第484話 幸せになれないのなら
「白い……災厄…………」
バイソンから告げられた言葉を聞いたニーナは、ミーファの腕に抱かれているうどんを見る。
そこには動物たちから受けた仕打ちに怯え、ミーファの胸の中でブルブルと小さく震えているうどんがいた。
こんな愛らしい姿をしたうどんが、どうして災厄などと恐れられているのか、ニーナには皆目見当もつかなかった。
「そのウサギは、このちにわざわいをもたらすもののまつえい……だから、われわれはうけいれることはできない」
驚きを隠せないニーナに、バイソンからさらに容赦ない言葉が投げかけられる。
「だからおまえたちも、そんなウサギは、はやくみすてろって……」
そこまでミーファが言ったところで、バイソンはゆっくりと回れ右をして群れの下へと戻っていく。
どうやら話は、これで終わりのようだ。
しかし、バイソンが群れに戻っても、周囲の剣呑とした雰囲気は相変わらずで、どの動物たちもこちらをジッ、と見据えたまま動こうとしない。
「…………ゴクッ」
これまで何度もここで動物たちの営みを見て来たニーナでさえも、こんな異常な事態は見たことがなかった。
それだけ動物たちは、うどんを警戒しているということだろうか。
もしかして自分が知らないだけで、うどんには何か秘められた力でもあるのだろうか?
こちらを見ている動物たちの様子観察しながら、ニーナはこれからどうしようか考える。
すると、
「……ねえねえ、ニーナちゃん」
うどんを抱えたミーファが、ニーナの腕を引きながら質問してくる。
「あのねミーファ、わかんないことがあるの」
「えっ、何?」
「うん、あのね……さいやくってなに?」
「…………えっ?」
「ニーナちゃん、うしさんのはなしをきいてから、ずっとこわいかおしてるよ。さいやくっていわれたうどん……わるいこなの?」
目に涙を浮かべたミーファは、ニーナの袖を何度も引きながら確認するように尋ねる。
「さいやくだからうどん、いじめられるの? なんにもわるいことしてないのに、さいやくだからなかまはずれなの? うどんは……みんなといっしょにいたいだけなのに……それもだめなの?」
「――っ!? それは……」
「どうして……どうしてみすてろ、なんてひどいこというの……うどんは……うどんは………………うわあああああああああああああああああああああぁぁん!!」
バイソンの言葉を反芻しているうちに悲しくなったのか、ミーファはうどんの体をギュッ、と抱き締め大粒の涙を流しながら大声で泣く。
「ミ、ミーファちゃん落ち着いて……大丈夫だから泣かないで」
「ううっ……ひぐ……えぐ…………うわあああああああああああああああああああああああああああああぁぁん!!」
ニーナが必死に宥めても、ミーファが泣き止むことはなかった。
ミーファはつい半年前まで、グランドの街で、獣人だからという理由だけで虐げられ、時には石を投げられたこともあった。
仲間はずれにされることの、迫害されることの辛さを知っているからこそ、ミーファは涙を止めることができなかった。
「うわあああああああああああああああああああああぁぁん…………あああああああああああああぁぁぁぁ……………………」
「ミーファちゃん……」
ミーファが過去にどんな辛い目に遭ってきたかを知らないが、ニーナは彼女が流す涙を見て、頭をハンマーで殴られたような衝撃を受ける。
確かにバイソンから聞かされた言葉は衝撃的だった。
白い災厄という異名も、これだけ多くの動物たちが、うどんに対して密かに恐れを抱いているという事実も驚きだったが、ミーファの言う通り、この白いウサギは何もしていないのだ。
「そう……そうだよね」
ニーナは自分自身を納得させるように何度も「そうだ」と呟くと、両手を伸ばしてミーファの頭を優しく抱きかかえ、優しく頭を撫でる。
「うん、そうだよね。うどん、何も悪いことしていないのに、仲間はずれにするのは酷いよね」
「…………うん…………うん!」
「だからさ、ミーファちゃん。こんなところ一刻も早くおさらばしちゃお」
「…………えっ?」
思わぬ一言を告げられたミーファは、泣き腫らした顔のままゆっくりと顔を上げる。
そこには今にも泣きそうになっているのに、くしゃくしゃの顔で無理矢理笑っているニーナがいた。
ニーナは目から涙が零れないように必死に取り繕いながら、ミーファに向かって殊更元気に話しかける。
「こんな所にいたって、うどんは幸せになれないもん。だったら私たちで、うどんが幸せに過ごせるもっといい場所を見つけてあげよ」
「…………うん」
「決まりだね」
ミーファが頷いてくれるのを確認したニーナは、くしゃくしゃの顔のまま頷く。
その目の端からは、堪え切れなかった涙が溢れて頬を伝っていく。
「あ、あれ……おかしいな。別に泣くつもりなんてなかったのに……」
ニーナは頑張って笑おうと努めるが、どうしてか涙が次から次へと溢れていくる。
「ま、待って……これは……違うの…………」
「ニーナちゃん……」
必死に涙を止めようとするニーナを慰めるように、ミーファは手を伸ばして彼女の手を握る。
「だいじょーぶ、ミーファがついているよ」
「うん……うん……」
ミーファに励まされたニーナは、何度も頷きながら応える。
さらに、
「わふっ……」
ロキが励ますようにニーナに寄り添うと、彼女の顔をペロリと舐める。
「わわっ、ロ、ロキ……ありがとう……ありがとね」
ニーナはロキの首に思いっきり抱きつくと、そのまま毛皮に顔を埋めて静かに泣き続けた。
その後、どうにか泣き止んだ二人の少女は、遠巻きにこちら見ている動物たちから逃げるように水飲み場を後にした。
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