクをした神官は、まだ戸惑った様子のミーファの頭を撫でる。


「今、シドさんたちを呼んでくるけど……」


 そう言いながら神官は、どうしてかベッドの下へと潜り込もうとする。


「…………」


 まだ神官のことを心から信用していないミーファは、彼女が何をするのか気になってベッドから身を乗り出す。


「その前にミーファちゃんに会いたくてしょうがない子がいるみたいだから、先に会わせてあげるね」

「あっ……」


 そう言って顔を上げた神官の手の中に白い影が見え、ミーファは思わず声を上げる。


「……うどん?」

「――ッ!?」


 ミーファが声をかけると白い影はビクリ、と過剰に反応した後、おずおずと振り返る。

「プゥ……」

「うどん……」


 小さな声で「ごめんなさい」と鳴くうどんを見て、ミーファの目から涙が溢れ出す。


「うどん……よかった」


 ミーファはボロボロと涙を零しながら、手を伸ばして神官からうどんを受け取る。



 確かな温かさを肌で感じながら、ミーファはうどんのことを胸に抱いて優しく撫でる。


「あのね、ミーファ、うどんがいなくなってとってもかなしかったの。もう、うどんにあえないとおもったけど、またあえたの」

「プッ、ププッ!」

「えっ、おにーちゃんが!? そうなんだ。おにーちゃんが……」


 あんなに酷いことを言ったのに、浩一が自分のためにうどんを守ってくれたことを知り、ミーファは涙を止めることができなかった。


「ププッ……」


 泣き続けるミーファを心配して、うどんは慰めるように彼女の顔に頬擦りをする。


「ププッ、ププゥッ!」

「ううん、ミーファはだいじょうぶだよ。ありがとう、うどん」


 一生懸命励まそうとしてくれるうどんに、ミーファは相変わらず目から涙を零しながらも、ようやく笑顔をみせる。


「プッ!」

「うん、ミーファ、おにーちゃんにちゃんとごめんなさいと、ありがとうっていうよ」

「プゥ」


 ミーファが元気よく頷くのを見て、うどんも嬉しそうに鳴きながら応援すると約束し、一人と一羽は揃って満面の笑みを浮かべた。




「フフッ、よかった」


 幼子とトントバーニィの和解を見た神官は、あのまま依頼通りに仕事をこなさなくて良かったと思った。



 あの後、後からやって来た冒険者によってトントバーニィ捕獲の依頼が取り下げられたという報せを聞いて、報酬が出ないと知った冒険者たちは、これ以上は用はないと荷物をまとめ、あっという間に立ち去っていった。


 これを薄情と取るか、それとも割り切りがいいと取るかは一般庶民と冒険者の間で意見が分かれるところだが、それぐらいでないと冒険者というのは務まらないと神官は思っていた。



 尤も、今回のクエストで少なからず死者は出て、それらの被害全てを自己責任という味気ない単語で一括りにされてしまうのだから、お互い様であるとも思う。


 だから今回の仕事がタダ働きにならなかったことだけでも神に感謝すべきだろう。


「さて、依頼人に報告に行かないと」


 できれば種族を超えた友情をもっと見ていたいと思う神官であったが、この幼子を心配している多くの者たちを安心させることも大事だと割り切り、音を立てないように静かに部屋を退出していった。

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