第516話 追撃者たち
「な、何だ……」
突如として響いた断末魔の叫び声に、俺は白い仮面を被り直すと、警戒するように腰を落としながら声のした方に目を向ける。
「コーイチ!」
すると、シドがすぐ傍までやって来て、四人の少年たちに聞こえないように耳元で囁いてくる。
「周囲はあたしが見ていてやるから、索敵するんだ」
「えっ? あ、うん……わかった」
シドの提案に従い、周囲の安全を彼女に任せ、俺は目を閉じてアラウンドサーチを発動させる。
そうして脳内に広がる索敵の波に集中すると、俺たちの前方、およそ二百メートル先の場所で、いくつもの赤い光点が見て取れた。
蜘蛛の子を散らすように森の外へと逃げている赤い光点に向かって、複数の赤い光点が集まったかと思うと、逃げていた赤い光点が消えてしまう。
赤い光点が消失する理由は、一つしかない。
それは死、だ。
何があったのかはわからないが、どうやらこの先で命のやり取りが行われているようだ。
俺は目を開いてアラウンドサーチを解除すると、この先で起きていることをシドに話す。
「どうやらこの先で戦闘が始まっているようだ」
「戦闘? 誰が戦っているんだ?」
「わからない……けど、逃げている男たちに向かって、次々と何かが襲いかかっているのだけは確かだ」
「何者か……おい、お前たち!」
シドは悲鳴を聞いて表情を硬くしている少年たちに顔を向けると、俺に話しかけてきた知的な雰囲気の少年に問いかける。
「最近この周辺で山賊が出たとか、盗賊が出たとかそういう話を聞いたことはないか?」
「えっ? あ、そ、そうですね……聞いたことない……です」
「本当か?」
「本当です。ここら辺は田舎で金持ちも少ないですから、治安は比較的いいんです。だから冒険者の仕事は、主に魔物の討伐や採集、依頼品の配達がメインなんです」
「そうか……」
少年の言葉に嘘はないと思ったのか、シドは肩で大きく嘆息すると、体を解すようにストレッチをしながら黒い仮面越しに俺に話しかけてくる。
「コーイチ、どう見る?」
「どう見るって……そうだな」
少年の言葉通り、周辺に山賊や盗賊の類がいないなら、この状況で現れる奴など限られてくる。
それでも少し気になることがないわけじゃない。
男たちを襲っているのが俺の予想している連中であるならば、些かタイミングが良すぎるような気がするのだ。
男たちが恐れをなして逃げるタイミングに合わせて攻撃を仕掛けるなんて真似、果たして連中にできるのだろうか?
「だ、誰か……助けて!」
そんなことを考えていると、森の外へと逃げたはずの偉丈夫の仲間の男が一人、こちらに戻ってくるのが見えた。
「グオオオオオオオオオオオォォォン!」
そのすぐ背後には、男の倍はあるサイズの巨大な熊が迫って来ている。
主な魔物の特徴である四つの目を持つ熊は、ダンプカーのような勢いで突進してきた勢いのまま、逃げる男に向かって体当たりをする。
「あぎゃっ!?」
熊に体当たりされた男は、背中がくの字に折れ曲がりながら地面をゴロゴロと転がり、木にぶつかったところでようやく止まる。
「あが…………ががっ…………」
木にぶつかった衝撃で骨が折れたのか、男は口から泡を吹きながらビクビクと痙攣して立ち上がる気配はない。
動かなくなった男を見て、熊の魔物が止めを刺すべくゆっくりと立ち上がる。
「コーイチ!」
「わかってる!」
シドに名前を呼ばれた俺は、彼女と並んで弾けるように前へと飛び出す。
追われている男に面識があるわけでもないし、むしろ俺たちを襲おうとしたのだから見捨てればいいのかもしれないが、それでも俺たちは男を助けるために動き出す。
「あたしが奴の注意を惹くから、コーイチは奴を倒せ」
「わかってる、任せてくれ」
いつもの役割分担ではあるが、それでも敢えて口に出して確認した俺たちは、二手に分かれて動き出す。
「オラオラ、ベアブロー! こっちだよ!」
シドは近くにあった石を拾うと、しなやかな動作で熊の魔物に向かって投擲する。
木々を縫うように見事な軌道で飛んでいった石は、狙い違わず熊の四つある目の一つに命中する。
「グギャアアアアアアアアアアアアァァ!」
目を一つ潰された熊は、怒り狂ったように叫びながら狙っていた男から視線を逸らし、シドに向かって突進する。
「ハハッ、いいぞ。こっちに来いよ!」
小馬鹿にするように笑いながら、シドは素早く近くの木に登ってさらに熊を挑発する。
「グルオアアアアアアァァ!」
挑発を受けた熊は、シドが昇っている木に体当たりをして激しく揺らすが、その間に彼女は華麗な身のこなしで隣の木に乗り移っていた。
「こっちだよ。ノロマ!」
「グルオアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァン!」
それを見て熊はさらに激高すると、何としてもシドをその手で八つ裂きにしようと躍起になって彼女の後を追っていた。
「……流石だな」
全く危なげないシドの様子を見ながら熊の側面に回り込んでいた俺は、腰のベルトからナイフを抜いて構えると、彼女が昇っている木の幹をガリガリと削っている熊の背中を凝視する。
そうして熊の背中に黒いシミが浮かぶのを見た俺は、音もなく奴の背後へと忍び寄り、
「フッ!」
短く息を吐きながら、黒いシミに向かってナイフを突き立てた。
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