第499話 笑顔を取り戻すために
次に俺が目を覚ましたのは母屋の中だったが、それからのことは正直よく覚えていない。
ミーファは叫び過ぎた所為で傷口が開いたのか、ぐったりと項垂れ、そのまま意識を失ってしまったという。
それを聞いた狼狽える俺に、ミーファも
だが、疲弊した彼女が俺の不用意な一言で傷付き、倒れてしまったことには変わりはない。
ミーファを守ると誓ったのに、逆に傷付けてしまうなんて、これでは彼女の保護者失格もいいところだ。
ベッドで苦しそうに眠るミーファの顔を見た時は、申し訳ない気持ちでいっぱいで、謝ることすらできないのが辛くて仕方なかった。
リックさんがせっかく用意してくれた夕食も全く喉に通らなかったし、シドやソラが何かフォローの言葉を言ってくれてたような気がするが、全く耳に残っていない。
ただ、明日にはきっと良くなるというシドの言葉だけを信じて、俺は自室に戻ってひたすらミーファの回復を祈り続けていた。
真っ暗闇の部屋の中、ベッドに寄りかかるように床に腰かけ、膝を抱えた姿勢でミーファへの贖罪の言葉と、無事回復しますようにとひたすら願い続けていると、部屋の入口がコンコン、と控えめにノックされる。
「…………」
もしかしたら誰かが気を遣って見舞いに来てくれたのかもしれないが、生憎と今は誰かと会いたいと思わないし、慰めてもらおうとも思わない。
来てもらって悪いけど、このまま帰ってもらおう。
そう思っていると、部屋の扉がガチャリと開いて、ランタンを手にしたニーナちゃんが顔を出す。
「すみません、今は誰とも話したくないと思いますけど、勝手に入っちゃいますね」
最初から俺の都合などお構いなしなのか、ニーナちゃんは「失礼します」と言いながら遠慮なく入って来る。
そして、その後ろからのっそりと巨大な影も付いてくる。
「……ロキ?」
「キュ~ン」
俺の問いかけに、ロキが「元気?」と俺を気遣うような、切なそうな鳴き声を上げながら入って来る。
「わ…………」
一瞬、冷たい言葉を投げかけて突き放そうかと思ったが、よく考えればこの二人は、今日一日ミーファと一緒に行動していた一人と一匹だ。
このまま追い出して塞ぎ込むことは簡単だが、その前に彼女たちの話を聞いてみるのも悪くない。
そう思うと、ニーナちゃんがクスッ、とまるでソラのように上品に笑いながら問いかけてくる。
「わ……何ですか?」
「いや、その……何の用かな? と思ってさ」
「フフッ、流石はコーイチさん。話が早くて助かります」
俺が話を聞く姿勢を取ると、ニーナちゃんが優し気な笑みを浮かべる。
「もうわかってると思いますが、私たちがここに来たのは、あの時ミーファちゃんが怒った理由を話しに来たんです」
「それってやっぱりトントバーニィ?」
「はい、コーイチさんは白い災厄の話を誰かから聞いたみたいですが、私たちは実際に本物のトントバーニィと一緒に過ごしたんです」
「でも、怪我したんだよね? その……ニーナちゃんも」
そう言って俺がニーナちゃんの包帯が巻かれた手を指差すと、彼女は怪我した手を押さえて「ふぅ」と小さく息を吐く。
「はい、実を言うと私も白い災厄の話を聞いた後、実際にうどんが魔物をバラバラにするのを見て、怖いと思いました」
「はっ? うどん?」
「はい、トントバーニィの名前です。ミーファちゃんが、コーイチさんが好きなものだからって名付けたんです」
「そ、そうなんだ」
「はい、ミーファちゃん。本当にコーイチさんのことが好きなんだなって知って、ちょっと妬けちゃいました……ところでうどんって白くてモチモチって聞いたんですけど、美味しんですか?」
「あ、ああ、うどんはね……」
異世界の食べ物に興味津々の様子のニーナちゃんに、俺はうどんの魅力を語っていく。
「多分、材料さえあれば似たようなものは作れると思うから、よかったら今度ご馳走するよ」「えっ、やった! それじゃあ、約束ですよ」
「ああ、約束するよ」
といっても、見よう見まねで作った俺のうどんで、あのツルツル、シコシコの食感をどこまで再現できるかわからないが、ニーナちゃんが喜んでくれるなら是非とも挑戦しようと思う。
「それで、えっと、うどんだっけ? そのトントバーニィについて教えてもらえるかな?」
「はい、うどんはですね……」
そうしてニーナちゃんは、俺にうどんという名のトントバーニィとどのように出会い、その後白いウサギに何が起きたのかを、詳しく話してくれた。
「……なるほどね」
ニーナちゃんからうどんについての話を聞いた俺は、どうしてミーファが身を挺して死にかけのバンディットウルフを庇ったかを理解した。
「おそらくだけど、ミーファはうどんがこれ以上魔物を殺したら、もう戻って来られないと思ったんじゃないかな?」
「私もそう思いました……でも、あの時の私は、怖くて動けませんでした」
「それは仕方ないよ」
力なく肩を落とすニーナちゃんを励ますように、俺は肩を竦めながら苦笑する。
「俺だってニーナちゃんの立場だったら、動けたかどうかわからないし」
「コーイチさんもですか?」
「ああ、生憎と俺はそんなに強くないからね。今でもシドがいなくて、一人で魔物と対峙することになったら、真っ先に逃げ出す自信がある」
「そうなんだ……意外ですね」
俺の物言いが面白かったのか、ニーナちゃんがクスクスと小さく笑う。
それを見て俺も釣られるように笑うと、真っ直ぐニーナちゃんに向き直る。
「ニーナちゃん、話をしてくれてありがとう」
「……元気出ましたか?」
「うん、それに俺のやるべきことがハッキリしたよ」
「そうですか……」
ニーナちゃんは「はう」と肩で大きく息を吐くと、俺の手を取って真摯な表情で話しかけてくる。
「コーイチさん、私からもお願いします。どうか、うどんを助けてあげて下さい」
「ああ、勿論だとも」
俺は力強く頷くと、ニーナちゃんの後ろにいるロキに話しかける。
「早速明日の朝から動くけど、ロキ、手伝ってくれるかい?」
「わふっ」
俺の頼みに、ロキはすぐさま「任せて」と頼もしいことを言ってくれた。
その後、俺は改めてニーナちゃんにお礼を言い、明日に備えるために就寝することにした。
迷いが晴れたお蔭か、俺はすぐさま眠りにつくことができたのだった。
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