第511話 冒険者を翻弄する

 俺の出した指示に従い、薄暗い森の中をうどん君が駆けると、冒険者たちの視線が一斉に白いウサギへと注がれる。


「な、何だ!?」

「見ろ! トントバーニィだ!」


 暗い森の中ではやはり白い毛皮は目立つのか、うどん君を見た冒険者たちが一斉に色めき立つ。


「おい、俺が先に見つけたんだぞ」

「何言ってんだ。誰が最初に見つけようが、早い者勝ちに決まってるだろ!」


 冒険者たちの間を縫うように進むうどん君を見て、報酬を独り占めしたい冒険者たちによる醜い争いが始まる。



 報酬は、獲物を冒険者ギルドに納品してはじめて貰えるが、人数が増えれば当然ながら一人当たりの受け取り分は減る。


 命を賭けるような仕事であれば、それもまたやむなしと思うだろうが、トントバーニィの捕獲は、普段からこの仕事に従事している彼等からしてみれば、初心者がやるようなチュートリアル的なクエストなのに、報酬は破格という大変おいしい仕事だ。


 故に、このクエストを受けた冒険者たちにの間は、ある共通の考えが浮かんでいる。


 それは、いかに他者を出し抜いて自分だけが得するか、だ。



「おい、お前の所為で見失っただろ。どうしてくれんだ!」

「ああん? てめぇ、誰にものを言ってんだ! やんのか?」


 すると早速、俺の前方で二人の冒険者が口論を始める。


 こうなってくれば、俺の最も得意な戦場になる。


 俺は隣を走るシドと素早く目配せしてどちらを狙うかを決めると、ベルトに巻き付けてある両端に重りがついている紐を外し、口論している一人の足元目掛けて投げる。


 何千、何万と鍛錬を重ねた投擲は、狙い違わず冒険者の両足に絡みつき、そのまま彼の体を地面に引きずり倒す。


「おわっ! な、何……」


 突然の事態に驚く冒険者の背後から近寄った俺は、彼の顔に麻を編んで作った袋をかぶせ、耳元で低い声音で囁く。


「動くな……おとなしくしていれば命までは取らない。これ以上の追撃もしないと保証するが……どうする?」

「…………」


 俺の問いかけに、冒険者は小さく震えながらどうにか首を横に振る。

 それは、抵抗はしないから命だけは助けて欲しいという意思表示だった。


「……いい子だ」


 俺は冒険者をうつ伏せにして両手を後ろ手で縛ると、次の獲物を探すためにそのまま駆け出す。



 もう一人の冒険者がどうなったかなんて、確認するまでもない。


「お待たせ」


 俺が駆け出してすぐ、シドが隣に並んで軽く肩を小突きながら話しかけてくる。


「あたしより先に無力化させるなんてやるじゃないか」

「シドこそ、武器も使わずよくやるよ」

「ヘヘッ、これこそがあたしの本領ってかんじだからな」


 シドは力こぶを誇示するようなポーズを取ると、得意気に白い歯を見せて笑う。



 数々の武器を使いこなすシドであるが、今回のように相手を無力化させることだけに従事する時は、徒手空拳で戦うようだ。


 ただ、その戦い方は正に野生の狼を思わせるような荒々しいもので、シドに無力化された冒険者がどのような姿になったのかを見るのが正直怖いところである。


 願わくば、シドに倒された彼が明日も普通に仕事に行けますように。


「あっ、今のは……」

「もしかしてトントバーニィか!?」

「いくぞ! 取り分は人数で正確に割るからな」

「わかってるって。それより早く、逃げちゃうよ!」


 そんなことを考えている間に、うどん君が次の冒険者たちの間を駆け抜けたのか、驚くような声が聞こえる。


 しかも声の調子からして、今度は若い集団のようだ。



 人数は四人以上ということしかわからないが、協力して動く集団となると途端に厄介になる。

 殺さない前提で動く場合、誰かを無力化している間に、他の誰かから反撃を受ける可能性が飛躍的に上がる。


 だから基本的にパーティを相手にする時は、どうにかして分断するか、そもそも狙わないのが定石だ。


「コーイチ……」


 俺と同じ考えに至ったのか、シドが確認するように問いかけてくる。


「どうする?」

「いこう」


 探るような質問に、俺は迷わず前へ進む選択肢を取る。


「ここで大人数を削れるのはデカいし、何よりさっきのは声からしてまだ若い、未熟な冒険者のようだった。彼等相手なら、上手く不意を打てれば簡単に瓦解すると思う」

「奇遇だな。あたしも同じことを考えていた」


 シドは素早く頷くと、目を凝らしながら前方を指差す。


「あたしが右の二人をやる。コーイチは左の二人を狙え……多分、連中は後衛担当だ」

「わかった」


 ここで女性であるシドに危険な役目を背負わせるわけにはいかない。なんて男前な台詞を吐けるほど自分の力を過信していない俺は、前衛の二人をシドに任せ、おとなしく左の二人を狙うことにする。



 ここからではよく見えないが、後衛担当ということは防御には長けていると考えるべきだろうが、経験が不足しているのならば、かき回すことが一番だろう。


「シド、煙を撒くよ」


 俺はシドに短く伝えると、けむり玉を取り出して木に擦り付けて発火させると、前方に勢いよく投げる。


 けむり玉は狙い違わず周囲を警戒する彼等の調度間に落ち、周囲の視界を奪っていく。


「わわっ、な、何だ!?」

「ゲホッ、ゲホッ! け、煙!? 一体何処から……」

「と、とりあえず皆固まれ……いや、逃げろ!」

「どっちだよ! ゲホッゲホッ」


 案の定、煙に巻き込まれた四人は、すぐさま混乱に陥る。

 後はこのまま距離を詰めて、一人ずつ無力化していけば問題ない。


 そう思って、駆ける速度を上げようとすると、


「コーイチ!」


 何かに気付いたシドが大きな声を上げて、俺にぶつかるようにタックルしてくる。


「えっ、おわっ!?」


 まさかシドから強烈なタックルをされると思っていなかった俺は、成す術なく彼女に突き飛ばされ、そのまま馬乗りにされる。


 ま、待ってシド。せめて人のいないところで……

 なんてアホな考えが一瞬だけ浮かんだが、


「ふ~、間一髪だったな」

「…………えっ?」


 額の汗を拭う様にして安堵の溜息を吐くシドを見て、俺は自分が進む予定だった場所を見て目を見開く。


 そこには、馬をも両断してしまいそうな巨大なハルバードが地面に付き刺さっていた。

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