第520話 知能ある獣

 果たして獣同然の魔物に、囮を用いるなんて知能があるのだろか?


 自分で言っておきながら、どうしても件の魔物に対する侮りのようなものが頭の片隅にあったが、それは自分のゲーム脳がみせる幻に過ぎないと言い聞かせながら、俺は前を駆けるうどん君の小さな背中を追った。




 そうして木々を掻き分けるように駆けること数分、鬱葱と茂る藪の中に顔を突っ込んでいた黒い獣が見えてくる。


「……キタカ」


 ドタドタと足音を響かせてやって来た俺たちに、黒い獣が藪から顔を抜くと、クルリと振り返って咥えていた何かを離しながら流暢に話す。


「ドウシタ? ズイブント、オソカッタジャナイカ」

「しゃ、喋った!?」

「ヤベェ……本当にそんな魔物いるのかよ」

「犬? といより狼かしら?」

「何をしてくるかわからない……皆、気を付けよう」


 喋る狼の魔物に、四人パーティが揃って面食らっていたが、俺はそれよりも奴が吐き捨てたモノの方が気になっていた。



 元は白い見事な毛皮だったのに、今は流れた血で真っ赤に染まったトントバーニィと思われるウサギ……大きく引き裂かれた首元の傷口付近に垂れ下がったオリーブが入った袋を見て、俺はそれがオリーブをねだってきたあの人懐っこいトントバーニィだと知る。


「キーッ!?」

「――っ、うどん君!」


 自分の家族が殺されたと知り、思わず飛び出そうとするうどん君を見て、俺は慌てて手を伸ばして白い毛玉を抱き上げる。


「キーッ、キキーッ!」

「お、落ち着いて! このまま飛び出したら、奴の思うままだよ!」


 俺は「放して!」と叫びながら暴れるうどん君を必死に押さえようとするが、凄い速さで駆けるトントバーニィの足の膂力は凄まじく、足を動かす度に俺の体に中々の痛みが走る。


「落ち着いて……今はまだその時じゃないから」


 俺は腹部に走る痛みに顔をしかめながら、数々の牧場の犬を虜にしてきた撫でるテクニックを駆使してうどん君を説得する。


「まだ全員がやられたわけじゃない。ここに君のお姉さんの姿がないということは、まだ無事かもしれないだろ? お姉さんが戻って来た時、うどん君が死んでいたら、きっともっと悲しむよ」

「…………プゥ」


 必死の説得が功を奏したのか、うどん君は暴れるのを止めると、力なく項垂れて俺の手の中でおとなしくなる。


「大丈夫。俺が必ず仇を討ってあげるからね」


 俺はおとなしくなったうどん君をもう一撫でして地面に下ろすと、当たり前のように動物と話す俺を興味深そうに見ている黒い魔物を見やる。



 こいつは狼の魔物ということだが、確かに話に聞いていた通り大きさは犬並に小さく、一見すると、この魔物が脅威になるとは到底思えない。


 だが、無傷でトントバーニィを殺してみせたということは、少なくともかなり素早く動くことができ、戦闘力もそれなりに高いということだろう。

 やはり腐っても狼の魔物ということなのだろう。


 だが、気のせいかこの魔物……どことなくロキに似ているような気がする。


 それは毛色と種族が同じだからという単純な理由なのかもしれないが、どうしてかこの魔物を見ていると、俺の心がやたらとざわつくのだ。



 それはトントバーニィを守り切ることができなかったことに対する焦りなのか、はたまた未知のものに対する恐怖心なのか、ハッキリとはわからないがとても嫌な気持ちであった。


「ククク……ドウシタ? カカッテコナイノカ?」


 取り囲んだものの、警戒するように立ち往生するだけで動こうとしない俺たちを見て、狼の魔物が肩を震わせて笑いながら話す。


「ココマデキタノガ、ドンナニンゲンカトオモッタガ……ドウヤラ、タダノコシヌケダッタヨウダナ」

「お前……」


 ニタリ、と狼とは思えないほど表情豊かに歪んだ笑みを浮かべる魔物に、俺はずっと気になっていたことを問いかける。


「お前は一体何だ。どうして、お前だけは俺たちの言葉を介することができる?」

「ナンダ、ニンゲン……オマエ、ガルムヲミルノハ、ハジメテカ」

「ガルムだって! お前が!?」

「ソウダ。ドウシタ? ソレガ、ソンナニオドロクコトカ?」

「それは……」


 ガルムと名乗った狼の魔物の問いかけに、俺はチラリと背後のロキを見る。


 果たしてこの魔物、ガルムの言葉をロキが理解しているかどうかはわからないが、巨大狼は意気消沈したうどん君を守るように立ちながら、油断なく目の前の魔物を睨んでいた。


 ……そうだ。今はそんなことを気にしている場合ではない。


 ロキの真剣な表情を見て、俺は一刻も早くこの魔物を倒して、トントバーニィたちの安全を確保することが最優先であることを思い出す。

 相手の強さはわからないが、全員でかかれば早々負けはなしないだろう。



 そう思っていると、


「アア、ナルホド……」


 俺の視線に気付いたガルムが、鋭くロキを睨め付けながら口を開く。


「ドウヤラソノ、マザリモノガ、キニナッテイルノダナ」

「混ざり物だって……それはロキのことを言っているのか?」

「アア、ソウダ。ソイツハ、ジュンスイナガルム、デハナイ。ドコゾノケモノノチガ、マジッテイルヨウダ」

「……どうしてそんなことがお前にわかる」

「ワカルサ。ナゼナラ、ガルムハ、ニンゲンナンカニシタガワナイ。タトエソレガ、ジユウキシデアッテモナ」

「お前……」


 俺が自由騎士であることを看破しているのか? と驚く俺を見て、ガルムは「クツクツ……」と不気味に笑い出す。


「ソウダ。イイコトヲオモイツイタ」

「……何をする気だ」


 ガルムの発言を聞いて一斉に警戒態勢を取る俺たちを尻目に、黒い小さな狼はロキを見据えながら静かに話す。


「セッカクダ。オマエニ、ガルムトシテノ、ジカクヲツケサセテヤロウ」


 そう言ってガルムの目が赤く、怪しく光る。


「――っ、何を……」


 する気だ? と、問いかけようとするより早く、


「グッ、グオオオオオオオオオオオオオオオオォォ……」


 突如としてロキが、何かを振り払おうと激しくかぶりを振りながら苦しみ出した。

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