第510話 移ろいやすいが故に
人間というのものは、非常に気が移りやすい生き物である。
周囲に気を配って警戒しているつもりでも、視界の端に何かが映ると、どうしてもそちらが気になってしまう。
しかもそれが、自分たちが探しているトントバーニィかもしれないとなると尚更だ。
今回、俺が立てた作戦は非常にシンプルなもので、森の中に入って来た冒険者たちの視界の端に、トントバーニィと勘違いさせるような代物を投げ付けることだった。
投げるものは、白くてある程度の大きさがあればなんでもいい。それこそタオルでも布切れでも、白ければ石ころでも虫でも構わない。
そうして俺の読み通り、視界の端に白いものを見た手柄が欲しくて堪らない冒険者たちは、ライバルを抜け駆けしようとまんまと単独行動になり、こちらが用意した罠に面白いほど簡単に嵌ってくれた。
そんな浩一が考案した罠に、また一人嵌ってしまった愚かな冒険者がいた。
「クソッ、お前たち、卑怯だぞ!」
膝程度の浅い落とし穴に嵌って足を取られた隙に、背後からあっさりと拘束された禿頭、強面の冒険者が背後の二人の冒険者たちを睨む。
「お前たち、普段はヴォーパルラビットを専門に狩っている奴等だろう? そんなお前たちが、どうしてあの白い災厄を守るような真似をする?」
「それについては……なあ?」
「ええ、簡単な話ですよ」
スカウトの男性に話を振られた法衣を着た女性は、倒れた冒険者を容赦なく縄でグルグル巻きにしながらニッコリと笑う。
「トントバーニィの報酬より、面白い仕事を見つけたからです」
「面白い仕事だと? 金じゃなくてか?」
「お金もありますよ。タダ働きは御免ですしね。ただ、神官の身としては、お金より大切なものがあるんです」
「……何だそれは?」
「愛です」
「「愛~?」」
法衣を着た女性の言葉に、強面の冒険者とついでにスカウトの男性も変な声を上げる。
まるで変人を見るような目で見つめられても、法衣を着た女性はどこまでも真剣だった。
「ええ、愛です。私は今、種族を超えた真実の愛の行方が気になって仕方ないんです。ですから、今のうちに恩を売っておこうと思うんです」
そう言いながら法衣の女性が服の裾から、真っ赤に染められた革を編んで作られた鞭を取り出し、ビシッ、バシッ、と派手に音を鳴らしてニコリと笑う。
「……というわけで、皆様は彼等の未来のために犠牲になって下さいね?」
「えっ? ちょっと待って……姉さん、神官なんだろう?」
「ええ、神官ですよ。皆様に愛を振りまく正義の神官です」
満面の笑みを張りつけた法衣を着た女性は、スッと手を上げて鞭を構えると、
「さあ、愛のない子にはお仕置きです!」
そう言って容赦なく革の鞭を動けない冒険者へと振り下ろした。
腰のポーチから取り出した小瓶を逆さにして中身をぶちまけると、赤い粉が冒険者たちの頭上から襲いかかる。
「うわっ! な、何だ目が!」
「痛い! な、何が……うぐっ」
特製の目潰しを受けた冒険者たちが苦しむのを見て、木の上から飛び降りた俺たちは、素早く当て身を喰らわせて意識を奪うと、そのまま手足の拘束にかかる。
「な、何かついさっき、変な声が聞こえなかったか?」
俺は意識を奪った冒険者の手足を拘束しながら、気になっていたことをシドに尋ねる。
「なあ、なんか大の大人が上げてはいけないような不気味な悲鳴が聞こえたよな? そう……んほおおおおおおおぉぉぉ、みたいな声だったよな?」
「……さあ、あたしの耳には何にも聞こえなかったな」
同じように冒険者を拘束しているシドは、我関せずといった様子で頭の上の三角形の耳をパタリと閉じる。
それは、聞こえたことは間違いないが、これ以上はその話をしたくないということだろうか?
確かにあの声は、純粋な悲鳴というよりも、何やら未知の扉を開いてしまったかのような、新たな悦びを知ってしまった嬌声にも聞こえなくはなかったが、この状況でそんな叫び声を上げることなんてあるのだろうか?
シドに聞いても応えてくれそうにないので、俺はこの場にいる別の者に尋ねてみる。
「……ちなみに君にはどんな風に聞こえた?」
「プゥ……プププ?」
「そうだよね。流石にわからないよね」
うどん君に聞いてみたが、小首を傾げて「何の話?」と当たり前のリアクションをされてしまった。
実は、冒険者たちを罠に嵌めるため、視界の端に白いものを映すという作戦を取ることにしたのだが、そんな都合よく白いものを沢山用意できなかったので、うどん君に囮役をお願いしたりしている。
ただ、万が一のことを考えてうどん君には、俺とシドの周囲で動き回ってもらい、決して無理はしないように厳命している。
ちなみにこの作戦には、もう一羽のトントバーニィ、うどん君のお姉さんと、ロキは参加していない。
何故なら彼女は、うどん君とは違って既に魔物化の兆候が出ているのか、逃げ回るだけでいいと言う俺の提案に、自ら人間たちに襲いかかることを提案してきたからだ。
再びオリーブを与えながら諭したところ、自分の考えが随分と凶暴になっていることに気付き、おとなしく地中の巣で他の仲間たちと待ってくれることになったが、彼女は魔物化するかもしれない瀬戸際に立っているようだ。
もし、冒険者たちがトントバーニィたちが隠れている巣を見つけようものなら、うどん君のお姉さんはトントバーニィからヴォーパルラビットへと変わり、容赦なく冒険者たちへと襲いかかるだろう。
そうなる前に俺たちは、できるだけ多くの冒険者たちを無力化させ、トントバーニィたちの安全を確保しなければならない。
また、強力無比な戦力であるロキを使っていないのには、いきなりロキが立ち塞がっては、冒険者たちが協力して巨大狼の討伐に乗り出してしまうかもしれないからだ。
ロキが俺たちと旅を続けていくためには、彼女が危険な存在でないことを内外に知らしめる必要がある。
もし、ここで冒険者たち相手に無双してしまえば、ロキは危険な動物として認知され、街や都市に簡単に入れてもらえなくなる。
それを防ぐためにも、ロキはなるべく人目に触れないようにしておきたい。
といっても、俺たちの方が人数差は圧倒的に不利なので、場合によっては最終手段としてロキを使った作戦も考えていたりする。
賢いロキのことだから、俺の簡単な説明でもきっちりと仕事をこなしてくれるだろうが、可能な限り彼女無しで切り抜けたいところだ。
その為に、俺はシドと一緒に頑張るだけだ。
「よし!」
俺は目を開けてアラウンドサーチを解除すると、うどん君に手を差し伸べる。
「次の目標に行くよ。手伝ってくれるかい?」
「プゥ」
俺の言葉に、うどん君は「任せて」と言いながら俺の腕をよじ登って肩に乗る。
「いいかい? 次はだね……」
俺が次に冒険者たちが現れる方角と、陽動の為にどのルートを進めばいいかを説明すると、うどん君は「わかった」と言って肩から降りて脱兎の如く駆け出す。
そのスピードたるや目で追うのがやっとの凄まじいもので、トントバーニィが本当にヴォーパルラビットと同種なんだと認識するに十分だった。
「一体……魔物と野生動物の差はなんだろう」
「さあな、難しいことはあたしにはよくわかんないよ」
俺の呟きに、隣に並んだシドから返事がある。
「でも、今はとりあえずやるべきことをやる。そうだろ?」
「ああ、勿論だ」
俺はシドに向かって笑顔で頷くと、次の目的地へ向けて一気に駆け出した。
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