第488話 そして災厄へ

 白い災厄と呼ばれるウサギは、今から四十年ほど前、魔物に支配された北国から逃げてきたウサギであるという。


 当初は移動の疲れで可哀想なくらいに痩せ細り、息も絶え絶えといった様子だった。


 さらにはその白い毛皮から肉食動物たちに襲われることが多く、穴を掘ってはひたすら地下に隠れることしかできなかった。

 そんな哀れな白いウサギたちに同情した草原に住む草食動物たちは、彼等に餌を与え、住む場所を提供して、この地に馴染んでもらおうとした。



 動物たちの協力もあって夏場を乗り切った白いウサギたちは、雪が覆う冬場になると、その白い毛皮のお蔭で自由に行動できるようになり、夏に世話になった動物たちのためにせっせと餌を運んで、受けた恩を返していった。



 こうして夏は動物たちが白いウサギたちを助け、冬は白いウサギたちが世話をしてくれた動物たちを助ける。


 そんな相互補助が生まれて、白いウサギたちはこの地に馴染むことができたのだった。



「それってまんまトントバーニィ……ですよね?」


 そこまで話を聞いた俺は、思わずそんな感想を口にする。


「はい、僕も同じことを思いました」


 俺の呟きに、リックさんも続けて頷く。


「でも、どうしてそんな歌が…………」


 そう言って俺が見やる先は、おそらくすべてを知っているだろう人物……オルテアさんだ。

 俺とリックさんの視線を受けて、オルテアさんはゆっくりと頷く。


「あの歌は、この地に住まう草食動物たちから聞いて生まれた歌です」

「草食動物たちからってそんな……」


 突拍子もない解答に、リックさんは呆れたように乾いた笑みを浮かべる。


「そうか……」


 だが、動物と話すことに関しては他人事ではない俺は、それだけでこの詩を作った人の正体がわかった。


「最初にトントバーニィの歌を作ったのは、ノルン王家の人ですね?」

「はい、流石は自由騎士様、その通りです」


 オルテアさんが深く頷くのを見て、俺はやはりかと確信を得る。


「えっ、どういうことですか?」

「つまりですね……」


 ただ一人、状況が飲み込めていないリックさんに、俺は獣人王の血族の力を色濃く受け継いだ者には、動物とコミュニケーションを取れる能力が備わることを教える。


「つまり、あの牧歌はノルン王家の誰かが、草食動物たちから聞いた話を詩としてしたため、そこにメロディーを乗せたというわけだったんです」

「ですが、あの牧歌は、トントバーニィが草原の動物たちに認めてもらって、めでたしめでたしで終わっていて、その後の物語については語られていませんよね?」

「つまり、あの歌には続きがある。そうですよね? オルテアさん」


 俺が目でオルテアさんに問いかけると、彼は自慢の顎ひげをゆっくりと撫でながら、さみしそうに笑う。


「……はい、歌のまま終われればよかったのですが、この話は悲しい続きがあるのです」




 無事に草原に定住することができた白いウサギたちであったが、彼等が現れてから数年が過ぎた頃、ある出来事が起こる。


「北国から大量の魔物たちが、南下してきたのです」


 それは四つの赤い目を持った巨大な狼の魔物、バンディットウルフで、白いウサギたちの匂いを追って現れたのだった。



 突然の魔物の襲来に、草原の動物たちは逃げ回るだけだったが、この数年で当初のみすぼらしい姿から激変していた白いウサギたちは違う反応みせた。

 なんど、白いウサギたちは草食動物にあるにも拘らず逃げることなく、魔物たちに立ち向かっていったのだ。


 魔物たちに向かっていった白いウサギたちは、少なくない犠牲を出しながらも、魔物の撃退に成功する。

 実は白いウサギたちは、過酷な北国での生活を乗り切るための戦闘能力を有していたのだ。


 その事実を知った草食動物たちは驚きはしたものの、その力を自分たちを守るために使ってくれたことに素直に喜んだ。



 その後も魔物たちの襲撃は続き、その度に白いウサギたちは勇敢に立ち向かっていった。


 正に草原を守る騎士ナイトのように八面六臂の活躍を見せ、いつしかウサギたちの白い毛皮が返り血で赤く染まるようになった。



 そうして戦いに身を置くようになった白いウサギたちであったが、そんな彼等にある異変が訪れる。


「魔物を倒し過ぎたからか、それとも返り血を浴び過ぎた所為か、白いウサギたちが徐々に凶暴になり、無差別に草食動物たちに襲いかかるようになったのです」


 しかも変化はそれだけではなく、白いウサギたちの体にも現れる。


 通常のウサギと同じように草食だったはずの白いウサギたちは、いつしか殺した魔物たちの肉を食べるようになったのだ。



 そうしてどんどん凶暴になっていった白いウサギたちは、バンディットウルフの肉を口にしたことが原因なのか、二つだったはずの赤い目がいつしか四つになり、今度は人を襲うようにもなった。


「それって……」

「ヴォーパルラビットですよね?」

「はい……あの魔物は、白いウサギの成れの果てというわけです」


 驚き、固まる俺たちにオルテアさんは、ゆっくりとかぶりを振りながらヴォーパルラビットになってしまったウサギたちの末路を語る。


「人間たちに魔物、ヴォーパルラビットと認定された白いウサギたちは、当時の獣人王の率いる部隊によって、他の魔物共々一掃されてしまったのです」

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